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XXXIII 慎重に-IV
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「殺人は重罪。殺人者は罪人。罪人には刑罰を。“制裁”なんて言葉、自分の殺人を肯定する為の体のいい言い訳でしょ。“何故人を殺してはいけないのか?”本当の理由なんて、誰も答えられないんだよ。口では道徳的な事を詠っても、誰もが心の奥では“国で定められた法律に反する行為だから”程度にしか思ってない。あの場で男を殺したとして、殺した犯人はセディじゃないって証明出来る? ナイフを手に返り血を浴びた男と、その前に転がる死体を目にして“事故だ”と言ってくれる程、警察も馬鹿では無いんだな」
セドリックが苛立った様に、目に掛った長い前髪を無造作に掻き上げる。
「もし仮に正当防衛だったとしても、数ヵ月は留置所から出て来れないよ」
「……うるせぇな、そんな事言われなくても分かってる」
彼の苛立ちが頂点に達し、ドン、と大きな音を立てテーブルを叩いた。そして再び、テーブルに肘を突く彼の姿を見て、現在の彼の精神状態が相当不安定だという事を覚った。
それも当然だ。無理もない話である。自身の最愛の妻が、事件の主犯格に狙われているのだから。
被害も無くエルを最後まで守りきれたとしても、標的にされているという事実に腹が立ち、不安になる気持ちも決して分からなくはない。
そんな彼を見てか、ふらふらと店内を彷徨っていたアリアがセドリックの元へと寄ってきた。
「おにーさん、さっきから顔暗いけど大丈夫?」
彼女は少なからずセドリックを心配している様だが、その内の7割は好奇心だ。
酒場には色んな客が来る。きっと、毎日の様に悩みを抱えた人間が訪れるのだろう。
しかし女給は、客の悩みや愚痴を聞いたとしても決して深入りはしない。女給はあくまで客を癒し、もてなすのが仕事だ。彼女もその程度の気持ちで、セドリックに声を掛けたのだろう。
アッシュトレイに視線を落とし、紅の付いた煙草を爪の先で転がす。
私は女給じゃない。エルとセドリックを守らなくてはならない。でも、どうやって? 犯罪は偽装出来るとはいえ、完全犯罪を成し遂げるのは決して容易くは無い。
アリアから話を聞いたとして、有益な情報は得られるか? それは、恐らく叶わないだろう。
だが、されど被害者の1人だ。あの主犯格と接触した人物である。襲われた時に何かを言われなかったか。
せめて、主犯格のフルネームだけでも分かれば。
考えが、纏まらない。思考が絡まっていく。未来が見えない不安が、じわりじわりと広がっていく。
――マクファーデンに会いたい。
取り憑かれた様にそんな願望が頭を埋め尽くし、地に足が付かない様な不安感に苛まれる。
彼に、殺人を犯すだなんて言える訳が無い。そんな話をすれば、彼はきっと私を軽蔑する。しかしそれでも、会いたい。彼なら私を導いてくれる気がする。彼なら、私の思考を纏めてくれる気がする。
これでは駄目だ。こんなの、ただの依存でしかない。エリオット先生にしていた様に、マクファーデンに依存してはいけない。私はもう、あの頃とは違うのだから。
爪の先で転がしていた煙草を押し潰し、血が滲む程唇をきつく噛みしめた。
――そんな時。
ガタン、と大きな音が耳を衝く。一体何事かと音の方へ視線を向けると、椅子から立ち上がったセドリックがアリアの手を掴み引き止めていた。
考え事をしていた所為で、2人の間に何があったのかは分からない。しかし、極度の女性嫌いであり、幼馴染の私にですら素肌に触れる事を嫌がる彼がアリアの腕を掴んでいる事には衝撃を受けた。
「……俺と、お前は、何処で出会ったんだ」
周囲の、煩い客の声が引く。只ならぬ空気に、私を含めた客がセドリックとアリアに注目している様だった。
「どうしたの、急に。おにーさん、顔怖いよ」
先程まで明かるかったアリアが、セドリックの言葉の圧力にたじろぐ。
「話を逸らすな。答えろ」
一体どうしたというのか。声を掛けるのは簡単だが、セドリックから流れてくる緊迫した空気に身体が動かない。
「えーっと……」
アリアが動揺した様に瞳を揺らし、そしてぎこちない笑みを浮かべた。
「貧民街で、って言ったら……分かる?」
その瞬間、アリアから感じた哀愁。先程の、繊細なハープの音色の様なものではない。ただただ悲しく、苦しくて、にがい感情。
セドリックが苛立った様に、目に掛った長い前髪を無造作に掻き上げる。
「もし仮に正当防衛だったとしても、数ヵ月は留置所から出て来れないよ」
「……うるせぇな、そんな事言われなくても分かってる」
彼の苛立ちが頂点に達し、ドン、と大きな音を立てテーブルを叩いた。そして再び、テーブルに肘を突く彼の姿を見て、現在の彼の精神状態が相当不安定だという事を覚った。
それも当然だ。無理もない話である。自身の最愛の妻が、事件の主犯格に狙われているのだから。
被害も無くエルを最後まで守りきれたとしても、標的にされているという事実に腹が立ち、不安になる気持ちも決して分からなくはない。
そんな彼を見てか、ふらふらと店内を彷徨っていたアリアがセドリックの元へと寄ってきた。
「おにーさん、さっきから顔暗いけど大丈夫?」
彼女は少なからずセドリックを心配している様だが、その内の7割は好奇心だ。
酒場には色んな客が来る。きっと、毎日の様に悩みを抱えた人間が訪れるのだろう。
しかし女給は、客の悩みや愚痴を聞いたとしても決して深入りはしない。女給はあくまで客を癒し、もてなすのが仕事だ。彼女もその程度の気持ちで、セドリックに声を掛けたのだろう。
アッシュトレイに視線を落とし、紅の付いた煙草を爪の先で転がす。
私は女給じゃない。エルとセドリックを守らなくてはならない。でも、どうやって? 犯罪は偽装出来るとはいえ、完全犯罪を成し遂げるのは決して容易くは無い。
アリアから話を聞いたとして、有益な情報は得られるか? それは、恐らく叶わないだろう。
だが、されど被害者の1人だ。あの主犯格と接触した人物である。襲われた時に何かを言われなかったか。
せめて、主犯格のフルネームだけでも分かれば。
考えが、纏まらない。思考が絡まっていく。未来が見えない不安が、じわりじわりと広がっていく。
――マクファーデンに会いたい。
取り憑かれた様にそんな願望が頭を埋め尽くし、地に足が付かない様な不安感に苛まれる。
彼に、殺人を犯すだなんて言える訳が無い。そんな話をすれば、彼はきっと私を軽蔑する。しかしそれでも、会いたい。彼なら私を導いてくれる気がする。彼なら、私の思考を纏めてくれる気がする。
これでは駄目だ。こんなの、ただの依存でしかない。エリオット先生にしていた様に、マクファーデンに依存してはいけない。私はもう、あの頃とは違うのだから。
爪の先で転がしていた煙草を押し潰し、血が滲む程唇をきつく噛みしめた。
――そんな時。
ガタン、と大きな音が耳を衝く。一体何事かと音の方へ視線を向けると、椅子から立ち上がったセドリックがアリアの手を掴み引き止めていた。
考え事をしていた所為で、2人の間に何があったのかは分からない。しかし、極度の女性嫌いであり、幼馴染の私にですら素肌に触れる事を嫌がる彼がアリアの腕を掴んでいる事には衝撃を受けた。
「……俺と、お前は、何処で出会ったんだ」
周囲の、煩い客の声が引く。只ならぬ空気に、私を含めた客がセドリックとアリアに注目している様だった。
「どうしたの、急に。おにーさん、顔怖いよ」
先程まで明かるかったアリアが、セドリックの言葉の圧力にたじろぐ。
「話を逸らすな。答えろ」
一体どうしたというのか。声を掛けるのは簡単だが、セドリックから流れてくる緊迫した空気に身体が動かない。
「えーっと……」
アリアが動揺した様に瞳を揺らし、そしてぎこちない笑みを浮かべた。
「貧民街で、って言ったら……分かる?」
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