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V 彼の変化-I
しおりを挟む「ねぇ、その子ってどんな子? 何処で拾ったの? 可愛い? 令嬢って事は、やっぱり我儘だったりする?」
職場を出てから、私は煩いと自覚する程に喋り続けていた。
気丈に振る舞う事には慣れている。しかし、それでもマリアを失った傷を忘れてしまう事までは出来なかった。ふと気を抜けば、先程のマリアの切なげな笑みが脳内に蘇る。
その為、マリアの事を少しでも考えない様にするにはこうして喋り続ける他無かった。
喋り続ける私に、一歩前を歩く彼は何も言わない。私の言葉に返答する事も無ければ、煩いと叱責する事も無い。ただただ、私に無関心だという事だけが伝わってくる。
しかし住宅街を進み少し経った頃、彼が唐突に振り返り私と視線を合わせた。
「少し位静かに出来ないのか」
彼の視線と共に伝わって来たのは、とある女性の存在。彼が何処に家を買ったのかは把握していなかったが、その家も近いという事だろう。
その憶測はどうやら当たった様で、彼が一軒の家の前で足を止めた。くすみ変色した金属の鍵で素早く解錠し、扉を開く。
「――あぁ、起きてたのか」
家の中に向かってそう告げたセドリックに、沸々と好奇心が沸き上がるのを感じた。幾らマリアの事で傷心していたとしても、彼が拾って来た女性に興味が無い訳では無い。女嫌いの彼が拾って来た女性だ、気になるのは当然だろう。
それに、彼がその女性の為と服を見繕っていた時、随分と熱心に選んでいる様に見えた。彼から伝わってくる感情は複雑なものであったが、その女性を特別視している事は明白だ。
「ねぇ、セディが惚れた子ってどこ? 中に居るの?」
セドリックに続き無断で家の中へと足を踏み入れ、彼の視線の先へと目を遣った。
「……」
瞳に飛び込んできた衝撃的な光景に、思わず身体が固まる。辛うじて笑顔は保てているが、これは想定外だった。
ベッドの上でブランケットを胸に抱く、恐ろしさを感じる程に容姿端麗な女性。結局セドリックも、女嫌いだと言ってきながら顔で選んだのか、なんて思ってしまう程の美貌だ。しかし、それはそこまで重要な事では無い。
なんとあろう事かその女性は、最も重要である衣服を身に纏っていなかったのだ。露出した胸元、肩、両腕、そしてブランケットの隙間から見える腰。ドロワーズ1枚すら身に纏っていない事を瞬時に悟る。
幸い、彼女の緩くカールした長い髪と、胸に抱いたブランケットの御陰で身体の殆どが隠れている。だが隠れていれば良い、という訳では無い。
「……別に惚れてねぇよ。というか、勝手に入ってくるな」
セドリックの返答に、漸く我に返る。これは、指摘しても良い事柄なのだろうか。
一晩家に置いた女性が裸だった場合、誰もが最初に思い浮かべるのは性行為に及んだかどうか、だろう。しかし私は幼馴染故に彼の性格を熟知している。彼が見知らぬ女性を家に連れ込み、軽率に行為に及ぶ人間だとは到底思えない。指摘するのは、後で良いだろう。
「へぇ、此処がセディの家かぁ。今まで来たいって言っても中々連れて来てくれなかったんだもんなぁ」
動揺した自身の心を落ち着かせる様に、部屋の中を見渡す。想像していた通り、随分と殺風景な部屋だ。散らかっていないだけまだ幾らかマシだろうが、屋敷暮らしの令嬢からすれば、屋敷が恋しくなる程の内装では無いだろうか。
「お前、自分が家に招いて貰える人間だと本当に思ってたのか」
「いやぁ、ゴリ押しすれば根負けして連れて来てもらえると思ってたんだけど」
「……やっぱり連れてくるべきじゃなかったかもしれない……」
過去に、何度か彼の家に行きたいと強請った事はあった。しかし、その都度何かと理由を付けて拒まれ続けていた。その理由は、単に自身のテリトリーに他者を踏み込ませたくないというものだと読み取っていたが、そう考えると矛盾が生じる。
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