4 / 222
III 赫怒-I
しおりを挟む
あれから私は、約40分程かけて隣町のスタインフェルド邸まで足を運んだ。
自身の身長を遥かに超える高い柵の前で、明かりの灯った各窓に、順番に視線を走らせていく。
当然、此処からでは彼女達の姿は見えない。抑々、現在この屋敷にマリアとノエルが居る保証など何処にもないのだ。
「――何やってんだ、私……。馬鹿だな」
他でも無い自分自身に向かって呟き、その場にしゃがみ込んで髪をぐしゃぐしゃと乱した。
案の定というべきか、高いヒールの靴を履いている所為で爪先がじわじわと痛みだしていた。靴の上から爪先を摩り、帰り道を案ずる。
こんな場所で貴族の家を物色していては、周囲の人間に怪しまれてしまう。いつまでも屋敷を眺めていたって2人を見つける事は出来ないのだから、潔く諦め借家に帰ろう。そう思い、痛む足に鞭を打ちその場にゆっくりと立ち上がった。
屋敷から離れる事を少々名残惜しく感じながらも、足が痛むからだと自分に言い訳をして普段よりもゆっくりとした足取りで屋敷から離れる。
――私にとって借家は、とても居心地の良い場所では無かった。
幼少期セドリックと共に借りたボロアパートとは違い、内装はそれなりに整っている方だ。与えられた部屋は決して広いとは言えないが、ゆっくりと身体を清められる浴室も完備していて住むには充分すぎる場所である。
しかしそれでも、私にとって居心地が悪いと感じる1つの大きな理由があった。
再び40分掛け戻って来たのは、私が借りている部屋があるアパート。外装は他の建物と変わらないデザインで、白い外壁が印象的だ。
玄関扉の前で深呼吸を繰り返し、扉を大きく開く。
「――た、ただいま、帰りました……」
玄関先で立ち尽くし、灯りの宿ったアパート内に向かって声を掛ける。すると、一番手前の部屋から1人の女性が姿を見せた。
彼女が、このアパートの大家であるシーラ・ガードナー。意匠の少ないボルドーのドレスにオフホワイトのエプロンを身に着け、アクセントに金のブローチが胸元に付けられている。ブラウンの髪は丁寧にシニョンにして纏められていて、如何にも“品のある女性”という風貌だ。
それに比べて私は、淡いブラウンのシャツにボルドーのリボンタイを付け、男性のウェストコートに似たベストを身に纏い髪も無造作に下ろしている。そして極めつけは、派手な印象を抱くであろう赤い紅と香水。シーラとは正反対である。
「――おかえりなさい」
そう静かに告げたシーラは、長い袖先で口元を覆う様に隠した。私を見つめる鋭いチャコールグレーの双眸は、まるで汚らわしい物でも見るかの様だ。
そんな視線を向けてくるシーラが、私は大の苦手だった。
シーラが私を良く思っていない事は分かっている。いつも此処へ帰る度に、気分を害したかの様な顔をして私を睨みつけ、此処へ客人が訪れた際には私の部屋に聞こえる程の大声で私を誹謗する。食事付きの契約の為朝食は此処で摂る事が多いが、わざと冷めきった料理を出された事もあった。
それに、彼女と対面した瞬間、ジリジリと気分の悪い耳鳴りがする。まるで耳の奥が焼け焦げているかの様だ。その音こそが、自身がシーラに嫌われている何よりの証拠だった。
「――お夕飯は?」
そう自身に尋ねるシーラは、露骨に面倒臭そうな表情を浮べた。よく此処まで感情を顔に出せるものだと、感心してしまう程である。
「あ、えっと……外で食べて来たので結構です」
「……そう」
最後に、シーラが私の全身を舐める様に見つめ、踵を返し奥の部屋へと消えていった。
姿が見えなくなり、漸く自身を苛む耳鳴りが止む。
「……ほんと、息が詰まる」
ぽつりと溜息交じりに言葉を漏らし、なるべく音を立てない様にそっと階段の方へと足を向けた。
自身の身長を遥かに超える高い柵の前で、明かりの灯った各窓に、順番に視線を走らせていく。
当然、此処からでは彼女達の姿は見えない。抑々、現在この屋敷にマリアとノエルが居る保証など何処にもないのだ。
「――何やってんだ、私……。馬鹿だな」
他でも無い自分自身に向かって呟き、その場にしゃがみ込んで髪をぐしゃぐしゃと乱した。
案の定というべきか、高いヒールの靴を履いている所為で爪先がじわじわと痛みだしていた。靴の上から爪先を摩り、帰り道を案ずる。
こんな場所で貴族の家を物色していては、周囲の人間に怪しまれてしまう。いつまでも屋敷を眺めていたって2人を見つける事は出来ないのだから、潔く諦め借家に帰ろう。そう思い、痛む足に鞭を打ちその場にゆっくりと立ち上がった。
屋敷から離れる事を少々名残惜しく感じながらも、足が痛むからだと自分に言い訳をして普段よりもゆっくりとした足取りで屋敷から離れる。
――私にとって借家は、とても居心地の良い場所では無かった。
幼少期セドリックと共に借りたボロアパートとは違い、内装はそれなりに整っている方だ。与えられた部屋は決して広いとは言えないが、ゆっくりと身体を清められる浴室も完備していて住むには充分すぎる場所である。
しかしそれでも、私にとって居心地が悪いと感じる1つの大きな理由があった。
再び40分掛け戻って来たのは、私が借りている部屋があるアパート。外装は他の建物と変わらないデザインで、白い外壁が印象的だ。
玄関扉の前で深呼吸を繰り返し、扉を大きく開く。
「――た、ただいま、帰りました……」
玄関先で立ち尽くし、灯りの宿ったアパート内に向かって声を掛ける。すると、一番手前の部屋から1人の女性が姿を見せた。
彼女が、このアパートの大家であるシーラ・ガードナー。意匠の少ないボルドーのドレスにオフホワイトのエプロンを身に着け、アクセントに金のブローチが胸元に付けられている。ブラウンの髪は丁寧にシニョンにして纏められていて、如何にも“品のある女性”という風貌だ。
それに比べて私は、淡いブラウンのシャツにボルドーのリボンタイを付け、男性のウェストコートに似たベストを身に纏い髪も無造作に下ろしている。そして極めつけは、派手な印象を抱くであろう赤い紅と香水。シーラとは正反対である。
「――おかえりなさい」
そう静かに告げたシーラは、長い袖先で口元を覆う様に隠した。私を見つめる鋭いチャコールグレーの双眸は、まるで汚らわしい物でも見るかの様だ。
そんな視線を向けてくるシーラが、私は大の苦手だった。
シーラが私を良く思っていない事は分かっている。いつも此処へ帰る度に、気分を害したかの様な顔をして私を睨みつけ、此処へ客人が訪れた際には私の部屋に聞こえる程の大声で私を誹謗する。食事付きの契約の為朝食は此処で摂る事が多いが、わざと冷めきった料理を出された事もあった。
それに、彼女と対面した瞬間、ジリジリと気分の悪い耳鳴りがする。まるで耳の奥が焼け焦げているかの様だ。その音こそが、自身がシーラに嫌われている何よりの証拠だった。
「――お夕飯は?」
そう自身に尋ねるシーラは、露骨に面倒臭そうな表情を浮べた。よく此処まで感情を顔に出せるものだと、感心してしまう程である。
「あ、えっと……外で食べて来たので結構です」
「……そう」
最後に、シーラが私の全身を舐める様に見つめ、踵を返し奥の部屋へと消えていった。
姿が見えなくなり、漸く自身を苛む耳鳴りが止む。
「……ほんと、息が詰まる」
ぽつりと溜息交じりに言葉を漏らし、なるべく音を立てない様にそっと階段の方へと足を向けた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる