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XVII ピアス-III

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「――ピアス、ですか?」

 背後から私の手元を覗き込んだマクファーデンが、ぽつりと漏らす。

「でも貴女、ピアスホールが空いていませんね」

「え?」

 振り返ったのと同時に、彼が私の耳に触れた。耳朶を撫でられる感覚が擽ったく感じ、思わず肩をすくめふふ、と笑みを零す。

「驚きました、貴女笑えたんですね」

「失礼過ぎない? あんたの前では笑わなかっただけ」

「僕の前でも、そうやって笑っていて欲しいんですが」

「あんたの事信用出来る迄は無理かな」

 パシ、と彼の手を振り払い、咳払いをして零れた笑みを隠す。

「どうしたら信用、して貰えますかね」

「さぁね、私があんたの心の中、読める様になったらじゃない?」

「……? まだ僕の心が読めないんですか? 貴女エンパスなのに?」

「またその質問? 心が読めないの、あんただけだよ」

「……ふむ、これはカルテに書いておくべき事案ですね」

「いや、書かなくていい。前にも言ったけど、私はあんたから治療も診察も受けるつもり無いから」

 不満気な彼を他所よそに、箱からそっとピアスを取り出す。
 取り出した事で更に光を取り込んだのか、ガーネットが強く輝き診療所の壁に虹色の光を複数生み出した。

「着用はしないんですか?」

「え? するけど」

「でも貴女、先程も申し上げましたがピアスホール開いてないじゃないですか」

「ピアス、耳朶に刺せば開くじゃん」

 私の言葉に、彼が顔を引き攣らせる。

「何、その顔」

「それ本気で言ってます?」

「流石に、あんた相手に冗談は言わない」

 最早、呆れに変わったのか。彼が目を伏せ、大きな溜息を吐いた。

「貴女、馬鹿なんですか? ……いや、貴女が常軌を逸した方だというのはカルテを見て存じ上げていましたが……、まさかここ迄だとは」

「は? ていうか、カルテに私が常人じゃないって書かれてるの? エリオット先生はそんな事一度も言わなかったけど」

「本人に、貴女頭おかしいですね、って言う医者が何処に居ますかね」

 確かに私は、普通とは掛け離れている人間だとは思う。しかし、カルテにまで書かれているとは心外だ。エリオット先生は、ずっと優しい言葉を掛けながら私を、頭のおかしい人間だと思い続けていたのだろうか。
 だとしたら、悪魔の様な人だ。彼はマリアに多大な借金を残し、更には街の患者の事も捨てて逃げた人間である。
 いい加減、先生の事は忘れなければ。そう思いながらも、それでも先生をずっと思い続けてしまうのは何故だろうか。私の保護者の様な人だったからか、それとも“捨てられた”という事実をまだ受け入れたくないだけなのか。

「ピアスを着用するには、まずピアスホールを作る必要があります。ピアスをそのまま無理矢理耳朶に刺して穴を開ける人も……まぁ恐らく存在はするんでしょうが、無謀つ頭の悪い開け方ですね。掠り傷では無く、身体に穴を開ける行為です。知識を付けろと迄は言いませんが、危険な事はしないで頂きたい」

 表情は変わらないものの、その声色を聞いていると彼は相当焦っている様だ。医者だからだろうか。不思議だ、と思いながらもこくりと頷く。

「あんたは穴、開けられんの?」

「医療器具は揃っているので、此処で出来ない事は無いです。一応、バーソロミューに居た頃ピアスホールを開けた経験はあります」

「じゃあ、そのピアスホール開けてよ」

「僕がですか?」

「あんた以外に誰が居んの? 出来るんでしょ?」

 私の言葉に、彼が複雑な表情を浮べる。その心は相変わらず読めないが、どうやらあまり好ましくない行為らしい。

「まぁ、貴女は痛みに強そうなので大丈夫だと思いますが……。痛いと大暴れされる事もあるんですよ。耳は繊細なので」

「ふぅん」

「暴れないと保証してくださるなら、引き受けても構いません」

「私が痛みに暴れる様に見えるの?」

 彼が考える様に私の顔を見つめた後、やはり複雑な表情を浮べ「見えませんね」と一言呟く様に言った。

「じゃ、よろしく」

 ピアスを箱に丁寧に戻し、箱の蓋を閉めた。
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