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最終章 おわりのはじまり
晩餐会を開きましょう
しおりを挟むオルドロフ様の件から1週間が経った。
私は相変わらず自分を責められずには居られなかった。もう少し早く判断していればよかったのではないか、もっと何か出来ることはなかったのかと、心根が腐らないわけがなかった。
「いつまで引きずっているのだ、ユシュニス。」
見兼ねたお父様が私に声をかける。
頭では、やるべきことがあっていつまでもウジウジしてる場合ではないとわかっているのだ。
しかし、どうにもあの時の情景とオルドロフ様の冷たさが手に残って仕方ない。
一言で言ってしまえば、トラウマである。
「わかっています、今は切り替えねばならないということなど……。」
そう呟いた時、コンコンと部屋を誰かがノックした。お父様が「入れ」と一言声に出す。
ガチャリとドアを開け、入ってきたのはハルさんとシエちゃんの2人だった。
「エドに飲ませる薬を持ってきました。」
ハルさんは懐から小瓶を取り出し、お父様の正面の机にトンと置く。
「エドワードの魔法のかかり具合から、彼にはこれを飲ませるだけで魔法は解けると思うの。ただ……。」
シエちゃんは言葉を止めてハルさんと目を合わせた。
「ただ、何ですか?」
私が問うと、ハルさんが「えっと」と歯切れ悪く話し始める。
「この薬をエドに飲ませることが難しくて……数回試しましたが全て失敗しました。臭いがあまりしない薬のはずですが、料理に混ぜ込んでも薬の入った料理だけ必ず口にしないのです。ならば、寝ている隙に投薬でもしようかと試みましたが、エドは気配を察知して警戒を始めてしまう始末。魅了状態のはずですが、リマさんと遠ざかると無駄に前のように勘が鋭くなるようで……。」
あぁ、お兄さま。
どうして馬鹿なままでいてくれないのかしら?
リマさんと共にいる時の魅了状態の馬鹿さ加減を、必要なところで発揮してくれないとなると苦しい。
「何か他に策はないか、キッドソン家の方々から意見をもらいたいの。」
きっと1番良い方法は料理に薬を混ぜることだろう。しかし、それはハルさんたちがすでに試して食べないと言うし……。
「うちで晩餐会を開こう、エドワードが1人では料理に手をつけないと言うのであれば、料理に手をつけざるを得ない状況を我々で作ってやろうではないか。」
「お父様、そんなことをしたらお兄さまはより警戒するのではないかしら?」
「警戒されていたとしても構わん。薬の入った料理を無理にでも食べさせれば良いだけの話だ。別に毒が入ってるわけでもないし。」
確かに毒はないけれど……強行的すぎないか?
果たして上手くいくのか、という不安を胸に抱きつつ私たちは明日の夜に晩餐会を設定した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「急に晩餐会を開くなんて、一体どういう意図があるんだ。」
お兄さまが帰ってきて、開口一番にそう言い放った。
「たまには家族全員で食事をするのも良いだろう?」
「家族の晩餐会にどうしてシエまでいるんだ。」
お兄さまは相変わらず不機嫌そうだったが、急な晩餐会の誘いをすんなりと受け、こうしてここにいる。
それというのも、ここ数日リマさんと離れていることで魔法の効力が薄れているからだろう。
リマさんは殿下と共に神殿で祈りを捧げるために王宮を出ているのだ。それも、散々神殿側が頼み込んだ末に渋々了承したものであったが。
お兄さまに薬を飲ませるタイミングとしてはバッチリである。
「久しぶりね、エドワード。さぁ、座って! 沢山料理を作ったのよ~。」
エリスさんがニコニコと笑いながら出迎えて、厨房へ戻った。今回の晩餐の料理は、キッドソン家のシェフたちと共にエリスさんも作っている。
メニューの中で最も違和感なく薬を混ぜられるということから、スープに薬を混ぜ入れることになった。
お兄さまが来たところで全員が席につきテーブルに囲む。
お父様にルナベル姉さま、ディオンさんとアシュレイ、私、シエちゃん、お兄さまが座っている。末の弟のラディは早めに食事を終えて侍女がお風呂に入れているところだ。
「今日は久しぶりに家族全員が集まったんだ、楽しい晩餐会にしよう。」
お父様の言葉のあとに全員が乾杯をし、晩餐会が始まった。
スープを含めた料理が次々と運ばれてきて、お兄さまも久々に家族団欒を味わったからなのか、以前のように家族という空間を楽しんでいる。
「そのときのエドワードったらおかしかったのよ!」
「姉上、その話はやめてください、まだ幼かったのです……。」
お兄さまは自身の幼少時代をルナベル姉さまに嬉々として披露され恥ずかしそうにしていた。
晩餐会は明らかに楽しい時間になっていた。
しかし、お兄さまは一貫してスープには手を付けない。きっと何か感づいているのだ。しかし、この薬は匂いも見た目にも変化は何一つないはずだが……。
エリスさんもテーブルに着き、共に食事を始めた。
すぐにお兄様がスープに手をつけていないことに気づいたようで「スープはお気に召さなかった?」と問う。
「いえ、そういうわけでは……。」
お兄さまは言葉を濁すが、相変わらず手を付けない。
「エリスがせっかく作ったんだ、一口くらい飲んだらどうだ?」
すかさずお父様がお兄さまを詰める。
「それとも何か気になるのか?」
ディオンさんも援護射撃をするかのように鋭く言った。お兄さまは、ぐっと顔を歪めて口を開く。
「一体、何を入れたのですか。」
「毒など入っていないよ。」
お父様の言葉から、しん……と空気が流れた。私がスプーンを持ち、スープを一口飲む。
静かな空間の中で私の発する音だけがする。全員がそれに注目していた。
「美味しいスープですわ、お兄さま。」
「みんなのスープには何も感じられない、私のスープにだけ何かがあるのだ。」
この鋭い勘は一体なんなのだろう。
「伊達に父上に次期公爵として躾けられていませんよ。ごく微量、油分と違う何かがある。」
ここまでか、と思ったがアシュレイがため息をついて椅子から立ち上がりお兄様に近づいていく。
そして、スプーンを取りお兄さまのスープを一口飲んだ。
「僕は飲んでも何ともありません。わかった? 兄さまが疑い深すぎるだけですよ。」
そうだ、あの薬は私達には全くの無害。私達が薬が入ったスープを飲んだところで影響があるわけがない。
お兄さまはアシュレイに異常がないことを確認して「そうか」と納得してスープを一口飲んだ。
「……ぐふっ!」
当たり前だがお兄さまには効果がある。
そのため胸辺りを抑えながら、数秒苦しんだ後にどさりと倒れた。
「エドワード。」
シエちゃんが、さっと駆け寄りお兄さまの具合を見る。
「大丈夫、気絶してるだけなの。」
みんな、お兄さまが薬を飲んだことでほっとして張り詰めてた緊張を解いた。
すぐに使用人がお兄さまを部屋へ連れて行く。しばらく目を覚まさないことはわかっていたので、私たちは楽しい晩餐会の続きを始めた。
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