上 下
37 / 38

THE END

しおりを挟む
 アレク様の話を聞いて、とても胸が苦しくなった。

 アレク様の苦しみがどれほどのものだったか、私には計り知れない。
 大変でしたね、辛かったでしょうね、なんて軽々しく声をかけることも憚れる。

 今までならば、黙って俯いてしまっていた。下手なことを言うよりは何も言わずにいる方がいい、私が声をかけたところで何も変わらない。そんな風に考えて、相手を見ることさえしなかった。

 だけれど、それでは何も変わらない。

 アレク様と過ごす中で少しずつ上を向けるようになった。そうではない時もあったけれど、少なくとも彼の言葉が、行動が、私に小さな勇気と自信をくれていたように思う。

 だが、今はどうだろう?
 今度はアレク様が、今までの私のように下を向いてしまっている。

 私に出来ることは、彼がしてくれたことを次は私がすることだ。

「今まで、1人で抱えていたのですか?」

 そっとアレク様の手を握り、問いかける。どうにか彼を包み込んで上げたくて、暗い闇の中にいる彼に光が届くように。

 アレク様は不自然に口角を上げる。
 それはどう見ても歪で、笑いたくなんかないのではないかと直感的に感じた。

「幸い俺には友人がいる、きっと内情を知っていて支えてくれていたことだろう。だが、口にしたのは初めてだ。」

 そういうアレク様は、ははっと乾いた笑いを溢す。

 本当に不器用な人だ。
 そう思わずにはいられなかった。

 笑っているのに、本当は泣いてしまいたいのだというのが思いがひしひしと伝わる。

 歪な笑顔の奥の心情が、真剣に対面して初めて読み取れた。

 あぁ、きちんと彼と向き合ったら、こんなにも貴方のことがよくわかる。

「本当は、泣きたいのでしょう?アレク様は感情を表現するのが下手ですね。」

 私は、アレク様のことを受け止めたくて、微笑みながら告げた。

 すると、彼の頬に涙が伝う。
 それを皮切りに、どんどんと涙が溢れていた。唐突にあふれ出た感情にどう対処していいかわからず、アレク様はただただ涙を流していた。

 自然と身体が動き出す。
 私はアレク様をギュッと抱きしめて、あなたの味方なのだと全身を使って伝える。

「これからは、私が何でも話を聞きます。だから、1人で抱え込まないで下さい。もしもアレク様が傷つくことがあれば、私も一緒に怒りますから!」

 それは、私がいつだかアレク様から言われた言葉。

 "これからは、俺が君の話をいくらでも聞こう。だから、耐えるのはやめてくれ。もしも、また誰かが君を傷つける言葉を投げかけたなら、俺が君の代わりに怒ろう。"

 アレク様から受け取った優しさを、今度は私が返す番だ。

「痛みも苦しみも哀しみも……そして嬉しさも楽しさも一緒に共有しましょう。」

 そうして、夫婦になっていこう。
 急がなくていい、ゆっくりでいい、私たちのスピードで。

 ここからまた始まるのだ。
 いや、今まではスタート地点にすら立っていなかった。ようやく、そこに立てたのだと感じる。

 ゴールはきっとない。
 けれど、私たちがお互いに幸せを享受できるように。その日まで少しずつ歩みを進めよう。

 胸を張って貴方に"愛しています"と伝えられる日まで。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「無理して式をあげなくても良かったんですよ?」

 大きな式場の外。
 目の前の扉の先には、大勢の招待客が私たちが現れるのを待っている。

 そうして隣には、むすりとしかめ面をした私の旦那が立っている。

 真っ白なタキシードが彼の端正な顔立ちとスラリとした背に良く似合う。

「結婚式を挙げなければ面目が立たないだろう。」

 おそらく、それは私の顔が立たないということなのだろうが、昔の私だったらそうは感じていなかった。

 相変わらず言葉が足りず不器用だが、彼の真意を汲み取れるようになった私はかなり成長したのではないか? と前向きに考えよう。

 私たちの関係を心配した家族は、結婚式をするという報告に喜びの声を上げた。

 私の相談相手であり良き友人となったランさんも満足そうだった。

 私たちの挙式について多くの人が祝福してくれている。勿論、全員ではなかったけれど、昔のようにウジウジと考えることは少なくなった。

 2人にとって大切だと思える人たちが祝福してくれれば、それで良い。

「では、その仏頂面もやめてニコリと笑って下さらないと。」

 私が進言すると、難しそうな表情を見せる。

「随分とハッキリと言うようになったものだ。良いことなのか、悪いことなのか。」
「良いに決まっています。」

 2人で顔を見合わせて、クスクスと笑う。この一時だけでも、私は幸せを感じていた。

「さあ、そろそろ行きましょう。。」
「ティミリア。」

 私が歩き出そうとすると、アレクが私の名前を呼んだ。優しい眼差しが注がれる。

「この先も俺が君を幸せにする。」

 その言葉はただ真っ直ぐで、私は笑みを浮かべてコクリと頷く。

「愛しているよ、ティミリア。」
「えぇ、私も、愛しています。」

 扉が開かれる。
 きっと、ただ幸せでいられるひびではないだろうけれど、アレクとならば進んでいける。

 そんな未来を信じて、私たちは一歩ずつ歩き始めた。



              ー THE END ー






しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。

二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。 そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。 ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。 そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……? ※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...