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XXVII 汚れたドレス-III
しおりを挟む「……に、逃げて、しまったの。コンサートから」
「逃げた?」
「……そう。自身の夫の事を、こう言うのは、憚られるのだけれど、セドリックはとても、整った顔立ちをしている男性だから……女性の目を引いてしまうでしょう? その……、会場で、セドリックに好意を向けている女性達が居たの。セドリックが女性から好意を向けられているってだけでも苦痛を感じるのに――」
彼女が一度言葉を区切り、震えた息を吐く。
肩に相当力が入っている様だ。きっと、この様に自身の感情を言葉にするのが得意では無いのだろう。
「――あ、アリスも、セドリックに好意を……向けていたみたいで……、アリスの婚約者が、セドリックじゃないかと……噂、されて……」
コンサートや演奏会中に、私語は厳禁だ。品が無い、なんて言葉で済まされる事ではない。
だと言うのに、それを妻であるエルの耳に入れてしまうとは。その噂話をしていた女性達に、僅かながらも怒りが込み上げる。
「最も品が無い行為だって、常識が無いって分かっているの……! でも、でも耐えられなくて……途中でホールを出て、雨の中……走って、逃げて、しまって」
「……なるほど」
ドレスを雨で汚した事に、そこまでの経緯があるとは思わなかった。
最初から、ドレスを汚した事に関して怒っていた訳でも、嫌な思いをした訳でも無い。エルがドレスをそのまま返しに来たとしても、何かと理由を付けてエルにプレゼントしていただろう。
しかし心の何処かで、エルが借り物のドレスを汚すだなんて珍しい、と思っていたのは事実だった。エルは服装やアクセサリーにあまり関心が無い様だが、人から借りた物をぞんざいに扱う人間ではない。
「ごめん、なさい。嫉妬なんて、そんな感情で大事なドレスを汚してしまって」
「ううん、良いんだよ。エルちゃんも、辛かったね。やっぱり、私が同伴すれば良かった」
――私は、嫉妬という感情が分からない。勿論人を羨む感情は持ち合わせているが、妬む事が無かった故に彼女がどんな思いでステージを見ていたかが分からない。もしその時隣に居たとしたら、彼女の気持ちが少しでも分かったのだろうか。
後悔とやるせなさが交じり合い、黙って俯く彼女の頭をぽんと撫でた。
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