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XV 危険なティータイム -I
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見慣れた職場の書斎。ゆっくりと、瞳を開く。
どうやら、ソファに座ったまま眠ってしまっていた様だ。
――長い、長い夢を見ていた気がする。それも、昔の夢を。
はっきりとは覚えていないが、何処か懐かしい様な、切ない様な、言葉にし難い感情が胸の中に残っていた。
今は、何時だろうか。書斎に時計が無い為正確な時間を知る事は出来ないが、カーテンの外を見るに凡そ昼過ぎだろう。
幾ら朝が弱いとはいえ、こんな時間まで眠っているつもりは無かった。今日はセドリックの家を訪ね、彼が拾って来たあの子と話をしようと思っていたのだが、今から準備をしていたら遅くなってしまいそうだ。
セドリックがあの子を拾ってきて、今日で3日。話し合った結果2人は、あの子の元の家であるエインズワース家に動きが無いかを充分に確認できるまで、籠城生活をする事に決めたらしい。あの子を守り、そしてセドリックに危険が及ばない賢明な判断だと思う。
しかし、籠城生活をいつまでもしている訳にはいかない為、彼には足が付かない程度にエインズワース家に探りを入れて欲しいと言われていた。普通の人間であるセドリックよりも、人の心が読める私の方が探りを入れやすいと判断したのだろう。元よりエインズワース家についてはあの子の為にもセドリックの為にも少なからず調査をしようと思っていたのだが、あの人間に無関心で執着が無いセドリックが私を頼ってくるのは意外だった。
あの子の事で、少しずつセドリックの心が、性格が変化している。それはやはり、私にとって喜ばしい事であった。
早速エインズワース家の調査をしたいところだが、それよりも先にしなくてはならない事がある。それは、あの子へ数着の下着を届ける事と、あの子の心情を探る事だ。
本来であればもっと早くに彼女の元を訪れる予定だったが、仕事が忙しかった為に下着を揃えるのに3日も掛かってしまった。きっと、この3日間であの子は相当な苦労をした事だろう。あの子の為にも、早く届けてあげるべきだ。
それに、彼女がどういう人間か、というのも非常に気になるところだった。私はともかく、セドリックは法に触れるギリギリの仕事をしている。セドリックからあの日口止めをされたという事は、セドリックはあの子に仕事の話をしていないのだろう。
幾ら人の心が読める私でも、未来までをも予知する事は出来ない。故に、2人がどんな未来を歩むかは見当も付かないが、それでもいつかはセドリックの仕事を知る事になるだろう。その時に、彼女はどんな反応を示すか。彼を軽蔑したり、怖がってしまっては大変だ。彼女が少しでもそう思う素振りがあったとしたら、今のうちから対策を練る必要がある。
それともう一つ、知りたい事があった。それは、彼女がどれだけの覚悟を持って屋敷を抜け出したか、だ。心配は無いだろうが、お遊びや悪戯で抜け出していたのだとしたら困る。私にとってはセドリックが最も大切な存在であり、そんな彼が徒に危険な目に合わせられる事だけは避けたかった。
ソファから立ち上がり、大きく伸びをする。椅子に座ったまま眠ると、どうしても身体を痛めてしまう。しかし、シーラと顔を合わせたくない故に、借家に戻る気にもなれなかった。
借家には、シーラとトラブルがあってから戻っていない。彼女が実害のある嫌がらせをしたのはあれが初めてであり、私も今後シーラとどう接すればいいか分からなかった。
「――あぁ、駄目。今考えるのはやめよう」
シーラの事を思い出すと、漏れなくあの不気味な笑みが思い起こされ酷く気分が悪くなる。自身に言い聞かせる様に1人呟き、壁を覆い尽くす様に並べられている背の高い本棚に近付いた。
籠城生活をしているあの子は、きっと暇を持て余しているだろう。幾つか、本を持って行ってあげれば喜ぶだろうか。本の背表紙を指でなぞりながら、どんなジャンルの本を持っていくべきか頭を悩ませる。
そこでふと、とある事が頭に浮かんだ。これは、私のほんの些細な悪戯の様なものだ。
こんなもので彼女が気持ちを自覚するとは思えないが、試してみる価値はあるだろう。ふふ、と1人笑みを零しながら、恋愛小説のみを選んで革鞄に詰めていった。
◇ ◇ ◇
どうやら、ソファに座ったまま眠ってしまっていた様だ。
――長い、長い夢を見ていた気がする。それも、昔の夢を。
はっきりとは覚えていないが、何処か懐かしい様な、切ない様な、言葉にし難い感情が胸の中に残っていた。
今は、何時だろうか。書斎に時計が無い為正確な時間を知る事は出来ないが、カーテンの外を見るに凡そ昼過ぎだろう。
幾ら朝が弱いとはいえ、こんな時間まで眠っているつもりは無かった。今日はセドリックの家を訪ね、彼が拾って来たあの子と話をしようと思っていたのだが、今から準備をしていたら遅くなってしまいそうだ。
セドリックがあの子を拾ってきて、今日で3日。話し合った結果2人は、あの子の元の家であるエインズワース家に動きが無いかを充分に確認できるまで、籠城生活をする事に決めたらしい。あの子を守り、そしてセドリックに危険が及ばない賢明な判断だと思う。
しかし、籠城生活をいつまでもしている訳にはいかない為、彼には足が付かない程度にエインズワース家に探りを入れて欲しいと言われていた。普通の人間であるセドリックよりも、人の心が読める私の方が探りを入れやすいと判断したのだろう。元よりエインズワース家についてはあの子の為にもセドリックの為にも少なからず調査をしようと思っていたのだが、あの人間に無関心で執着が無いセドリックが私を頼ってくるのは意外だった。
あの子の事で、少しずつセドリックの心が、性格が変化している。それはやはり、私にとって喜ばしい事であった。
早速エインズワース家の調査をしたいところだが、それよりも先にしなくてはならない事がある。それは、あの子へ数着の下着を届ける事と、あの子の心情を探る事だ。
本来であればもっと早くに彼女の元を訪れる予定だったが、仕事が忙しかった為に下着を揃えるのに3日も掛かってしまった。きっと、この3日間であの子は相当な苦労をした事だろう。あの子の為にも、早く届けてあげるべきだ。
それに、彼女がどういう人間か、というのも非常に気になるところだった。私はともかく、セドリックは法に触れるギリギリの仕事をしている。セドリックからあの日口止めをされたという事は、セドリックはあの子に仕事の話をしていないのだろう。
幾ら人の心が読める私でも、未来までをも予知する事は出来ない。故に、2人がどんな未来を歩むかは見当も付かないが、それでもいつかはセドリックの仕事を知る事になるだろう。その時に、彼女はどんな反応を示すか。彼を軽蔑したり、怖がってしまっては大変だ。彼女が少しでもそう思う素振りがあったとしたら、今のうちから対策を練る必要がある。
それともう一つ、知りたい事があった。それは、彼女がどれだけの覚悟を持って屋敷を抜け出したか、だ。心配は無いだろうが、お遊びや悪戯で抜け出していたのだとしたら困る。私にとってはセドリックが最も大切な存在であり、そんな彼が徒に危険な目に合わせられる事だけは避けたかった。
ソファから立ち上がり、大きく伸びをする。椅子に座ったまま眠ると、どうしても身体を痛めてしまう。しかし、シーラと顔を合わせたくない故に、借家に戻る気にもなれなかった。
借家には、シーラとトラブルがあってから戻っていない。彼女が実害のある嫌がらせをしたのはあれが初めてであり、私も今後シーラとどう接すればいいか分からなかった。
「――あぁ、駄目。今考えるのはやめよう」
シーラの事を思い出すと、漏れなくあの不気味な笑みが思い起こされ酷く気分が悪くなる。自身に言い聞かせる様に1人呟き、壁を覆い尽くす様に並べられている背の高い本棚に近付いた。
籠城生活をしているあの子は、きっと暇を持て余しているだろう。幾つか、本を持って行ってあげれば喜ぶだろうか。本の背表紙を指でなぞりながら、どんなジャンルの本を持っていくべきか頭を悩ませる。
そこでふと、とある事が頭に浮かんだ。これは、私のほんの些細な悪戯の様なものだ。
こんなもので彼女が気持ちを自覚するとは思えないが、試してみる価値はあるだろう。ふふ、と1人笑みを零しながら、恋愛小説のみを選んで革鞄に詰めていった。
◇ ◇ ◇
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