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XXVIII 嫉妬と煙草-III

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「そういえば」

 彼が私の顔をじっと見つめ、言葉を漏らす。

「口紅、新しい色ですよね。血色が良く見えて似合っていますよ」

「……!」

 エルと借家で話をした事で完全に頭から抜け落ちてしまっていたが、そういえば今日、私は新しい紅を付けていたのだった。
 まさか紅の色1つ変わっただけでそれに気付くとは思わず、咄嗟に返答が出来ず口籠る。
 異様な程に鼓動は高鳴り、顔には熱が溜まる。医者だから、人の変化に良く気付くだけだ。分かっている。私が特別な訳では無い。
 なのに、男性にとって興味の無い筈の紅に気付いて貰えただけで、こんなにも鼓動が高鳴るとは思いもしなかった。

「あ、あ、あの、私」

 思い返してみれば此処へ来る途中、普段よく話す店の主人に紅を褒められたのだった。新しい物だとは気付かなかった様だが、「綺麗な色の紅だね」と主人は笑った。主人はマクファーデンと年齢も然程変わらず、細身で女性からの人気も厚い人だ。しかし私は、新しい紅を買って良かったと、この色を選んで良かったと思う程度で、それ以外の事は何も感じなかった。

 ――もしかすると私は、目の前の男に特別な感情を抱いてしまっているのかもしれない。
 その特別な感情が“恋”かどうかは分からない。この歳になっても未だ初恋を経験しておらず、恋がどういう感情かが分からない。ただ、エルやセドリックからその感情を読み取るだけで、嫉妬同様恋情そのものを理解出来る訳では無かった。
 しかし、マクファーデンには他の人には無い別の感情を抱いている事だけは分かった。

「私、先生の事――」

 ――先生の事、好きかもしんない。
 そう言葉にしようとした時、私の声を遮る様にカーテンの向こう側でドアベルが鳴った。
 マクファーデンの視線が私から外れ、カーテンの方へ向く。

「失礼」

 そう一言言い残し、彼は手早く煙草をアッシュトレイに押し付け一度も振り返る事無くカーテンの外へ出て行ってしまった。
 幾ら此処が診療所でも、此処へ来た人が患者だとしても、私が何かを伝えようとしていたのだから少しくらい関心を持ってくれても良いのではないだろうか。
 今思えば、私は何を言おうとしてしまったのだと羞恥を覚えるが、それでも彼の意識がカーテンの外へ向いてしまった事が恨めしく思える。
 彼の後を追う様にカーテンに近付き、隙間から遠目に見える彼に視線を送る。

 訪ねて来たのは、着飾った若い女性。マクファーデンを見つめ頬を赤らめるその姿に、痛い程強くマクファーデンへの恋慕が伝わってくる。

「――エドワード先生、この前頂いたお薬、とても良く効きましたわ」

「――そうですか、それは良かった」

 聞き耳を立てずとも聞こえてくるその会話に、ぼんやりと2人の姿を見つめる。
 診療所の医者をファーストネームで呼ぶだなんて、馴れ馴れしい女だ。そう思いながらも、自身もエリオット先生の事をファーストネームで呼んでいた事を思い出す。
 もやもやとした感情が胸の中を渦巻き、どうにかなってしまいそうだ。今すぐにでも2人の元へ飛び出して行ってしまいたくなる。
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