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最終話

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 少しの眩しさと共に、ゆっくりと目をあけると白い天井が視界を占めた。
 ここはどこだろう、とエマは一瞬考え込んだ後に自分の部屋の天井だということに気が付いた。

 左手に温もりを感じて視線を移すと、そこにはエマの手を握って眠るレイモンドがいた。
 エマは驚いて「え!」と声を上げて身体を起こす。
 その声でレイモンドはすぐさま目を覚まして顔を上げたことで二人の視線が交わった。

 目を合わせた瞬間に、レイモンドがふにゃりと柔らかく笑って見せる。
 こんな風に笑った彼を見るのはいつぶりだろう、と思いながらエマも微笑みを浮かべる。
 
 数秒目があったあと、レイモンドはハッとした表情をした。
 どうやら、彼は寝ぼけていたらしい。

「エマ、僕は……驕ってたみたいだ。何をしても、君が離れていくことはないって」

 全身から反省の色が伝わってくる。
 まるで捨てられた子犬のような雰囲気があった。実際は子犬というよりは大型犬に近いけれど。

「でも、これだけは伝えたい。どんな僕でも、いつもそばで君が応援してくれているからここまでやってこれた。これから国を背負って、王として様々な務めを果たしていかなければいけない。その時に僕の横にエマがいて欲しいんだ」

 ぎゅっと握られた手、まっすぐな視線。
 何一つ、その言葉に嘘はないのだろうということがわかる。

「でも……私ではきっと力不足よ。将来、あなたに迷惑をかけてしまうかもしれない……それが、怖いの」

 誰よりもレイモンドのことを応援しているからこそ、自分の所為で足を引っ張ってしまう未来をエマは避けたかった。
 婚約破棄は、確かに自分のためであったかもしれないけれど、実際のところ奥底で一番懸念していたのはレイモンドのことだった。

「じゃあ、エマは将来僕の隣に他の女性が立っていたとしても良いんだな?」
「それは……」

 問題ない、とエマは即答が出来なかった。
 言い淀んでいると、レイモンドは「僕は嫌だ」とはっきりと述べたので、びっくりして目を丸くする。

「エマが、僕以外の人と結婚するなんて絶対に嫌だ。そんなの、許さない」

 強い語気で言い放つレイモンドだが、その最中でその様子を想像してしまったせいで涙目になりつつあった。

「だって、僕はエマが好きなんだ。君に相応しい人になりたくて、これまで頑張ってきた。昔の泣き虫なだけの、守られているだけの自分から変わりたくて、僕が君のことを守りたいって」

 真っすぐな言葉が、真っすぐに心に突き刺さる。
 レイモンドの一言一言が、エマの心臓をどくどくと打ち鳴らした。

 そして、その瞬間に心に閉じ込めていた気持ちが表面に浮かび上がってくる。
 自分もレイモンドのことを”好き”だという気持ちだ。

 勘違いしないように、迷惑をかけないように、そうして何重にも気持ちに蓋をしてきた。
 だけれど、彼も同じ気持ちを抱いていると知った今、それを抑え込むことなど出来なくなってしまった。

「私も、レイモンドのことが好き」

 エマが呟いた瞬間に、それの何倍も大きい「え!?」というレイモンドの声と共にバタン!と倒れる音が聞こえた。
 あまりの衝撃にレイモンドが身を後ろに引いたときに勢い余って倒れてしまったようだ。

「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」

 エマは急いで駆け寄ったところ、レイモンドはボロボロと涙を流しながら嗚咽していた。

「エ、エ、エマも、僕を好きなんて、ゆ、夢ッ、夢みたいだ……!」

 感激のあまり涙をしてしまう彼を見て、少し呆れつつも最近で一番の号泣具合にそれはそれで嬉しさを感じる。

 エマは彼のそばにしゃがみこんで小さく笑いながら、これからも隣でずっと支えて応援していきたいと心に決めた。
 それと同時に、本当の彼をもっとたくさんの人にも知ってもらいたいという思いも浮かんだ。



 アーリア王国には有名な王太子がいる。
 レイモンド・アーリア。
 彼は容姿端麗、頭脳明晰、クールで飄々としていてどこまでも完璧な王太子だ。

 しかし本当の彼は、誰よりも泣き虫で誰よりも努力家であった。
 そのことをみんなが知るのは、ずっと後の未来のことだろう。

 だが、そんな彼を隣で懸命に支えた王太子妃が誕生することを国民が知る未来は、きっともうすぐなのだ。
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