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XII 追憶-泣き言- -III
しおりを挟む「――でも、私にはきっと出来ない。あの子の命を奪う事は、出来ない。このままノエルを何処か遠くへ連れて行って、そこに置き去りにしたら。誰かに預けられたら。捨てるなんて事はしたくないけれど、競売に掛けられる位ならば……って、色んなことを考える」
マリアが不意に此方に顔を向け、私の瞳を見つめた。
「ねぇ、マーシャ。“あの時”みたいに助けて欲しいって言ったら、貴女は助けてくれる?」
「――……」
「出来る事なら、幸せになって貰いたい。でも、多くは望まないわ。ただ今は、あの子を逃がしてやりたいの」
涙を零しながら私を真っ直ぐに見つめる彼女を見て、私は刹那に“狡い”と思った。
そんな瞳で見つめられたら、そんな言葉を使われたら、私は何も言えない。彼女を救う以外の事なんて、考えられなくなる。
頭に浮かんだのは、私とセドリックの仕事の事。
私達はブローカー業を営んでいる。私は衣類やアクセサリーなどの装飾品。そしてセドリックは、“子供”だ。
セドリックを通して子供を貴族に売り渡す事は、マリアからすれば競売に掛ける事と同じかもしれない。それでも、闇オークションとセドリックの仕事は大きく異なった。
「あのね、これは誰にも言わないで欲しい事なんだけど、私、幼馴染と一緒にブローカーやってるの」
「……ブローカー?」
「そう。私の担当は別なんだけど、幼馴染は子供を貴族に売り渡す仕事をしてる。訳あって子供を手放したい親と、子供を欲しがる貴族を繋ぐ仕事。勿論、子供を売るという形になるから、マリアちゃんは悪い印象を抱くと思う。でも、子供を欲しがる貴族ってのは、競売で人間を落札した貴族みたいな人達じゃなくて、後継ぎが欲しいとか、子供に兄弟、姉妹を作ってやりたいとか、そういう意味合いで買う人たちが多いの」
「……」
彼女に話す間を与えようと言葉を区切るが、彼女は私を見つめたまま何も言わない。
ややあって、私は言葉を続けた。
「ノエルちゃんはまだ小さいから、買い手は直ぐに見つかると思う。それに、貴族は大金をマリアちゃんに払う事になるから、借金もそれで返せるんじゃないかな。細かい事は幼馴染に聞いてみないと分からないけど、彼の取引で売られた子供は大体不幸にはなってない……と、思うから、ノエルちゃんを手放しても良いと思うなら、彼に交渉してみる」
「本当に、ノエルの将来は約束されるの……?」
「約束は……出来ない。だけど、売られた子供が不幸な目に合わない為に、ブローカーである彼が居る。この仕事を初めてもうだいぶ経つし、大丈夫だとは思う」
「……そう」
彼女がそっと、目を伏せる。その拍子に、瞳に溜まっていた涙が頬を伝い落ちた。
マリアは口を閉ざしたまま、何も言わない。しかし、その心の中では答えが出ている様だった。
「交渉、してみるね」
静かにそう告げると、彼女が小さく頷いた。
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