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XVI 令嬢の行方-II

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「この家に、御令嬢が居るよね? 彼女は今、何処に?」

 手始めに令嬢――エルの話を振ってみる。率直過ぎるかとも思ったが、この話をすればエルの失踪が使用人の耳に入っているかどうかが直ぐに分かる。
 想像通り、と言うべきか。彼はあからさまな動揺を見せた。ビリビリとした、嫌な耳鳴りがし出す。 

 ――彼は、エルが居なくなった事を知っている。
 庭師であろう彼が知っているのなら、この屋敷の使用人全てがエルの失踪を認知していると考えて良いだろう。

「……失礼ですが、貴女は?」 

 青年の顔に、警戒の色が浮かぶ。そして、それと合わせて耳鳴りも強くなった。
 此処までは予定通りだ。簡単に教えてくれない事位、最初から分かっていた。
 瞬時に頭の中で、次の言葉を考える。

「ごめんね、それは言えない。だけど、御令嬢――エル・エインズワースさんの事を聞かせて欲しいの」

「……」

 彼が口をきゅっと結び、僅かに視線を泳がせた。その額には冷や汗が滲んでいる。

「……お、お嬢様はお体の具合が優れず、ここ数日寝室で休んでおられます」

 漸く口を開いた彼が、言葉を詰まらせながら答えた。
 しかし、その表情は真剣そのものだ。泳いでいた視線は私に固定され、言葉の語尾もやや強い。
 彼は比較的、嘘が上手い人間の様だ。普通の人間ならば、彼の様子に少々違和感を抱く事はあれどその言葉を信じてしまうだろう。けれど私には、他の人には無いものがある。それを駆使すれば、彼から上手く情報を引き出す事が出来る筈だ。

「そっか。お嬢様は病気って事になってるんだね」

「……?」

 彼が怪訝な視線を私に向ける。

「それ、嘘だよね。彼女がこの屋敷に居ないのは知ってる」

「――!」

「今日私が聞きたいのは、彼女が失踪した事がこの屋敷内でどう扱われているか」

 耳鳴りは徐々に酷くなり、ガリガリと脳を爪で引っ掻かれている様な頭痛がする。これ等は、彼が今相当動揺しているという証拠だ。
 彼が纏う、白とも黒とも呼べない気味の悪い色。想像以上の事が、この屋敷の中で起こっているという事だろうか。

「――お嬢様の行方を、ご存じなのですか?」

 彼が柵越しに私に顔を近づけ、更に声を潜めた。
 此処からの会話は、全て賭けになる。自然と早まる鼓動を抑え込み、ゆっくりと口を開いた。

「……知ってる」

 私が選んだのは、肯定。此処で否定したら、彼はきっとこれ以上の事は話してくれない。それに、エルがこの屋敷に居ない事を知っているのに、その後の行方を知らないだなんて矛盾しているだろう。直ぐに嘘だと見抜かれてしまう。
 彼から真実を聞き出したいのなら、此方もある程度真実を話さなくてはならない。
 だが、その問いに肯定するという事は、つまりは私が誘拐犯、もしくは失踪に関わる人物だと疑われる可能性が浮上する。危険な選択だという事には変わりない。
 此処で否定をしていたら、彼はどの様な反応をしていただろうか。そんな事を考えながら、黙って彼の反応を待つ。
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