モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー

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悪役令嬢、打ち明ける

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 ガタリ、ゴトリと馬車に揺られながら沈黙が流れる。

「良かったのか、エライザ。」
「……えぇ、勿論よ。」

 マーカス様に声をかけられ、私は窓の外を眺めながら一言返す。
 彼の方に目を向けることは出来なかった。
 彼の目を見て本心から『良かった』と告げる自信は無かったからだ。

 マーカス様と共に城を訪れていた私は、そこで偶然出会ったレアの姉と兄から彼女の縁談の話を聞いた。腸が、煮えくり返るようだった。
 私が望んでも手に入らないものをジゼル様は手に入れられるというのに、うじうじと、ぐだぐだと、理由をつけて動き出さずにいた彼に、心底苛立ちを覚えた。

 そして結局誰ともわからない男に奪われるですって?
 許せない、いえ、許さない。

「さて、今日俺たちは晴れて婚約したわけだが、そろそろ本心を打ち明けてくれてもいいんじゃねぇか? 俺は大人しくエライザの駒になってやってるんだから。」

 マーカス様は膝の上で頬杖をつきながら、にやりとした視線を送ってきた。
 なんとなくわかっていたが、彼はすべてをわかっていて私に付き合ってくれているらしい。

「一体なにを聞きたいと言うのでしょう。」
「お前は別に俺に何の感情も抱いてないだろう。惚れた弱みだよなぁ、それでも俺のもんになるならいいって思っちまう。」
「そちらこそ、私を上手いこと駒のように使っているではありませんか。公爵令嬢が婚約者であれば誰も文句は言いませんし、強い後ろ盾も手に入る。まあ、それが貴方に必要なのかは知りませんけれど。私が少しも貴方に興味を示さないことを良いことに、結婚後も責務さえ果たせば好き勝手出来るという算段でしょう?」

 私が淡々と告げると、マーカス様は鳩に豆鉄砲を食らったかのような顔をした。
 ああ、やっぱり、と私は自身の中で確信を得た。

 最初からおかしいのよ、この男が一目惚れだなんて。
 口説き文句や心底私に惚れているような言動、行動、すべてが疑わしかったわ。
 私を上手く丸め込めていると思っていたら大間違いよ。

「こりゃたまげたぜ。」
「ええ、そうでしょうね。私が何もかも理解した上だなんて。」
「いや、あんなに真っ直ぐに伝えてた俺の気持ちが、全く伝わってねぇだなんて。」
「……はい?」

 私は、ここで初めて理解した。
 彼は本当に、真剣に私に惚れているのだ。

 そう思ったら急に恥ずかしさが込み上げてきで、私は俯いて首をすぼめた。
 得意げに彼の本心を語っていた数秒前の自分に戻りたくなる。
 全くの、見当違いだったというのに、私はさも理解しているというすまし顔をして。

 カッと顔が熱くなるのを感じた。

「へぇ、そうやって恥ずかしそうにしてるエライザも大層可愛いもんだ。」

 彼の口説き文句が急に現実味を帯びてくる。
 こんなことを全て本心で言っていたのかと思うと、より一層頭が混乱する。

 私の気持ちをわかっていて、彼にその感情が向くことなどないとわかっていて、彼は私の隣にいることを選んでいるのだ。意味が分からない、私のそれとは訳が違うのだ。

「お前が愛してやまないレアルチア・オールクラウドが他人の女になることをどうして後押しできるのか、俺にはどうしてもわかんねぇ。」

 私は顔を上げて目の前の男と目を合わせる。
 瞳の奥にある真っ直ぐな感情が突き刺さる。

 そんなの決まってる。
 私が打算的に、生涯彼女の隣にいるためだ。

「私が男だったら、あなたと同じようにしたでしょうね。」

 私は視線を馬車から見える風景へと逸らす。

 私が男だったら、なんて何度考えたことだろう。
 別に男になりたいわけではない。女として生まれたことに不満なんてない。

 だけれど、私が公爵令息だったら、レアの気持ちがジゼル様に向いていたって無理矢理にでも婚姻を結んでいたことだろう。そうして、その行為は許されていたのだろう。
 現実は? 私はノグワール公爵家の令嬢で、レアと恋仲になることなど天地がひっくり返ってもあり得ない。

 そして、私のこの気持ちがレアに伝わってしまったら、どうなるのだろう。
 気持ちが悪いと私を遠ざけるだろうか、もしそうであったとしたら、私はきっとこれ以上生きていられない。

 だから、私はこの『親友』という立場を最大限に利用するのだ。

 男女の仲には終わりがくることは稀ではない。
 だが、私は私が彼女の味方である限りいつまでも側にいることが出来るのだ。

「私は死ぬまで隣で『親友』として彼女の笑顔を守り抜くのよ。彼女にとって私は唯一無二の存在になる。それが、私にとっての幸せだもの。」

 マーカス様のことは人として尊敬している、きっと上手くやっていけるだろう。

 でも、やっぱり、来世にくらい期待したっていいかしら。

 そんなことを考えてしまって、改めてマーカス様の目を見て『良かった』と告げる自信は少しも沸いて来なかった。
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