上 下
57 / 222

XVIII 痛み-II

しおりを挟む
「あの子、家で待ってるんでしょ。早く帰んなよ」

「……分かってる。分かってんだけど、1回座ると中々……」

「辻馬車使えば良かったじゃん」

「金掛かるだろ」

 彼は中々、瞳を開かない。
 今の彼には、これ以上言っても無駄な様だ。小さく溜息を漏らし、香水を並べたテーブルの前のソファに腰掛けた。そして、目の前の香水に目を向ける。
 ざっと数えて14本。意匠を凝らした陶器製の物もあれば、宝石の様にカットされたガラス製の物もある。ガラス製の物は中身の香水が透けて見えており、無色透明な物、薄いピンク、青、黄、赤などに色づいた液体が入っていた。
 まず手始めに、ピンクに色づいた香水が入った、ガラス製の瓶を手に取る。銀のキャップを外し、瓶を鼻に近付けた。
 ふわりと香る、薔薇の匂い。ダマスク・クラシックの香水だろう、古典的な香りである。瓶は綺麗だが、特別自身の好みに合う訳でも無い。キャップを閉じ、そっとテーブルに戻した。
 次に手に取ったのは、陶器製の容器に入れられた香水。丸みを帯びた白色の陶器に、花束の絵が描かれている。栓をする様に嵌め込まれた陶器のキャップを抜き取り、鼻を近づけた。
 鼻腔を抜ける、フローラルな芳しい香り。この香水には百合の花が使われているのだろうか。華やかで上品な香りであるが、少々香りが強く密室には向かない香水だ。
 そんな事を思いながら香水を吟味していると、突如右横から声が飛んできた。

「――この前エルに会った時、あいつから何を読み取ったんだ」

 あまりに唐突な問いに、思考が追い付かず手がぴたりと止まる。
 セドリックの方へ視線を投げると、彼も同じ様に此方を見つめていた。

 お互いがお互いを想っている筈なのに、エルとセドリックは今も付かず離れずな関係を続けている。そんな2人をじれったく思い、この2ヵ月間私はセドリックに執拗にエルの事を問い掛け続けていた。詮索するのは良くない、と思いつつも、それでも2人の仲はあまりに進展が無く、人間としての感情が機能しているのか心配でならなかったのだ。
 もしや、執拗に問い掛け続けた事で彼の心が動いたのか。やや期待しながらも、ここで素直に答えてしまっては意味が無いと思い「内緒」と呟く様に言葉を漏らした。再び手元に視線を戻し、香水の蓋を閉め持っていた瓶をテーブルに戻す。

「……じゃあ、何処まで読み取ったんだ。過去とか、今迄の生活環境とか……」

「いや、私超能力者じゃないから」

 一体私を何だと思っているのか。彼は私の能力を何か勘違いしている様で、思わず嘲る様に笑ってしまった。

「人の感情が強ければ強い程、その人の想いが伝わってくるだけ」

 優しく諭す様に説明をして、言葉を区切る。そしてなんと無しに手に取った香水の香りを嗅ぎながら、再び口を開いた。

「あの子がどんな生活してたかなんてわかる訳無いでしょ。それに、あの子から伝わってきたのは……」

 しかし、自身が行き過ぎた発言をしてしまった事に気付き、慌てて言葉を止めた。
 口をきゅっと結び、なんと誤魔化せば良いのかと困惑しながら彼に視線を投げる。

「……伝わってきたのは?」

 彼は怪訝な表情を浮べ、先を話す様に催促する。だがこれ以上の事は、私には言えない。私が、言ってはならないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...