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XXXV 傷痕-III
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「アリア、何をしているの? お客様と喧嘩なんてしては駄目よ。それに、他の子達もまだ眠っているのだから、少し静かにね」
先程の、女主人の声だ。その声に我に返ったのか、アリアが扉を一瞥した後私の肩から手を離した。
「ご、ごめんなさいママ。少し、取り乱してしまって」
扉に向かって返答するアリアからは、もう乱れた感情は伝わってこない。大分落ち着いた様だ。安堵に胸を撫で下ろし、掴まれた事でよれてしまった服を手早く直した。
「突然掴みかかってしまって、ごめんなさい。驚いたよね」
「大丈夫だよ。確かにちょっと、驚いたけど……。でも、エルちゃんが貴女にとって大切だってのは分かった」
今度は私が彼女の肩を掴み、ゆっくりと押してベッドに座らせた。そして自身もその隣に腰掛け、アリアの背を優しく摩る。
「ゆっくりで良いから、1から順番に何があったか教えてくれる?」
躊躇いがちにも頷いたアリアが、一度深く深呼吸した後口を開いた。
「私ね、この店に来る前、此処から離れた街で街娼をしてたの。親に捨てられた私は愛を知らなくて……、金で買われた、たった一晩だけの関係でも、愛されてる気がして嬉しかった。だから、娼婦で居る事を嫌だと思った事は無かった。――でも、ある時他の娼婦たちが話しているのを聞いた。『私達娼婦に、幸せになる未来は無いんだ』って。私が愛だと思っていたものは全て偽りで、愛なんかじゃないってその時改めて分かった。寂しくて、悲しくて、現実が受け入れられなかった時に出会ったのがあの男、アルフレッド・ガーランド。あの男は私を買って、私に優しくしてくれた。娼婦ってだけでさ、人間として扱われなくて、暴力振るわれたり、行為の最中に髪を手綱みたいにして掴んだりされる事もあったんだよ。でも、あの男は優しくしてくれて、人として扱ってくれて、凄く嬉しかったのを覚えてる。それから、フレッドは私を何度も買う様になった」
ぽつりぽつりと話すアリアからは再び哀愁が伝わってきて、元居た街での出来事は彼女にとってとても悲しいものなのだという事がよく分かった。
「最初は、気に入ってくれてんのかなって思う位でしか無かった。でもある日突然、『僕の生活が安定したら、君を迎えに行きたい。だから待っていてくれ』なんて言われちゃって。私恋愛した事無いし、馬鹿だからさ……、その言葉、信じちゃって……好きに、なっちゃって」
アリアが両手で、顔を覆う。伝わるのは羞恥や罪悪感、そして後悔。
今にも泣き出しそうな彼女にかける言葉が見つからず、ただ背中を撫で続けた。
「あいつは私に、『生活の為だとはいえ、他の男に君を触らせたくない』とか『辛い思いさせてごめんね』とか、都合の良い言葉を吐き続けた。それを、私は信じてしまった。その言葉に惹かれて私は、お金は要らないから抱いて欲しいって言って……あの男と恋人になった。私、フレッドの為にも、結婚資金の為にも、ご飯も食べずに頑張ってお金貯めて……、娼婦の私でも幸せになっていいんだって信じて、本当に、頑張って……」
彼女の瞳から、一粒涙が零れ落ちる。その涙を指先で拭ってやると、アリアが誤魔化す様に笑った。
「でもね、全部、嘘だった」
「嘘……?」
「そう……。あの男には、私以外の恋人が沢山居た。同じ街の娼婦の中にも、フレッドと恋人関係になってる子が居た。それで、私、裏切られたんだって……やっぱり娼婦の私は幸せになれないんだって分かって……、普段以上に客を取った。仕事だって割り切って。でも、心は荒んでいく一方で、そんな時に昨日のおにーさんと出逢ったの」
「その街で? セドリックと?」
「うん。貴女達、この街の人でしょ? 今思えば、なんであの街に居たのか分かんないんだけど……自暴自棄になってた時に、たまたま通りかかったおにーさんに迫ったの。まぁ、案の定相手にされなかったんだけどね」
彼女が自嘲気味に笑い、そして小さく息を吐いた。
先程の、女主人の声だ。その声に我に返ったのか、アリアが扉を一瞥した後私の肩から手を離した。
「ご、ごめんなさいママ。少し、取り乱してしまって」
扉に向かって返答するアリアからは、もう乱れた感情は伝わってこない。大分落ち着いた様だ。安堵に胸を撫で下ろし、掴まれた事でよれてしまった服を手早く直した。
「突然掴みかかってしまって、ごめんなさい。驚いたよね」
「大丈夫だよ。確かにちょっと、驚いたけど……。でも、エルちゃんが貴女にとって大切だってのは分かった」
今度は私が彼女の肩を掴み、ゆっくりと押してベッドに座らせた。そして自身もその隣に腰掛け、アリアの背を優しく摩る。
「ゆっくりで良いから、1から順番に何があったか教えてくれる?」
躊躇いがちにも頷いたアリアが、一度深く深呼吸した後口を開いた。
「私ね、この店に来る前、此処から離れた街で街娼をしてたの。親に捨てられた私は愛を知らなくて……、金で買われた、たった一晩だけの関係でも、愛されてる気がして嬉しかった。だから、娼婦で居る事を嫌だと思った事は無かった。――でも、ある時他の娼婦たちが話しているのを聞いた。『私達娼婦に、幸せになる未来は無いんだ』って。私が愛だと思っていたものは全て偽りで、愛なんかじゃないってその時改めて分かった。寂しくて、悲しくて、現実が受け入れられなかった時に出会ったのがあの男、アルフレッド・ガーランド。あの男は私を買って、私に優しくしてくれた。娼婦ってだけでさ、人間として扱われなくて、暴力振るわれたり、行為の最中に髪を手綱みたいにして掴んだりされる事もあったんだよ。でも、あの男は優しくしてくれて、人として扱ってくれて、凄く嬉しかったのを覚えてる。それから、フレッドは私を何度も買う様になった」
ぽつりぽつりと話すアリアからは再び哀愁が伝わってきて、元居た街での出来事は彼女にとってとても悲しいものなのだという事がよく分かった。
「最初は、気に入ってくれてんのかなって思う位でしか無かった。でもある日突然、『僕の生活が安定したら、君を迎えに行きたい。だから待っていてくれ』なんて言われちゃって。私恋愛した事無いし、馬鹿だからさ……、その言葉、信じちゃって……好きに、なっちゃって」
アリアが両手で、顔を覆う。伝わるのは羞恥や罪悪感、そして後悔。
今にも泣き出しそうな彼女にかける言葉が見つからず、ただ背中を撫で続けた。
「あいつは私に、『生活の為だとはいえ、他の男に君を触らせたくない』とか『辛い思いさせてごめんね』とか、都合の良い言葉を吐き続けた。それを、私は信じてしまった。その言葉に惹かれて私は、お金は要らないから抱いて欲しいって言って……あの男と恋人になった。私、フレッドの為にも、結婚資金の為にも、ご飯も食べずに頑張ってお金貯めて……、娼婦の私でも幸せになっていいんだって信じて、本当に、頑張って……」
彼女の瞳から、一粒涙が零れ落ちる。その涙を指先で拭ってやると、アリアが誤魔化す様に笑った。
「でもね、全部、嘘だった」
「嘘……?」
「そう……。あの男には、私以外の恋人が沢山居た。同じ街の娼婦の中にも、フレッドと恋人関係になってる子が居た。それで、私、裏切られたんだって……やっぱり娼婦の私は幸せになれないんだって分かって……、普段以上に客を取った。仕事だって割り切って。でも、心は荒んでいく一方で、そんな時に昨日のおにーさんと出逢ったの」
「その街で? セドリックと?」
「うん。貴女達、この街の人でしょ? 今思えば、なんであの街に居たのか分かんないんだけど……自暴自棄になってた時に、たまたま通りかかったおにーさんに迫ったの。まぁ、案の定相手にされなかったんだけどね」
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