上 下
32 / 48
最終章

私と彼女と彼

しおりを挟む
「話が、したいの。」
「私には話すことなんて無いわ。」

コーネリアは、そう言って私から背を向けて逃れようとする。

「東吾くんからいろいろ聞いたの。」

私がそう声をかけると、コーネリアは一瞬ピタリと体を止める。
しかし、すぐにクルリと私の方を向き、ニコリと笑いかけてくる。

「東吾くんって誰のことかしら?」

東吾くんの存在を無かったことにする気か?自分の中から都合の悪い存在は消去・・・か。

彼は、彼女のために多くの罪を犯した。
でもその行動は彼女が大事だったからだ。何よりも、誰よりも。

「とぼけるつもり?」

そう睨むような眼差しで聞くと、彼女の表情から少しだけ焦りの色が出る。

「章介のことも、そうやって忘れるの?
 あなたが殺すように命じた『私』のことも忘れるの?」

彼女は少し唇をかみ締めると、再び笑みを浮かべた。そこからは、先ほどの焦りの色は微塵も見えない。

確かに可憐で美しい笑み。

ただ、私には悪魔の笑みにしか見えないのだけれど。

「あら、アルフさんは何を言っているのかしら?章介さんとはどなた?殺した『私』ってどういう意味かしら?」

彼女は口元に手を寄せてコロコロと小さく笑う。

「どなたか存知ませんが、他の男性の名前が上がるほど私は遊び人ではありません。私は『ディズ一筋』なんですもの。」

確かに彼女のその言葉に嘘や偽りはないのだろう。ディズルートを選んだ、そういうことだ。

それがただの愛情であるならば、私は彼女を応援しただろう。
けれど彼女は違う。ただ、気に入ったモノを自分のモノにしたいだけ。

そこに愛はない、ただの独占欲。

それだけで、彼女は私の大切な人を奪っていくのだ。次は奪わせない、次は守り抜く。

彼だけは渡したくない。
その感情だけがなぜか身体の内側を巡って、気がつくとある一言を口にしていた。

「ディズは、ディズは渡さない。」

そうすると、彼女は悔しそうに顔を歪ませる。そして、それと同時に周りのギャラリーがどよめく。

『やっと、アルフ様が振り向いたぞ。』
『これでこの国は安泰か・・・やっとディズ様が落ち着くぞ。』

『まぁ、これじゃあ私達に勝ち目は無くなってしまいましたわ。』
『いや、まだ少しは希望が・・・。』
『あるわけ無いじゃない。あのアルフ様ですわよ?』

騎士達や貴族令嬢達の会話が耳に入る。

いや、どのアルフだよ。
そんなに私、凄い人じゃないんだけどな。

「ア、アアア、ア、ル、アル!?」

ディズの動揺したような声が上から降ってくる。見上げるとディズが整いすぎている顔を真っ赤に染めていた。

ん?上から?

んん?あれ、私、何やってんの?

何で、ディズにしがみついてんの?ギュってしてんの?

それを認識して、私はバッと凄い勢いでディズから離れる。

まてまてまて、私はなんてことをしているんだ!
バカか、バカなのか。

「あー、もう、可愛すぎる。せっかく正室とかちゃんと考えようと思ってたのに。無理無理無理、アル可愛い、無理、アルじゃなきゃ無理。
 ホント、僕のこと殺す気なの?」

ディズが何かをぶつぶつと呟いている。

「ディ、ディズ、今のは、事故です!!!」

私はディズにそう訴えた。
そうすると、ディズは私の方を見る。

獲物を捕らえるような瞳。

じりじりと彼は寄ってくる。
待って、ちょっと待って、私の中で危険信号がッ!

そして、みんなのいる前でガバッと抱きしめられる。

「あー、もう理性が、理性が吹っ飛ぶ。」

ならば、抱きしめないでください!!!
肩あたりに顔を埋めないでくださいッ!!!

頬ずりするのをやめてくださいッ!!!

「ちょ、みんな見てるんだから、やめッ!」

むーっと抵抗をしてみるが離してくれる気配は少しもない。

じたばたしてみるけれど無理。
剥がそうとしてみても無理。

どんだけ力強いんだよ!!!

「アル、やっぱ大好き。結婚しよ。」

無理無理無理無理ッ!!!
どんな罰ですか、それ、無理です無理です!

と、心で思ってても口に出来ない自分がいる、何それ怖い。

「・・・何、なんなの?」

とても低い声の呟きが聞こえる。
私は、その声に反応したディズの隙をみてドンっと離れる。

それから声の方を見る。

その声の主は、先ほどとは全く別の顔をしたコーネリア。
確かに同じ人物、でも全然違う。

私には、彼女が優奈ちゃんに見える。

憎悪に満ちた顔。

「ここは私の世界、私のための世界。ディズは私を好きになる運命なの、だって私がそれを望んでいるんだもの。じゃなきゃおかしいわ?だって、神様は私の望む世界を与えてくれたんだもの。みんなが私だけを愛してくれる世界、私の欲しいモノが手に入る世界。」

コーネリア・・・いや、彼女を優奈ちゃんと呼ぶべきか。
ニッと先ほどの可憐さとはかけ離れた、不気味さに満ちた笑みを浮かべる。

それは気味が悪くて、とっさにサッと後ろに身体を反らせてしまう。

「なのに、何であんたがいるわけぇ?」

雰囲気が全く違う。
周りで見ている人達でさえ、みな身体を後退させていく。

「章介に振られたから、あなたが『私』を殺した。きっと、私がここにいるのはその因果なんだよ、優奈ちゃん。」

きっと、私は前世の決着をつけるためにこの場所にきた。
この世界に生まれ変わった。

「はぁ?あたしが章介に振られたぁ?あんた、何言っちゃってるわけぇ?
 あたしが飽きたから章介をぽいしたの、あたしが!飽きたからッ!」

彼女は、振られたという事実を認めたくないのだろう。だから必死に言葉を紡いでいる。

「東吾は、あたしが命令してやったんじゃないわ?あいつが勝手にやってくれるの、ただ一言呟けばそれで終わり。」

あははっと彼女は笑う。
先ほどまでは否定していたのに自らそれを肯定する発言をする。

「東吾くんは、あなたを止めて欲しいって言ってたの。あなたをちゃんと愛してた。その愛に応えてあげるべきなんじゃないの?なんで利用しかしないの?」

彼女は、苛立ちを顔に浮かべる。

「あー、なんでなんでうっさいわね。ちょっとは黙れないわけ?別に私は東吾のことなんか何とも思っていないもの、東吾なんてどうでもいいの。使えたからそばにおいただけ。使えなくなったら別にどうだっていいわ?利用価値すらないものなんて意味がないもの。邪魔なだけだわ?」

その発言に私は怒りを覚える。

東吾くんは、愛情表現としては誉められたものではなかったけれど、それでも彼女をちゃんと愛していた。
彼女に振り向いてもらおうときっと、ただ必死にもがいていただけなんだ。

彼は私の友達だ、だからその発言に怒りを感じる。

「あなた、最低ね。」

私がそういうと彼女はあはっと笑う。
そして、そのまま高笑いをはじめる。

「最低?何ソレ、おもしろいこと言うのね。まぁ、前世の世界では最低と言われても良いかもね?でも、ここではそんなこと言わせない。だってここは私のための世界だもの。私の望むままに駒が動くべきでしょ?」
「あなたの世界じゃない。私も、ディズも・・・みんなこの世界に意識を持って生きているの。心を持って生きてるの!一人一人が主人公の世界なの。あなただけが主人公だなんてありえない。ここはゲームじゃないの!現実なの!!!」

私がそう言うが、彼女には全く響かない。無表情になって、私を一瞥する。

「意味わかんない、誰の世界だって?みんなのとか、ふざけてんの?神様が私だけのために与えた世界なのよ、私が主人公の世界なの。イレギュラなんてね・・・。」

来たれ武器カム・ウェポン

彼女は魔法で騎士の持つ剣を自分の手のひらへ引き寄せる。
そして、それをギュッとにぎる。

「いらないのよッ!」

そして、こちらへ向かってくる。その素早さは異常でガードする暇すら与えない。

突然のことに、『完璧な盾』を発動させる余裕もない。

世界がスローモーションで動いていく。
あぁ、トラックで轢かれるときと一緒だ。死んじゃうのかな?

まだ王子様にすら会ってないのに?

視界の隅から何かが飛び出してくるのが見える。あぁ、あの銀髪はロジェだ。

でも、残念ながらきっと間に合わないね。だって遠いもん、そんな遠いとこにいないでよ。

私が死んだらエルミナのことよろしく。
どうせ、お前ら両思いなんだろ。リア充なんだろ?

気づきたくない事実だったね、なんで死ぬ前にこんなこと思わなきゃいけないんだバカ野郎。

あぁ、サヨナラみんな。
サヨナラこの世界、サヨナラ私の現世。

こんにちは、来世。

そう思っていると、目の前が暗くなる。
お?お迎えか?

でも、あれ、地面に立ってる。

「ゴプッ。」

私の目の前から、何かを吐くような音が聞こえる。
腹部を一突きにされた誰か。

血塗れた剣の先が貫かれたために私の目の前に見える。

「あ、あ・・・。」

私は、腑抜けた声を出してしまう。

視界の隅で揺れる金髪。
見上げると、それはくっきりと見える。

見慣れた背中にジワリと血が滲む。

「ディ、ズ・・・?」

そう私が呟くと、彼の青い瞳がちらりと私の方を見る。
そしてバタリと倒れた。

私は瞬時に彼をギュッと抱える。

「ディズッ!」

あぁ、どうしよう。
周りから凄く悲鳴が聞こえてくる。

「あ、あは、あははははッ!」

優奈ちゃんの笑い声も聞こえる。
ああ、うるさい、うるさい。

「捕らえろ!」
「ちょっと、離しなさいよ!この世界の主人公はあたしよッ!あたしなの!」

あー、もう、うるさい、黙れよ。
彼女は兵士に連れて行かれ喚く声は次第に小さくなっていく。

「ディズ、ディズ!」
「やっと、やっと・・・アルを、守れ、た。」

そういって、ディズは優しげな笑みを浮かべる。私の頬を何かが伝った。

それは、涙だ。

たくさんの涙、どうしようもなく流れて止まらない。

「何で、泣くの・・・?」

ディズが私の方へと手を伸ばす。
私は、その手をキュッと握る。

「バカ、バカ・・・なんでそんなこと・・・守らなくていいのに。」
「だって、アルのこと、大好き、だもん。」

その、大好きが心に響く。
響いて離れない。

「リュリエス、早く、はやく。」
「うん、わかってるよ!」

リュリエスはバッと駆け寄ってきて、治療を始める。

「ディズ、大丈夫だから。大丈夫だから。」
「アルが、そばに、いるから。僕、は、死ぬわけ無い。」

ディズの呼吸が荒くなる。
私は、握る手に無意識に力をこめてしまう。

「すまない、俺が遅れなければ・・・。」
「へッ、やっぱ、お前じゃ、ダメ、だね。」

ロジェの言葉にディズが返答する。
こんな時までそんなこと言わなくていい。今は喋らないで欲しい。

「ディズ、お前・・・。」

背後からジェイドの声がする。
この出来事に騎士舎での仕事を中断させて来たのだろう。
外せない仕事だと言っていたけれど、当たり前にそれどころではない事態に駆けつけてきたのだ。

「ジェイド、ごめん、私のせいだ、私がいけなくて。」
「いいや、こいつの判断だ。」

ジェイドは私の頭に手をおいて、クシャリと撫でる。

「リュリエスがどうにかしてくれる、信じろ。」

その言葉で少しだけ安心する。

でも、ディズの呼吸は乱れる一方で声を発する余裕すらもなくなっている。

「アルフさん、ちゃんと治療したいんだ、ディズ様の部屋に転移できる?」

リュリエスの言葉に私はコクリと頷き、みんなに掴まるように促す。
みんなが私に掴まったのを確認し、ディズの部屋へ転移する。

ジェイドがディズを抱えてベッドにおろす。

目の前がグラリと揺れる。
こんなに多くの人を一緒に運んだからか、体内から魔力がごっそり無くなったのを感じる。

「ディ、ズ・・・。」

目の前が急に暗くなって私は意識を手放した。

あぁ、ディズ、無事でいて。
あなたに伝えたい事がたくさんあるんだから。

今更気づくなんて、ホントにバカみたいだけどね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

ここは乙女ゲームの世界でわたくしは悪役令嬢。卒業式で断罪される予定だけど……何故わたくしがヒロインを待たなきゃいけないの?

ラララキヲ
恋愛
 乙女ゲームを始めたヒロイン。その悪役令嬢の立場のわたくし。  学園に入学してからの3年間、ヒロインとわたくしの婚約者の第一王子は愛を育んで卒業式の日にわたくしを断罪する。  でも、ねぇ……?  何故それをわたくしが待たなきゃいけないの? ※細かい描写は一切無いけど一応『R15』指定に。 ◇テンプレ乙女ゲームモノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。

全ては望んだ結末の為に

皐月乃 彩月
恋愛
ループする世界で、何度も何度も悲惨な目に遭う悪役令嬢。 愛しの婚約者や仲の良かった弟や友人達に裏切られ、彼女は絶望して壊れてしまった。 何故、自分がこんな目に遇わなければならないのか。 「貴方が私を殺し続けるなら、私も貴方を殺し続ける事にするわ」 壊れてしまったが故に、悪役令嬢はヒロインを殺し続ける事にした。 全ては望んだ結末を迎える為に── ※主人公が闇落ち?してます。 ※カクヨムやなろうでも連載しています作:皐月乃 彩月 

乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる

レラン
恋愛
 前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。  すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?  私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!  そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。 ⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎ ⚠︎誤字多発です⚠︎ ⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎ ⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎

処理中です...