上 下
49 / 222

XV 危険なティータイム -X

しおりを挟む
「もうこんな時間。随分と話し込んじゃったね」

 時計が指しているのは16時半。此処に来てから、早くも2時間が経過しようとしていた。

「ティーカップ、ごめんね。怪我は無い?」

「……ええ、大丈夫。私が悪いの、ごめんなさい」

「いや、原因を作ったのは私だから。セディには私から謝っておくね」

 彼女の前に置かれていたティーカップを取り、空の紙袋に押し込んだ。そしてゆっくりと、名残惜しく感じながらも席を立つ。

「これは、私が処分しておくから」

「……お手を煩わせてしまって……ごめんなさい……」

「いいんだよ。全部私が招いた事だし。エルちゃんはもう謝らないで」


 帰る支度を整え、玄関扉を開く。そして振り返り、何処か不安気な表情を浮べている彼女と視線を合わせた。

「今日は、色々と困らせちゃってごめんね。でも誤解しないで、初めて会った時に言った『仲良くなりたい』は本音だから。それに、エルちゃんの力になれる事もあるって言った事も」

 私の言葉に、彼女が小さく頷く。

「嘘は、もうつかない。これからは全部本当の事を言うよ。難しいと思うけど、私の事はあまり疑わないで、信じて欲しい」

「……ええ、勿論。疑うつもりは無いわ」

「そう。分かって貰えて良かった。それと、セディの事も信じてやって。あいつ、嘘ついたりとか出来る程器用な人間じゃないから。それにセディは分かり易いし、注意して見てたら性格とかも色々掴めてくるんじゃないかな」

「……そうかしら」

 冬に比べて日が長くなってきたものの、まだこの時期は、16時を過ぎると薄暗くなってくる。
 犯罪の増える夜間に外を出歩く事は、女性であれば控えるべきだ。私は護身術を身に着けている故に、そこらの男性よりも強い自信がある為何の問題も無いが、これから彼女が街を歩く様になったら、夜間は外出を控える様にと言っておく必要がある。

「ごめんなさい、送っていく事が出来なくて」

 こんな事を平気で言ってしまう様な子だ。貴族令嬢が何処まで知識を蓄えているかは分からないが、1人で街を歩かせたらその日にでも犯罪に巻き込まれそうである。

「何言ってんの。エルちゃんに夜道歩かせる方が心配だよ。エルちゃんは可愛いんだから、直ぐに男に食べられちゃいそう」

「そんな事無いわ。貴女……マーシャの方がよっぽど綺麗な顔をしているもの」

「あは、女の子からそんな事言われたの初めてだなぁ」

 彼女の頭をぽんと撫で、小さく溜息を吐いた。少々危なっかしい子だ。誰かが守ってやらなければ直ぐに壊れてしまいそうな、そんな存在である。

「次会う時は、ちゃんと“友達”として会おうね」

「ええ、是非」

 彼女に手を振り、2人の家を後にした。背中に彼女の視線を感じながら、職場までの道をゆったりと歩く。
 そこでふと、悪戯心が沸き上がるのを感じた。

「――言い忘れてたけど、私とセディはただの幼馴染! ただの家族みたいな存在で、一緒に居てドキドキもしないし、況してや恋心なんて一切抱いてないから!」

 私の声が、周囲に響き渡る。幸い人は居なかったが、彼女の激しい羞恥心が離れた此処まで伝わって来た。

「――だから、私とセディの関係は気にしなくていいよ! 2人の事、応援してるから!」

 それだけ言って頭上で大きく手を振り、踵を返し職場の方へと再び足を向けた。


 ――彼女と話をしている時に一瞬見えた、喉元に突き付けられた短剣タガー
 基本、私は人の心が読めようと記憶の共有は出来ない。しかし、何故だかその光景が彼女から伝わって来た。
 彼女は、一度自死を選んだ事がある。短剣タガーを刺す前に思い留まったのか、それとも行動に移した後命が助かったのかは分からないが、余程の事が無い限り人間は自ら死を選ぶ事は無い。
 
 マリアも、そうだった。苦しい人生を歩み、自ら命を絶った。
 やはりどうしても、何処か彼女にマリアが重なってしまう。マリアを失った今、もうこれ以上同じ苦しみを抱く人間を出したくは無かった。

「――大丈夫、今度は私が、ちゃんと守るからね」

 自身に言い聞かせる様に1人呟き、暗くなった空を見上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...