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XI 追憶-新任- -II

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 ――バイオレットスキャポライト。それは昔、マリアが教えてくれた、美しい宝石の名前だ。
 マリアライトの別名を持つその石は、非常に美しく人気の高い宝石なのだとか。
 彼の瞳を見て、何故だか真っ先にその宝石が頭に浮かんだ。

「マーシャ・レイノルズさん、ですね」

 一言だけそう述べた彼が、私の頭のてっぺんから靴の先までじっくりと視線を這わし、「想像よりずっと綺麗な人だ」と独言を漏らした。

「……貴方は?」

「王立聖バーソロミュー病院から来ました、エドワード・マクファーデンと申します。エリオット・ティンバーレイク医師の後任医師です」

「……後任?」

「その反応を見るに、やはり貴女は先生から何も聞かされていないんですね」

 早々に私から視線を外し、待合室のソファに荷物を下した彼――エドワード・マクファーデンが、何やらがさがさと自身の荷物を漁り始めた。

「患者様の情報は全て引継ぎ済みです。何も支障はありません。本日から、此方に勤務出来ます」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 先生、エリオット先生は!? 何処に行ったの!?」

 荷物から1冊の分厚いファイルを取り出した彼が、漸く私と視線を合わせた。そしてたった一言、「さぁ?」と無情にも告げる。

「貴女の事は、エリオット先生から聞いています。幼少期から、現在まで。これが、貴女の“カルテ”です」

 見せられたファイルの表紙。そこには、“マーシャ・レイノルズ”と紛れもない私の名前が書かれていた。

「……カルテ? いや、なんでそんな物が?」

「貴女が、彼の患者だったからですよ」

「……は?」

 私は彼の、エリオット先生の患者になった覚えは無い。
 確かに先生は、内科の他にも精神科としても経営していた。産後鬱や、脳の障害、心的外傷後ストレス障害P T S D等を患った患者からもとても慕われていた。自身が持つものも、傍から見れば精神病の一種なのかもしれない。
 それでも、先生は過去に一度でもそんな事は言わなかった。

「カルテ……って、私病気なの?」

「エリオット先生の見解では、精神病の一種だと。ですが、このカルテを全て拝見させていただいたところ、僕としては、貴女の“それ”は共感覚やエンパス、ハイリー・センシティブ・パーソンの類では無いかと」

「きょー、かんかく……? え……? な、なに、ハイリー・センシティブ……? なんだって?」

「幾らまだ医学界に資料や論文が少ないとはいえ、エリオット先生がそれ等の存在を存じていないとは思えません。何をもって貴女を精神病と判断したのかは僕にも分かり兼ねます」

「……だ、だって……え? 先生は、私を、天使だって、天使だから、その能力が――」

「天使、ね。確かにカルテにそう書かれていましたが、本当にそんな言葉を使ったとは……。貴女は天使等ではありませんよ。そんなのただの子供騙し。治療の一環でしょう。そして貴女のそれも、生まれ持った性質の1つです。私はそれを、“病気”なんて言葉で片づけてしまいたくない」

「は……? 意味わかんない。だって、私は天使だから人を救ってあげなきゃいけないんだって……」

「天使は人を救ったり等しません。人間の、たった数秒で朽ち果てる人生を眺めているだけです。そして、死後の魂の回収をするだけ」

「……それ本当の話?」

「さぁ、どうでしょうか。昔エリオット先生から聞いた話です。神話か何かじゃないでしょうか」

 パラパラと雑な手付きで私のカルテを捲っていた彼が、ぱたりとそのカルテを閉じた。そして再び、私と視線を合わせる。

「エリオット先生が何処へ行ってしまったかは分かりません。先生は尊敬出来る医師です。ですが、僕が彼を止めるのはただのエゴでしかないと思った。だって僕は、彼がどれだけの苦しみを抱えていたかわかりませんから」

「――……」

 彼の言葉は冷たい。酷く冷淡だ。
 しかし、何故か妙に納得していた。私はマリアやノエルをすぐそばで見ている為、先生が何故消えてしまったのかばかり考えてしまう。しかし、家族でも友人でも無かった彼にとって、無駄に先生を止める事はエゴでしかないと思ったのだろう。その気持ちは、理解出来る。
 きっと私が彼――マクファーデンの立場であれば同じ事をしたであろう。

「――なので、僕にエリオット先生の行方などは聞かないでくださいね。本当に分からないので。では、これからよろしく。マーシャ」

「……呼び捨て、かよ」

 急に馴れ馴れしくなった様に感じながらも、差し出された手を無視する訳にはいかず、渋々その手を握った。
 
 ――これが、私とエドワード・マクファーデンの出逢いだった。
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