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XX あの日によく似たティータイム-I
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黒い雲がロンドンの空を覆い尽くす、10月のとある昼過ぎ。いつもの様に手土産を持って訪れたのは、セドリックとエルが暮らす住家。
手土産に選んだのは、お気に入りのビスケットだ。初めてエルとティータイムをしに此処を訪れた時にも、同じ物を選んだと記憶している。そんなビスケットは現在、掌程の小さな皿に並べられテーブルの中心に置かれていた。
肝心のエルはというと、丁寧な手付きで客人用のティーカップに紅茶を注いでいる。
金色のラインが縁に引かれたシンプルなティーカップは、私が2人にプレゼントした物だ。私の嘘の所為で、元々この家に置かれていたティーカップをエル割らせてしまった為、お詫びとして数ヵ月前に贈ったのだ。私の好みを言えばもっと華やかな物が良かったのだが、エルとセドリックはあまり派手な物を好まない。2人に贈る物に自身の好みを入れても仕方が無い為、今回はなるべくシンプルで作りの良い物を選んだ。
セドリックは相変わらず無関心であったが、エルは大層喜んでくれた。それと同時に、わざわざ買わせてしまって申し訳ない事をしたとも言われた。
つくづく思うが、彼女は非常に慎ましい子である。本当に、元貴族令嬢だったのだろうか、なんて疑ってしまう程だ。彼女が元家で一体どんな生活を送っていたのか、見る事が出来るのなら見てみたいとすら思ってしまう。
「――最近、セディとはどう?」
紅茶をカップに注ぐ彼女を眺めながら、ここ最近で疑問に思っていた事を口にした。
すると、紅茶を注いでいた彼女の手がぴたりと止まる。
「どう……と言われても」
求めていたものとは違う曖昧な返答に、堪えきれず表情に不満を表してしまう。
彼女は、そんな私の表情に気付いていながらも、何か別の事を考えている様でぼんやりとしていた。心此処に有らずと言うには大袈裟だが、会話に集中をしていないのは明らかだ。
その事実にむっとしながらも、「セディとは上手くやれてる?」と質問を重ねる。
「ええ、何不自由のない暮らしをさせて貰っているわ」
これまた求めていたものとは違う返答に、私が問うているのはそう言う事では無い、と言いたくなってしまう。だが、それを今の彼女に告げたところで困惑させてしまうだけだ。うぅんと唸り、皿に並べられているビスケットを1枚摘まみ上げ口に放り込んだ。
「――そんな貴女はどうなの?」
彼女の意識が漸く完全に此方に向いたと思ったら、何故だかやや強い口調で抽象的な問いを投げ掛けられた。何の事を指しているのかがいまいち掴めず、ビスケットを頬張った口だけをもぐもぐと動かし、彼女を見つめ首を傾げる。
「セドリックと、幼馴染なのでしょう? 相変わらず、会話が無くともセドリックの思っている事が分かったりするのかしら」
変わらず強い口調で付け加えられた言葉に、やっと彼女の心情が分かり心の内で「なるほど」と頷いた。彼女は未だ、私を敵視しているのだ。
想い人の、異性の幼馴染程厄介な人物は居ないだろう。幾らその間に恋愛感情が一切無かったとしても、想っている側からすれば面白くない筈だ。
しかし、彼女に幾ら敵視されても私とセドリックの過去を変える事は出来ない。彼女には、どうにか理解をして貰う他無いのだ。
「……うぅん、幼馴染だからというより、あいつ自体が分かりやすいからなぁ……。だからといって、エルちゃんが思っている様な事は何も……」
現状況に困惑しながらも返答すると、彼女が私の前に紅茶の注がれたティーカップを置き、向かい合う様にテーブルに着いた。彼女は私と視線を合わせることなく、テーブルの上に並べられた紅茶やビスケットなどを眺めながらゆっくりと口を開く。
「分かっているわ。でも私にとって彼は決して分かりやすい人では無いの。貴女が彼を分かりやすい人だと思うのなら、それは彼が貴女を信頼しているからじゃないかしら」
辛辣で、棘のある彼女の発言。温和な彼女にしては珍しい言葉選びだ。
「私は彼と出逢ってまだ日が浅いの。彼は表情が豊かでは無いし、思ってる事だって分からない」
彼女が言葉を区切り、小さく息を吸い込んだ。
「……貴女が羨ましいわ。昔から彼の近くに居て、彼の心が簡単に分かって」
自身の心の内を言い終えた彼女が、ティーカップを手に取りそっと口を付ける。そして溜息交じりに、「本当に、貴女が羨ましい」と言葉を続けた。
セドリックが色事に鈍いからなのか、それとも純粋に私への嫉妬なのか、彼女の心はやけに荒んでいる。エルの心をこれ以上荒ませない為にも、セドリックを揺さぶる必要があるだろうか。
しかし今最も必要なのは、彼女を安心させる事だ。慎ましい性格をしている彼女は、きっと私に強い言葉を使ってしまった事で後々自己嫌悪に陥るのだろう。現に、今もティーカップを見つめたまま唇を噛み、切なげな表情を浮べていた。
手土産に選んだのは、お気に入りのビスケットだ。初めてエルとティータイムをしに此処を訪れた時にも、同じ物を選んだと記憶している。そんなビスケットは現在、掌程の小さな皿に並べられテーブルの中心に置かれていた。
肝心のエルはというと、丁寧な手付きで客人用のティーカップに紅茶を注いでいる。
金色のラインが縁に引かれたシンプルなティーカップは、私が2人にプレゼントした物だ。私の嘘の所為で、元々この家に置かれていたティーカップをエル割らせてしまった為、お詫びとして数ヵ月前に贈ったのだ。私の好みを言えばもっと華やかな物が良かったのだが、エルとセドリックはあまり派手な物を好まない。2人に贈る物に自身の好みを入れても仕方が無い為、今回はなるべくシンプルで作りの良い物を選んだ。
セドリックは相変わらず無関心であったが、エルは大層喜んでくれた。それと同時に、わざわざ買わせてしまって申し訳ない事をしたとも言われた。
つくづく思うが、彼女は非常に慎ましい子である。本当に、元貴族令嬢だったのだろうか、なんて疑ってしまう程だ。彼女が元家で一体どんな生活を送っていたのか、見る事が出来るのなら見てみたいとすら思ってしまう。
「――最近、セディとはどう?」
紅茶をカップに注ぐ彼女を眺めながら、ここ最近で疑問に思っていた事を口にした。
すると、紅茶を注いでいた彼女の手がぴたりと止まる。
「どう……と言われても」
求めていたものとは違う曖昧な返答に、堪えきれず表情に不満を表してしまう。
彼女は、そんな私の表情に気付いていながらも、何か別の事を考えている様でぼんやりとしていた。心此処に有らずと言うには大袈裟だが、会話に集中をしていないのは明らかだ。
その事実にむっとしながらも、「セディとは上手くやれてる?」と質問を重ねる。
「ええ、何不自由のない暮らしをさせて貰っているわ」
これまた求めていたものとは違う返答に、私が問うているのはそう言う事では無い、と言いたくなってしまう。だが、それを今の彼女に告げたところで困惑させてしまうだけだ。うぅんと唸り、皿に並べられているビスケットを1枚摘まみ上げ口に放り込んだ。
「――そんな貴女はどうなの?」
彼女の意識が漸く完全に此方に向いたと思ったら、何故だかやや強い口調で抽象的な問いを投げ掛けられた。何の事を指しているのかがいまいち掴めず、ビスケットを頬張った口だけをもぐもぐと動かし、彼女を見つめ首を傾げる。
「セドリックと、幼馴染なのでしょう? 相変わらず、会話が無くともセドリックの思っている事が分かったりするのかしら」
変わらず強い口調で付け加えられた言葉に、やっと彼女の心情が分かり心の内で「なるほど」と頷いた。彼女は未だ、私を敵視しているのだ。
想い人の、異性の幼馴染程厄介な人物は居ないだろう。幾らその間に恋愛感情が一切無かったとしても、想っている側からすれば面白くない筈だ。
しかし、彼女に幾ら敵視されても私とセドリックの過去を変える事は出来ない。彼女には、どうにか理解をして貰う他無いのだ。
「……うぅん、幼馴染だからというより、あいつ自体が分かりやすいからなぁ……。だからといって、エルちゃんが思っている様な事は何も……」
現状況に困惑しながらも返答すると、彼女が私の前に紅茶の注がれたティーカップを置き、向かい合う様にテーブルに着いた。彼女は私と視線を合わせることなく、テーブルの上に並べられた紅茶やビスケットなどを眺めながらゆっくりと口を開く。
「分かっているわ。でも私にとって彼は決して分かりやすい人では無いの。貴女が彼を分かりやすい人だと思うのなら、それは彼が貴女を信頼しているからじゃないかしら」
辛辣で、棘のある彼女の発言。温和な彼女にしては珍しい言葉選びだ。
「私は彼と出逢ってまだ日が浅いの。彼は表情が豊かでは無いし、思ってる事だって分からない」
彼女が言葉を区切り、小さく息を吸い込んだ。
「……貴女が羨ましいわ。昔から彼の近くに居て、彼の心が簡単に分かって」
自身の心の内を言い終えた彼女が、ティーカップを手に取りそっと口を付ける。そして溜息交じりに、「本当に、貴女が羨ましい」と言葉を続けた。
セドリックが色事に鈍いからなのか、それとも純粋に私への嫉妬なのか、彼女の心はやけに荒んでいる。エルの心をこれ以上荒ませない為にも、セドリックを揺さぶる必要があるだろうか。
しかし今最も必要なのは、彼女を安心させる事だ。慎ましい性格をしている彼女は、きっと私に強い言葉を使ってしまった事で後々自己嫌悪に陥るのだろう。現に、今もティーカップを見つめたまま唇を噛み、切なげな表情を浮べていた。
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