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V 彼の変化-III

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「このドレスね、全部セディが選んだ物なのよ。確かに用意をしたのはあいつの言う通り私だけど、貴女に似合う服を熱心に選んでた」

 かくいう私も、セドリックに聞かれれば間違いなく怒られるであろう言葉を選んでしまった。言葉の選択を誤ったと思いながらも後には引けず、怒られる未来が見えながらも声を潜め会話を続ける。

「貴女、どうやってセディを惚れさせたの? 顔が良いから女は昔から良く寄ってくるんだけど、どうしてか全く興味を示さなくて……」

 彼女に投げ掛けた問いは、確かに自身が疑問に思っていた事だ。セドリック本人は“惚れてない”等と言っているが、彼が彼女を特別視している事は分かり切っている。それが“恋”かどうかはまだ本人も分かっていない様だが、恋よりも強い“執着”が感じられた。

「何事も適当なセディが此処まで服にこだわるなんてね。あんなセディ初めて――……」

 それにしても、問いが直球過ぎただろうか。――などと思いながら話していると、意図せず自身の言葉が止まった。自身の言葉を止めさせたのは、間違いなく今背後で鬼の形相をしているであろうセドリックだ。

「……お前、何を余計な事言ってるんだ」

 彼の声に滲んだ、明確な怒り。ピリ、と辺りの空気に緊張感が走る。

「えー、だって私もこの子と仲良くなりたい」

 目の前の彼女に心配かけまいと軽やかに返すが、少々行き過ぎた発言をしてしまった様だ。
 まさかセドリックがこれ程反応するとは思わなかったが、外に出たら説教が待っているに違いない。――いや、説教で済めば良い方だろうか。

「そもそも、長居していいなんて言ったつもりは無い。さっさと帰れ」

「分かった分かった、もう何も言わないから、セディ、離してよ~」 

 玄関までずるずると私を引き摺るセドリックの姿に、ベッドの上の彼女が困惑しつつも笑みを零した。
 それと同時に、再び黒くもやもやとした感情が彼女から溢れ出す。目に見える物では無いが、彼女が放つオーラにも少々変化が生じた気がした。
 
 これは恐らく、嫉妬だ。
 だが本人は、嫉妬をしている事に気が付いていない。無自覚に溢れ出してしまったものなのだろう。
 セドリックから感じた“執着”と同じものを、彼女からも感じる。それはムスクの様に甘ったるく、艶美えんびでも醜悪しゅうあくでもある強い感情。
 ――2人は、強く想い合っている。
 それに気付いた瞬間だった。

 しかし2人の想いが通じ合うのに、一体どれだけの時間が掛かるのだろうか。セドリックはトラウマを抱え、況してや女性嫌いだ。女性経験も当然無く、人の心に鈍い。彼女の方はどうか分からないが、彼女は感情がやや欠損している様に見受けられた。それは日常生活に支障をきたす程のものでは無いが、“愛情”の事になると途端に疎くなる。人の感情に、鈍い子の様に感じられた。
 誰かが道を作ってやらないと、2人は真っ直ぐ歩く事が出来ない。そんな、印象を抱く。

「――お前、いい加減にしろよ」

 セドリックの家を出て、漸く彼がその言葉と共に首根っこから手を離した。

「え? 何が?」

「素っ惚けんな、色々だよ! 余計な事言うなって言っただろうが」

 彼の言葉に惚けてみるが、透かさず鋭い言葉が飛んでくる。しかし、もっと激しく厳しい説教が待っていると思っていたが、この程度で済んだ事に思わず拍子抜けしてしまう。

「――あんな少ない口止め料で、良く黙っててもらえると思ったよね」

「だったらその口縫い付けてやろうか」

「冗談だよ」

「冗談って言えば許されると思いやがって」

 軽い会話を交わしながら、2人並んで職場を目指す。
 もう、家からは十分離れた。此処までくれば、会話があの子に聞こえる心配も無い。もう、“例の事”について尋ねても良いだろう。
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