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XXXIV 様々な思い-I
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「私は帰るけど、エルちゃんに余計な話したら駄目だからね!」
酒場を後にし、灯りの消えた街を歩く事十数分。丁度分かれ道に差し掛かり、今迄ずっと無言だったセドリックに声を掛けると、「うるせぇな、分かってる」と突き放す様な言葉が返ってきた。
先程酒場で、アリアと出逢った場所を聞いてからというものセドリックの様子がおかしい。思いつめた様な表情を浮べ、話し掛けても心此処に有らずといった様子だ。その心の内は複雑に絡み合っていて、彼が今何を考えているかは分からない。
正直今の状態のセドリックをエルの元へ帰すのは不安ではあるのだが、流石のセドリックもエルに感情的になって当たったり、今回の事件の話をするなんて事は無いだろう。
「じゃあね」
セドリックにひらりと手を振って、借家の方向へと足を向ける。振り返って彼の方に目を遣ると、彼も自宅の方向へと歩き出していた。その背中が暗闇に紛れる様に遠ざかった所で、踵を返し来た道を戻る。
セドリックは私が元住んでいた借家の場所を知らない為、この様なフェイクをかける必要性は無い。しかしいつ、私が現在職場の書斎で暮らしている事が露見するか分からないのだ。必要の無い事だったとしても、やっておく事に越したことは無い。
元借家と、職場は比較的近い方だ。灯りの消えた暗い街を1人で歩くのは少々躊躇われるが、色々と考え事をしている内に到着してしまう距離である。
無事何事も無く職場に戻って来れた事に安堵しながらも、廃れた外装をしている屋敷を見上げた。
今ではもうすっかり慣れてしまい何も思わなくなったが、改めて見ると酷い外装である。勿論その外装は裏側の世界を生きる自分達を隠す為の“装飾”であるのだが、夜間に明かりの灯っていないこの屋敷を見ると、どうしても幽霊屋敷を連想してしまう。
此処を訪れる依頼者達は、一体どんな気持ちでこの門扉をくぐっているのだろう。もし私が依頼者であれば、絶対に近寄りたくはない外装だ。
視線を前に戻し、小さく息を吐きながらポケットから鍵を取り出す。そして極力音を立てない様に静かに玄関扉を解錠し、屋敷の中へと足を踏み入れた。
明かりの灯っていない屋敷の中は、当然ながら暗闇が広がっている。夜道で暗闇にはある程度目が慣れていたが、室内は吸い込まれてしまいそうな程に真っ暗だ。
ホールの中を感覚のみで歩き、手探りで階段を探す。すると、指先に木製の何かが触れた。階段の親柱だ。それを指先でなぞるように辿り、手摺をしっかりと掴んだ。そして一段目の踏板に足を乗せ、ゆっくりと体重をかける。
幾ら赤いカーペットが敷かれているとはいえ、この階段は木製だ。階段を上がる度にギシギシと木が軋む音が響き、妙な恐怖心を煽る。
足を踏み外して転落し、怪我を負ったりしない様に。自身の感覚を過信せず、慎重に一段一段階段を上がっていく。
漸く階段を上がり終え、小さく息を吐きながら手を前に突き出し壁を探した。幸い、そろそろこの暗闇にも目が慣れてくる頃合いだ。目の前により一層の暗闇が広がっているのが分かり、そこが二階の壁だという事をぼんやりと認識する。しかしまだ目測をする事は出来ない為、書斎に辿り着く迄は慎重な行動を欠かさず、壁に指先を触れさせながら再び感覚のみで書斎を探した。
これが、最早習慣になってしまった私の夜の行動。ホールに燭台の1つでも置いておけば、これ程危ない方法を取らなくとも簡単に書斎へ戻る事が出来るのだろう。しかし、ホールに置かれている物は当然セドリックの目にも留まる。それが、書籍やティーカップ等であれば幾らでも言い訳が出来る上に、セドリックも何の疑問も抱かないだろうが、今迄存在しなかった燭台が突如現れればセドリックも流石に疑問を抱くだろう。もしそれを追求された時、上手く言い訳をする自信は今の私にはまるで無かった。故に、こうして危険だと分かっていながらも暗闇の中毎晩書斎へ戻っているのだ。
酒場を後にし、灯りの消えた街を歩く事十数分。丁度分かれ道に差し掛かり、今迄ずっと無言だったセドリックに声を掛けると、「うるせぇな、分かってる」と突き放す様な言葉が返ってきた。
先程酒場で、アリアと出逢った場所を聞いてからというものセドリックの様子がおかしい。思いつめた様な表情を浮べ、話し掛けても心此処に有らずといった様子だ。その心の内は複雑に絡み合っていて、彼が今何を考えているかは分からない。
正直今の状態のセドリックをエルの元へ帰すのは不安ではあるのだが、流石のセドリックもエルに感情的になって当たったり、今回の事件の話をするなんて事は無いだろう。
「じゃあね」
セドリックにひらりと手を振って、借家の方向へと足を向ける。振り返って彼の方に目を遣ると、彼も自宅の方向へと歩き出していた。その背中が暗闇に紛れる様に遠ざかった所で、踵を返し来た道を戻る。
セドリックは私が元住んでいた借家の場所を知らない為、この様なフェイクをかける必要性は無い。しかしいつ、私が現在職場の書斎で暮らしている事が露見するか分からないのだ。必要の無い事だったとしても、やっておく事に越したことは無い。
元借家と、職場は比較的近い方だ。灯りの消えた暗い街を1人で歩くのは少々躊躇われるが、色々と考え事をしている内に到着してしまう距離である。
無事何事も無く職場に戻って来れた事に安堵しながらも、廃れた外装をしている屋敷を見上げた。
今ではもうすっかり慣れてしまい何も思わなくなったが、改めて見ると酷い外装である。勿論その外装は裏側の世界を生きる自分達を隠す為の“装飾”であるのだが、夜間に明かりの灯っていないこの屋敷を見ると、どうしても幽霊屋敷を連想してしまう。
此処を訪れる依頼者達は、一体どんな気持ちでこの門扉をくぐっているのだろう。もし私が依頼者であれば、絶対に近寄りたくはない外装だ。
視線を前に戻し、小さく息を吐きながらポケットから鍵を取り出す。そして極力音を立てない様に静かに玄関扉を解錠し、屋敷の中へと足を踏み入れた。
明かりの灯っていない屋敷の中は、当然ながら暗闇が広がっている。夜道で暗闇にはある程度目が慣れていたが、室内は吸い込まれてしまいそうな程に真っ暗だ。
ホールの中を感覚のみで歩き、手探りで階段を探す。すると、指先に木製の何かが触れた。階段の親柱だ。それを指先でなぞるように辿り、手摺をしっかりと掴んだ。そして一段目の踏板に足を乗せ、ゆっくりと体重をかける。
幾ら赤いカーペットが敷かれているとはいえ、この階段は木製だ。階段を上がる度にギシギシと木が軋む音が響き、妙な恐怖心を煽る。
足を踏み外して転落し、怪我を負ったりしない様に。自身の感覚を過信せず、慎重に一段一段階段を上がっていく。
漸く階段を上がり終え、小さく息を吐きながら手を前に突き出し壁を探した。幸い、そろそろこの暗闇にも目が慣れてくる頃合いだ。目の前により一層の暗闇が広がっているのが分かり、そこが二階の壁だという事をぼんやりと認識する。しかしまだ目測をする事は出来ない為、書斎に辿り着く迄は慎重な行動を欠かさず、壁に指先を触れさせながら再び感覚のみで書斎を探した。
これが、最早習慣になってしまった私の夜の行動。ホールに燭台の1つでも置いておけば、これ程危ない方法を取らなくとも簡単に書斎へ戻る事が出来るのだろう。しかし、ホールに置かれている物は当然セドリックの目にも留まる。それが、書籍やティーカップ等であれば幾らでも言い訳が出来る上に、セドリックも何の疑問も抱かないだろうが、今迄存在しなかった燭台が突如現れればセドリックも流石に疑問を抱くだろう。もしそれを追求された時、上手く言い訳をする自信は今の私にはまるで無かった。故に、こうして危険だと分かっていながらも暗闇の中毎晩書斎へ戻っているのだ。
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