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XXVI 彼女に良く似合うイブニングドレス-I
しおりを挟む 借家のベッドの上に、ドレスが3着。そして2足の靴に、ジュエリーボックスに入れた複数のアクセサリー。用意したそれ等を見て、沸き上がる満足感に1人口元を緩める。
このドレス達は、他でも無いエルの為に用意した物だ。職場の仕事部屋に入った時は、このドレスの山からどうやって彼女に似合うドレスを選べば良いのか、と頭を抱えたものだが、無事こうして3着に絞れた事に安堵する。
イブニングドレスとは、女性の夜間の礼装の事を指す。舞踏会や社交パーティーともなれば、貴族の女性はとびきり派手なイブニングドレスを選ぶのが一般的だ。
しかしコンサートやクラシック演奏会などの、沈黙をマナーとした場では、比較的落ち着いた色やデザインのドレスを選ぶ事が常識とされている。
大人の女性を演出するローズレッドや、あどけなさの残るストローイエロー、フリルの多い愛らしいチェリーピンクなど、エルに似合うであろうドレスはごまんとあった。しかし、今回は歌姫のコンサートだ。派手な色を選ぶ訳にはいかない。
いつか機会があれば、それ等の色のドレスを彼女に着て貰おうと心に決め、今回は比較的落ち着いた色のドレスを持って来た。
1着は、エルの髪色や瞳の色とも合うダークブラウンのドレス。ゴールドの刺繍が裾に施されていて、エレガントな印象を抱くドレスだ。そして2着目は、ダーググリーン。ウエストにイエローグリーンのリボンが結ばれていて、ウエストの細さを強調出来るデザインだ。最後に、ロイヤルパープル。肩から胸の下にかけて、宝石が縫い付けられたシルバーのラインが入っており、胸を強調するデザインとなっている。
どれも捨てがたいが、エルが選ぶとしたらダークブラウンかダークグリーンだろうか。エルは胸に自信が無いらしく、少し前に「マーシャは胸が大きくて羨ましい」と嘆いていたのを思い出す。
靴は、どのドレスにも似合うブラックを選んだ。1足は足首にストラップが付いた艶のあるデザインで、もう一足はゴールドの刺繍が入ったマットなデザインのものだ。どちらとも、ヒールが高く安定感の無いものであるが、元貴族令嬢であるエルならこの程度のものは履き慣れているだろう。
――コンコンと、自身の思考を遮る様に部屋の扉をノックする音が響く。
エルが来たのだろう。扉の外に向かって返事をしながら時計に目を遣ると、約束の時間丁度を指していた。
「お客様がお見えになりましたよ」
扉越しに、くぐもったシーラの声が聞こえる。その声は、シーラにしては珍しく明るく、何処となく上機嫌だ。
気味が悪いなどと思いながら、ゆっくりと扉を開く。
「………」
扉を開いた先に居たのは、2人の人物。言わずもがな、シーラとエルだ。
しかし、シーラのその表情を見て言葉を失った。
シーラは、まるで汚らわしい物を見る様な瞳を此方に向け、鋭い言葉を浴びせるのがデフォルトだ。だと言うのに、今の彼女は満面の笑みを浮かべている。彼女からこんな顔を向けられるのは初めてだ。
「あ、えっと、エルちゃんいらっしゃい。シーラさんも……ありがとう」
「いいのよ、何かあったら呼んでちょうだいね。ごゆっくり」
エルを部屋へを招き入れ、最後にシーラに会釈をして扉を閉める。
シーラは、部屋の扉が閉まるまでそこに立っていた。まるで、エルを最後まで見届ける様に。
扉を閉めた後、そっと音を立てない様に扉に耳をくっつける。流石に会話を盗み聞きしようとまでは考えていなかった様で、シーラの足音が遠ざかっていくのが聞こえた。足音が完全に聞こえなくなり、漸く深く溜息を吐く。
「……き、気持ち悪い」
思わず扉に耳を付けたまま呟くと、エルが怪訝な視線を此方に向けた。
「どうしたの?」
「いや、あの人が機嫌良いの珍しいなって思って」
「あぁ、シーラ・ガードナーさんの事? あの方、此処の大家さんなんでしょう? とても素敵な方ね」
「は!?」
彼女の言葉に、咄嗟に大声を出してしまい慌てて自身の口を塞ぐ。
シーラを“素敵な人”だと思うだなんて、気が狂っているとしか思えない。瞬時にそう思うも、思い返してみればシーラは極度の八方美人だ。それと同時に、重度の排他的主義者でもあるが、エルは見るからに清楚で慎ましい淑女である。きっと、シーラの御眼鏡に適ったのだろう。
「いや、あの女……超性悪だから、気を付けた方がいいよ」
「性悪……? そうは見えなかったけれど……」
「それ完全に騙されてるって。とにかく、あの女には本心見せちゃだめだからね」
「え、ええ、分かったわ」
ベッドに身を投げる様に腰を下ろすと、エルが視線を彷徨わせた後デスクに備え付けられた木の椅子に腰を掛けた。
このドレス達は、他でも無いエルの為に用意した物だ。職場の仕事部屋に入った時は、このドレスの山からどうやって彼女に似合うドレスを選べば良いのか、と頭を抱えたものだが、無事こうして3着に絞れた事に安堵する。
イブニングドレスとは、女性の夜間の礼装の事を指す。舞踏会や社交パーティーともなれば、貴族の女性はとびきり派手なイブニングドレスを選ぶのが一般的だ。
しかしコンサートやクラシック演奏会などの、沈黙をマナーとした場では、比較的落ち着いた色やデザインのドレスを選ぶ事が常識とされている。
大人の女性を演出するローズレッドや、あどけなさの残るストローイエロー、フリルの多い愛らしいチェリーピンクなど、エルに似合うであろうドレスはごまんとあった。しかし、今回は歌姫のコンサートだ。派手な色を選ぶ訳にはいかない。
いつか機会があれば、それ等の色のドレスを彼女に着て貰おうと心に決め、今回は比較的落ち着いた色のドレスを持って来た。
1着は、エルの髪色や瞳の色とも合うダークブラウンのドレス。ゴールドの刺繍が裾に施されていて、エレガントな印象を抱くドレスだ。そして2着目は、ダーググリーン。ウエストにイエローグリーンのリボンが結ばれていて、ウエストの細さを強調出来るデザインだ。最後に、ロイヤルパープル。肩から胸の下にかけて、宝石が縫い付けられたシルバーのラインが入っており、胸を強調するデザインとなっている。
どれも捨てがたいが、エルが選ぶとしたらダークブラウンかダークグリーンだろうか。エルは胸に自信が無いらしく、少し前に「マーシャは胸が大きくて羨ましい」と嘆いていたのを思い出す。
靴は、どのドレスにも似合うブラックを選んだ。1足は足首にストラップが付いた艶のあるデザインで、もう一足はゴールドの刺繍が入ったマットなデザインのものだ。どちらとも、ヒールが高く安定感の無いものであるが、元貴族令嬢であるエルならこの程度のものは履き慣れているだろう。
――コンコンと、自身の思考を遮る様に部屋の扉をノックする音が響く。
エルが来たのだろう。扉の外に向かって返事をしながら時計に目を遣ると、約束の時間丁度を指していた。
「お客様がお見えになりましたよ」
扉越しに、くぐもったシーラの声が聞こえる。その声は、シーラにしては珍しく明るく、何処となく上機嫌だ。
気味が悪いなどと思いながら、ゆっくりと扉を開く。
「………」
扉を開いた先に居たのは、2人の人物。言わずもがな、シーラとエルだ。
しかし、シーラのその表情を見て言葉を失った。
シーラは、まるで汚らわしい物を見る様な瞳を此方に向け、鋭い言葉を浴びせるのがデフォルトだ。だと言うのに、今の彼女は満面の笑みを浮かべている。彼女からこんな顔を向けられるのは初めてだ。
「あ、えっと、エルちゃんいらっしゃい。シーラさんも……ありがとう」
「いいのよ、何かあったら呼んでちょうだいね。ごゆっくり」
エルを部屋へを招き入れ、最後にシーラに会釈をして扉を閉める。
シーラは、部屋の扉が閉まるまでそこに立っていた。まるで、エルを最後まで見届ける様に。
扉を閉めた後、そっと音を立てない様に扉に耳をくっつける。流石に会話を盗み聞きしようとまでは考えていなかった様で、シーラの足音が遠ざかっていくのが聞こえた。足音が完全に聞こえなくなり、漸く深く溜息を吐く。
「……き、気持ち悪い」
思わず扉に耳を付けたまま呟くと、エルが怪訝な視線を此方に向けた。
「どうしたの?」
「いや、あの人が機嫌良いの珍しいなって思って」
「あぁ、シーラ・ガードナーさんの事? あの方、此処の大家さんなんでしょう? とても素敵な方ね」
「は!?」
彼女の言葉に、咄嗟に大声を出してしまい慌てて自身の口を塞ぐ。
シーラを“素敵な人”だと思うだなんて、気が狂っているとしか思えない。瞬時にそう思うも、思い返してみればシーラは極度の八方美人だ。それと同時に、重度の排他的主義者でもあるが、エルは見るからに清楚で慎ましい淑女である。きっと、シーラの御眼鏡に適ったのだろう。
「いや、あの女……超性悪だから、気を付けた方がいいよ」
「性悪……? そうは見えなかったけれど……」
「それ完全に騙されてるって。とにかく、あの女には本心見せちゃだめだからね」
「え、ええ、分かったわ」
ベッドに身を投げる様に腰を下ろすと、エルが視線を彷徨わせた後デスクに備え付けられた木の椅子に腰を掛けた。
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