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XII 追憶-泣き言- -I
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後任医師、エドワード・マクファーデンが来てから診療所は元に戻った。
マクファーデンは、女性が好む整った顔立ちをした男の様で、街の女性からは早くも人気を集めていた。
彼は髪がやや長めで、表情が豊かでは無い。故に、私からすれば正直パッとしない印象の男だった。しかし言われてみれば、確かに顔立ちが整っている様にも見えてくる。
私が彼の魅力に気付かなかったのは、エリオット先生の事が解決していないというのに後任医師が来た、という事実の重さからだろう。マクファーデンが此処に勤務する様になって暫くは、彼の顔は記憶の中でぼんやりとしていて、はっきりと思い出す事が出来なかった。街の女性達がマクファーデンの事を嬉々として話している事にも気付かなかった位だ。
――彼は不思議な人だった。
マリアが借金取りに暴行されていても我関せずといった顔で業務を熟し、マリアの事には一切口出しをしなかった。それに、定期的に1階に降りてくるまだ幼いノエルにだって見向きもしなかった。それだけなら、まだ良い。
私は、彼の心を読む事が出来なかった。
心を、読む事が出来ない。それは、普通の人間からすれば当たり前の事だ。しかし、私にとってはとても無視できない事柄である。
今まで、心を読む事の出来ない人間など一人として居なかった。どんな人間であっても、相手が何を考えているかはある程度分かった。
だというのに、マクファーデンはまるで心に硬い蓋をしているかの様に、何も読むことが出来ないのだ。人の心が読めていた私にとっては、非常に扱いづらい人物である。故に、「今何考えてるの?」と意味の無い質問を投げかけてしまう始末だった。
その問いに、マクファーデンは最初「揶揄っているんですか?」などと言って一切相手にする事は無かった。しかし、私がふざけている訳では無いと知ると、仕事の手を止めて迄話を聞いてくれた。
冷淡で、残酷で、何処か幼馴染のセドリックと重なる人物。なのに、私の話には時間を惜しまない。
本当に、不思議な人だった。
――マクファーデンが診療所で勤務する様になって、どれ程が経過したか。ある時、マリアがふらふらと1人1階に降りて来た。
マリアには、後任医師が来た事を伝えていなかった。いや、伝える事が出来なかった。
後任医師が来たという事は、エリオット先生は戻って来ないと判断されたいう事だ。それを、マリアにどう伝えれば良いかが分からなかった。
「どちら様?」
1階に降りて来たマリアが、マクファーデンを見て感情の無い声で言った。
彼女は心此処に有らずといった顔で、そう問うておきながら彼の事はどうだっていいといった様子だった。その問いは、彼女の中に残った僅かな儀式的挨拶の様なものだったのだろう。
「エリオット・ティンバーレイク医師の後任医師、エドワード・マクファーデンと申します。貴女の事は伺っていますよ、ミセス・ウィルソン」
「……後任……、そう……」
マリアには表情が無く、声に抑揚も無い。心の内で、後任医師である彼の事をどうだっていいと思っている事は変わらない様だった。しかし、マクファーデンが仕事をしている姿を見て、僅かに頬を緩ませる。
「診療所、元に戻ったのね。よかった」
彼女は時々、患者――マリア目当てで雑談をしに来ただけの人たちだが――の話を聞かせてくれた。患者たちは少なからず、マリアの仕事の邪魔になっているのではないか、迷惑になっているのではないかと案じている様ではあったが、患者の話をするマリアはとても楽しそうだった。
マリアにとって、患者は家族同然の存在だったのだろう。心を病んだ今でも、彼女は心の何処かで患者たちの事を気に掛けている様だった。
マクファーデンは、女性が好む整った顔立ちをした男の様で、街の女性からは早くも人気を集めていた。
彼は髪がやや長めで、表情が豊かでは無い。故に、私からすれば正直パッとしない印象の男だった。しかし言われてみれば、確かに顔立ちが整っている様にも見えてくる。
私が彼の魅力に気付かなかったのは、エリオット先生の事が解決していないというのに後任医師が来た、という事実の重さからだろう。マクファーデンが此処に勤務する様になって暫くは、彼の顔は記憶の中でぼんやりとしていて、はっきりと思い出す事が出来なかった。街の女性達がマクファーデンの事を嬉々として話している事にも気付かなかった位だ。
――彼は不思議な人だった。
マリアが借金取りに暴行されていても我関せずといった顔で業務を熟し、マリアの事には一切口出しをしなかった。それに、定期的に1階に降りてくるまだ幼いノエルにだって見向きもしなかった。それだけなら、まだ良い。
私は、彼の心を読む事が出来なかった。
心を、読む事が出来ない。それは、普通の人間からすれば当たり前の事だ。しかし、私にとってはとても無視できない事柄である。
今まで、心を読む事の出来ない人間など一人として居なかった。どんな人間であっても、相手が何を考えているかはある程度分かった。
だというのに、マクファーデンはまるで心に硬い蓋をしているかの様に、何も読むことが出来ないのだ。人の心が読めていた私にとっては、非常に扱いづらい人物である。故に、「今何考えてるの?」と意味の無い質問を投げかけてしまう始末だった。
その問いに、マクファーデンは最初「揶揄っているんですか?」などと言って一切相手にする事は無かった。しかし、私がふざけている訳では無いと知ると、仕事の手を止めて迄話を聞いてくれた。
冷淡で、残酷で、何処か幼馴染のセドリックと重なる人物。なのに、私の話には時間を惜しまない。
本当に、不思議な人だった。
――マクファーデンが診療所で勤務する様になって、どれ程が経過したか。ある時、マリアがふらふらと1人1階に降りて来た。
マリアには、後任医師が来た事を伝えていなかった。いや、伝える事が出来なかった。
後任医師が来たという事は、エリオット先生は戻って来ないと判断されたいう事だ。それを、マリアにどう伝えれば良いかが分からなかった。
「どちら様?」
1階に降りて来たマリアが、マクファーデンを見て感情の無い声で言った。
彼女は心此処に有らずといった顔で、そう問うておきながら彼の事はどうだっていいといった様子だった。その問いは、彼女の中に残った僅かな儀式的挨拶の様なものだったのだろう。
「エリオット・ティンバーレイク医師の後任医師、エドワード・マクファーデンと申します。貴女の事は伺っていますよ、ミセス・ウィルソン」
「……後任……、そう……」
マリアには表情が無く、声に抑揚も無い。心の内で、後任医師である彼の事をどうだっていいと思っている事は変わらない様だった。しかし、マクファーデンが仕事をしている姿を見て、僅かに頬を緩ませる。
「診療所、元に戻ったのね。よかった」
彼女は時々、患者――マリア目当てで雑談をしに来ただけの人たちだが――の話を聞かせてくれた。患者たちは少なからず、マリアの仕事の邪魔になっているのではないか、迷惑になっているのではないかと案じている様ではあったが、患者の話をするマリアはとても楽しそうだった。
マリアにとって、患者は家族同然の存在だったのだろう。心を病んだ今でも、彼女は心の何処かで患者たちの事を気に掛けている様だった。
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