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XXII 予期不安-V

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「言っとくけど、あいつには何も言わないからな」

 嫌悪感を滲ませながらも私から目一杯顔を背け、彼が嘆く様に言った。
 私の期待を見事に裏切る発言に、思わず「なんで!」と声を荒げてしまう。

「下手に言って関係壊したくない」

「はぁ!? なにそれ!」

 彼がエルとの関係を壊したくないと思っている事は予測できていたが、こうもはっきりと言葉にされてしまうと、頭を悩ませる前に苛立ちが沸き上がってくる。
 エルと共に暮らしていて、一度でもエルから好意を感じた事はないのだろうか。エルはきっと、セドリックの視界に入ろうと必死に日々過ごしている筈だ。そんな事も気付かない程に、彼は鈍感なのだろうか。

 私の額を押し返す手を払い退け、彼のシャツの胸倉を掴んだ。そしてそのまま、勢いよく引き寄せる。
 彼の気持ちは分かる。分かるのだが、今の私はそれ以上に彼の諦観にも似た言葉に、エルの気持ちを無視するようなその言葉に、心底腹が立っていた。
 ゴン、と鈍い音を響かせ、彼の額に頭突きをお見舞いする。またやってしまった、手が先に出てしまった、なんて罪悪感を一瞬抱くも、その感情は直ぐに怒りに掻き消される。
 そのままふらふらと、セドリックがテーブルとソファの隙間に崩れ落ちた。そんな彼を見下ろし、フンと鼻を鳴らす。

「っ……お、お前、気に入らない事あると直ぐ手出す癖やめろよ!」

「あんたが屁理屈ばっか言うからでしょ!」

「屁理屈でも何でもないだろ!」

 いや、屁理屈だ。今の私からすれば、今の彼の発言は十分な屁理屈である。
 一発の頭突きでは満足できず、更に平手打ちをしたい衝動に駆られるが、流石にそこまでしてしまったら話が続けられなくなってしまう。彼と無駄な口論をして、今日を終えてしまう事になるだろう。
 なんとか自身を落ち着かせ、ソファに足を組んで座り直した。

「なんで分かんないかなぁ、こんな簡単な事が」

「人間は普通、人の考えてる事は分からないんだよ……」

「私だって別に、そんな全部分かる訳じゃないし! 誰にだって勘ってあるでしょ! エルちゃんから好意持たれてるな、とか感じないの?」

「……まぁ、嫌われては居ないだろうが」

「それだよ! それ! 少しでもそう思うなら言っちゃおうよ! 愛してるの一言位言えるでしょ!?」

「だからお前はなんですぐそういう……」

 私の言葉に、彼が項垂れ頭を抱える。
 私だって、これが当人からすれば簡単な話では無い事位分かっている。しかし、今のエルを見ていれば関係が壊れない事位わかるだろう。
 ――愛してる。
 その一言を告げるだけで、エルがどれだけ喜ぶか。エルがどれだけ、安堵するか。
 そして今の彼を見ていて、1つだけ確かな事があった。セドリックがエルと結ばれれば、彼は間違いなく父親の呪いを解く事が出来る。トラウマを、乗り越える事が出来る。
 彼はもう、そこまで来ているのだ。

「……なんだ、プロポーズでもしてくればいいのか……」

「交際過程吹っ飛ばして妻になって欲しいなんて度胸あるね」

「ねぇよ。そんな度胸ねぇからこうやって頭抱えてんだろ」

「もういっそ首輪繋いでペットにでもしちゃえば?」

 パサついた自身の髪を手櫛で整えながら、やや突き放した様な言葉を口にした。
 私の言葉に、彼が悶々と何かを考える。彼が今、何を考えたかなど今の私からすれば全てお見通しだ。しかし、流石に彼もそれを私に知られたくはないだろう。気付かなかった事にしようと、思考を切り替えた。
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