DachuRa 3rd story -天使と讃えられたのは、悲劇に堕ちた哀れな教唆犯-

白城 由紀菜

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XXV それぞれの思い-II

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 ――セドリックが劇場に籠り、3日が経過した。
 彼とは、口論になったあの日から顔を合わせていない。
 仕事の依頼も、短期だが一時的に止めている様で、彼の依頼者が職場であるこの屋敷を訪れてくる事は無かった。

 私の意見は、今でも変わる事は無い。出来る事なら、無理矢理にでもステージに立つ事を辞めさせたい位だ。
 しかしエルの事もあり、更にはアリス・ブランシェットにとって大切なコンサートだという事も理解している。その為、独断で行動をする事はとても出来なかった。

 広いホールで、一人溜息を零す。
 セドリックも居らず、依頼者も来ないこの屋敷で過ごす時間は非常に退屈だ。
 書斎からお気に入りの本を持って来たは良いが、読書をする気には到底なれず、先程から何度も本を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していた。
 
 このまま一人ホールで過ごしていたら、気がおかしくなってしまいそうだ。外の空気を吸えば、少しは気が楽になるだろうか。
 膝の上に乗せていた本をテーブルに置き、ちらりと窓を一瞥する。しかし、中々ソファから腰が上がらない。その理由は他でも無く、窓の外が殺風景だからだ。
 窓を開けて空気を吸うのも悪くは無いが、景色が悪いと当然気分は上がらない。

 ホールに響く程の大きな溜息を吐き、吹き抜けになった高い天井を見上げた。
 劇場へ行って、セドリックの様子でも見に行こうか。そう思うも、セドリックとは3日前に口論をしている為少々顔を合わせづらい。それに、劇場のオーナーであるジャックと私は面識が無い故、気まずい空気が流れるのは間違いないだろう。
 では、診療所へ行ってマクファーデンと会話でもしようか。マクファーデンと会話をしていれば、少なからず退屈する事は無い筈だ。しかし何故だか、それも今は気が乗らない。
 マクファーデンと会いたくない訳では無いが、今の私は恐らく、アリスのコンサートの話しか出来ないだろう。マクファーデンには余計な話をし過ぎてしまう事が頻繁にある為、セドリックとマリアの取引をうっかりバラしてしまうかもしれない。そんな事をしてしまえば、私は二度とセドリックに意見を述べる事が出来なくなってしまう。
 
 そこでふと、とある人物が頭に浮かんだ。
 彼女なら、今の私が会話をするのに最適な人物ではないだろうか。それに、彼女ももしかすると、現在退屈な時間を過ごしているかもしれない。
 勿論彼女にも、セドリックとマリアの事は話せないが、彼女が相手であれば自身が口を滑らせてしまう心配も無い様に思える。
 思い立ったが吉日。早速、彼女の元へ向かうとしよう。
 軽い足取りでソファから立ち上がり、飲み終えた紅茶の後片付けもせずに玄関へと向かった。


 ――辿り着いた、1軒の民家。
 此処は他でも無く、アンドール夫妻が暮らす住家だ。私が会話相手に選んだのは、セドリックの妻、エルである。
 エルが気まぐれで街へ出かけてさえいなければ、彼女はいつも通りこの家に居るだろう。セドリックが居なくて、退屈しているのではないだろうか。そんな事を思いながら、ドアノッカーを叩いた。
 ややあって、カチリと扉が解錠される音が響く。そして建て付けの悪い扉が、耳に付く金属音を鳴らしながら開いた。

「あら、マーシャ。どうしたの?」

 僅かに開かれた扉から顔を見せたのは、何処か浮かない顔をしているエルだ。
 何故そんなにも浮かない顔をしているのか、そう疑問に思うも、彼女から流れてくる寂しさと不安に直ぐに察しがついた。
 もしかするとセドリックは、この3日間まともに家にも帰っていないのかもしれない。セドリックの、エルに対しての溺愛ぶりは傍から見ていても異常な程であったが、そんな彼が家に帰らず劇場に籠っているだなんて、俄かには信じ難い。

「エルちゃんとお話したいなぁと思って来たんだけど……、今大丈夫?」

「そうだったのね。ええ、大丈夫よ」

 エルが儚げな微笑みを浮べ、扉を大きく開いた。促されるままに、家の中へと足を踏み入れる。

「あれ……、これって……」

 リビングのテーブルの上に置かれているのは、少し大きめのバスケット。その中を覗くと、汚れ一つ無い清潔な白いナプキンに包まれたサンドイッチが入っていた。
 ざっと見たところ、3人から4人分程度だろうか。エルが1人で食べるにも、セドリックと2人で食べるにも明らかに多い量である。

「もしかして、セディの所行こうとしてた?」

 そう尋ねると、エルが曖昧に頷いた。

「ごめん、タイミング悪かったね。出直そうか?」

「うぅん、いいの。セドリックの元へは行かないと、決めたばかりだから……、残り少ない練習時間を邪魔してしまっては困るし……」

 彼女が眉尻を下げ、その場に俯く。
 セドリックと、喧嘩でもしたのだろうか。彼女から漂う悲愴感は、会えなくて寂しい、や、上手くやれているか不安、などと言った感情を超越している様に思える。
 しかし、あまり根掘り葉掘り聞くのも良くないだろう。彼女は現在、その事について特別話し相手が欲しいと思っている訳では無い様だ。セドリックとの事やコンサートの事を尋ねるよりも、今は他愛の無い話をして彼女の心を癒してあげる方が余程効果的の様に思える。

「マーシャ、昼食は?」

「え? まだ、だけど……」

「では、昼食として2人で食べてしまいましょうか。少し、量が多いけれど」

 そう言って悲し気に微笑むエルに、私は何も言う事が出来ず黙って頷いた。
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