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VIII 追憶-救い- -I

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 ――マリアと出逢って、約半年の月日が過ぎた。
 出逢った当初は、“友達”と言ってもほんの数週間程度しか続かないと思っていた。しかし思いの外関係は長く続き、今では友達を超え本当の姉妹の様な関係になっていた。
 
 そんなマリアは、私が友達となった事を深く感謝していたらしい。“日頃の感謝を込めて”と彼女は言って、私の為にホームパーティーを開いてくれる事になった。
 今日が、その約束の日だ。幼い私にも分かる様に、細かく丁寧に書かれた地図を片手に心躍らせながら道を進んでいく。

 私は一般的に言う孤児であり、明日の食事も確保出来ない生活をしている。故に、彼女の家に招かれたは良いが、手土産1つまともに用意する事が出来なかった。しかし、どれだけ生活が逼迫ひっぱくしていようと、人様の家に着の身着のままで行くのは憚られる。その為、せめてもの思いで花屋に頼み込み、販売に回す事の出来ない、処分されてしまう未熟な花達を掻き集め小さな花束を作って貰った。細い赤のリボンが付けられた花束は心許こころもと無い見た目をしているが、テーブルに彩りを持たせるには充分だろう。
 
 漸く辿り着いた、目的地であるアッカーソン邸。
 まず最初に目に付いたのは、色ムラのある混色煉瓦で作られた門柱に、身長を遥かに超えるロートアイアン製の両開き式の門扉もんぴ。繊細なレース刺繍風模様が施されていて、とても高級感のある見た目だ。
 門の隙間から中を覗くと、草地の中に門柱と同じ煉瓦が埋め込まれた小道があった。アプローチには両サイドに花壇があり、季節に合わせた花が美しく咲いている。その花壇に植わった花を見ていると、自身の手に持たれた小さな花束がとてもちっぽけな物に思えて、羞恥が込み上げてくるのを感じた。
 今日私が此処を訪ねてくる事を分かっていたからか、事前にかんぬきを外しておいてくれたのだろう。軽く押すだけで、門は擦れた金属音を立てながらもすんなりと開いた。

 アプローチに設けられた小道を進み、そびえ立つ屋敷を見上げ足を止める。
 あまり大きくは無いが、中流階級の人間が持つには随分と豪華な屋敷である。外壁の煉瓦は門柱と同じ混色で、黒い屋根のパラディアンスタイルの邸宅だ。
 4本の円柱で囲まれた玄関の真上には、まるで象徴かの様にパラディアン窓が設けられており、その内側にはボルドーのカーテンが掛けられていた。
 
 考えてみれば、この様な屋敷に足を踏み入れるのは今日が初めてである。浮足立った心を鎮める様に深呼吸を繰り返しながら、足早に玄関扉へと駆け寄った。
 扉に付けられているのは、馬の顔の像とひづめの形をしたドアノッカー。背伸びをして手を伸ばし、なんとか届いたドアノッカーを握り扉を4度叩いた。
 地面に踵を戻し、息を深く吐く。扉が開く前に確認しておこうと、身体を左右に捻り、何処かおかしな所は無いかと纏ったワンピースを見遣った。ワンピースは決して余所行きの物では無く、普段から身に纏っているボロ布を合わせた様な、今にも解れてしまいそうな古い物だ。しかしこれでも、昨晩の内から汚れた場所は水で洗い、此処へ来る途中にも土埃などをきちんと払って来た。自身の衣服の所為で、家具を汚してしまう、なんて事は無い筈だ。

「……?」

 幾ら待ってみても、扉は一向に開かない。それどころか、家の中から物音1つしなかった。ただ唯一聞こえてくるものと言えば、赤子の泣き声だけだ。
 泣き喚く赤子を、マリアがあやしているのだろうか。しかし、赤子が泣き止む気配は無い。

 もしかすると、赤子の泣き声に掻き消されて扉を叩く音が聞こえなかったのかもしれない。
 もう一度背伸びをしてドアノッカーを握り、今度は少し強めに4度叩いてみた。
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