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XIV 追憶-生血- -I

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 セドリックが私の話に応じてくれて、1日が経過した。彼が心変わりしてしまうのではないか、なんて不安も覚えるが、セドリックは約束を破る様な中途半端な事はしない。――筈だ。
 とにかく今は、一刻も早くマリアに伝えに行かなければ。朝が弱いなりに早起きをし、借家の自室にて診療所へ行く為身支度を整えていた。

 ノエルが助かる方法があると、そして借金の返済も出来ると伝えたら、マリアはどんな顔をするだろうか。安堵、してくれるだろうか。
 しかし、気掛かりな事が1つ。少し前、彼女の腕に自傷痕がある事に気付いた。その傷の殆どが躊躇ためらい傷であったが、彼女から伝わってくるのは“死”のニオイ。彼女を唯一繋ぎとめているのはノエルの存在であったが、このまま話が進みノエルが貴族の家に売られてしまえば、マリアをこの世に繋ぎとめる存在は無くなってしまう。借金が無事返済出来たとしても、彼女に生きる希望はあるのだろうか。
 それだけが、今はただ不安だった。

 そっと音を立てない様自室の扉を開き、素早く扉を施錠する。大家であるシーラと、今は極力接触をしたくない。自身を嫌う存在と会えば、少なからず体力を消耗するからだ。
 しかし、その願いは虚しくも崩れ去った。
 階段の下から私を見上げているのは、相変わらず落ち着いたデザインのドレスに身を包んでいるシーラ。

「お、おはよう、ございます」

 此方を睨みつける様な鋭い視線は、今日も健在だ。口が裂けても本人には言えないが、その瞳は獲物を狩る虎の様である。
 睨みつけられる事には慣れている為、正直恐怖を感じる事は一切無い。しかし、恐怖と気まずさは別物だ。私とシーラの間に流れる気まずい空気には、いつまで経っても慣れる事は無い。

「――ごきげんよう、レイノルズさん。貴女にしては随分とお早いお目覚めね」

「今日は、予定があって」

「あら、貴女が早朝に予定を入れるだなんて珍しい。まぁどうせ、大した予定ではないのでしょうけど」

 彼女の嘲笑あざわらう様な顔と、侮辱ぶじょく的な言葉。どこまでも、意地の悪い人だ。神経に障り、苛立ちが沸き上がるのを感じながらも反論の言葉を飲み込む。

「――用事が終わり次第職場へ行くので、帰りは夜になると思います」

「そう」

 どうでもいい、と言わんばかりの顔で、彼女が軽く返答する。彼女にとっては、私がこの家に居ようが居まいが関係ないのだ。いや、居ない方が都合が良いだろうか。
 興味を失くした様にふいと顔を逸らし、奥の部屋へ消えて行ったシーラを見つめながら、音を立てない様に素早く階段を駆け下りた。
 シーラの機嫌を損ねない様に、と考えながら行動している自分が馬鹿みたいだ。時々、幼少期に戻った様に感じて嫌になる。玄関扉を開き、外の生ぬるい空気を吸い込み息を吐いた。

 今日は天気が良い。靴も、数少ないヒールの低い靴を選んだ。
 診療所、及びマリアの家まで、駆けて行くのも良いだろう。馬車を使う習慣が無く歩く事が多い為、筋力におとろえは無いが、ここ数日の運動不足が少々気になるところだ。いつまでも身軽な自分で居たい為、強く地面を蹴った。

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