モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー

文字の大きさ
上 下
29 / 32

当て馬、決意を新たにする

しおりを挟む

「レアが縁談を受けようとしてる。」
「……は?」

 それは唐突なことだった。
 僕の仕事場にアニーさんとサムさんがやってきて第一声がそれだった。

 僕は衝撃のあまり口をぱっくりと開けて放心するほかなかった。

「ジゼル、前にも言ったが君になら妹を任せて良いと思っていたんだ。だけど、結果としてそれは随分と過大評価だったらしい。」

 アニーさんの声色は普段の陽気なものとはかなり異なっていた。怒っている、というよりは失望しているのだと感じられた。

 ずるずると、勇気を出さずここまで来てしまった。
 レアが意識を失ったあのとき、彼女に早く気持ちを伝えるべきだと思ったのに、結局タイミングが見つからず、お互い避け合うようになった。

 そうして結局、最悪な展開を迎えてしまったのだ。

「縁談の、相手とは?」
「それを聞いてどうするの? 縁談の話を白紙に戻すように圧力でもかける?」
「そ、そんなことは……!」

 しない、とはハッキリと言えず静かに口を閉じた。
 サムさんの指摘通り、もしかしたら感情に任せてそんな愚行をしてしまうかもしれない。

「愚かな男だ。そんなにもレアのことを想っているのならば、もっと早くに決定的な言葉をかけてやれば良かったのに。」

 そんなことはわかっている。
 ずっと、ずっとわかっていたことだ。

 だけど僕は臆病で、彼女との関係が壊れるのならばこのままで良いなんて、都合のいいことを考えていた。
 結局のところ、彼女が他人のものになるなんて許せるはずがないのに。

「ジゼル、君はヴァレンティア公爵家の長男で僕たちの家よりも爵位が高い。強制的にレアを婚約者にしてしまう道だってあったはずだよ。」
「それは……1番やりたくない方法でした。」

 レアの気持ちを最も尊重したかった。
 強制的に彼女を手に入れたとして、そのせいで悲しませるのならば本末転倒だ。

 でも、僕には最終的にその手段が残っているのだというズルい考えが心の何処かにあったのかもしれない。
 だから、今は心地良い関係を続けていようと現実逃避していたように思える。

「ともかく、レアは何かを思い詰めてるような気がするけど、あの子はそれを口にはしない。レアの性格については君も良く知ってることだろう?」

 アニーさんの問いかけに僕はコクリと小さく頷いて、それから視線を上げることが出来なかった。
 2人の顔をまともに見れない。いつも陽気なアニーさんでさえ、今はその顔を歪ませているであろうことは容易に想像が出来たから。

「話は以上だ。仕事の邪魔をしてすまなかったね。」

 アニーさんはそう言い放つと速やかに部屋を出て行ったが、サムさんは残って眉根を下げて立っていた。
 サムさんが無表情を崩す様子を見るのはかなり珍しい。

「アニーは本当にレアのことを心配しているんだ。結果的に君を責めるような口ぶりになってしまったけど……僕以上に何かを思っているんだろうね。」
「……よく分かっています。」

 サムさんはそれ以上何も言わず「じゃあ。」と一言だけ残して部屋を出た。

 1人になって再び仕事に集中しようと視線を落としたところで頭の中には何も入ってこない。

 レアが結婚するのか? 僕以外のやつと?

 嫉妬心がメラメラと燃え上がる。
 だけど僕にその感情を抱く権利があるのか。

 モヤモヤとした心情の中、ロボットのように手だけを動かす時間が過ぎていく。
 すぐさま部屋を飛び出してレアの元に行くようなこともせず、小心者の僕はウジウジとここにいるしかなかった。

 そんな時、バタン!と急に扉が開いた。
 目を向けると憤怒の表情を帯びたエライザがズンズンと僕の目の前に歩いてくる。

 バチン!!!

 気がついた時には頰を打たれていた。

「ふざけないでよ……! 私はあんただからレアのことを任せられるって、そう信じてたのに……!」

 エライザは怒鳴りつけるでもなく静かに、だが怒りの感情は強く僕に言い放つ。
 ボロボロと涙が溢れていて、それが怒りなのか悲しみなのか、悔しさか……はたまたその全てなのか、まだ僕にはよくわからなかった。

「あんたがモタモタしてるから、何処の馬の骨ともわからない男のところにレアが……レアが行っちゃうかもしれないのよ。わ、わ、私が、男だったら良かったって、な、何度思ったか。」

 後半にかけては感情が溢れて上手く言葉に出来ずにいる。

「ごめん、ただ僕は、勇気が出なくて……。」
「この状況で、勇気ですって??」

 エライザは信じられないという顔をした。
 いいや、よく分かっている。僕にとって、今はもう一つしか道がないんだってこと。

 だけど、ズルい僕は何も言わずに友人としてこれからも穏便に彼女の隣で見守り続ける選択肢を考えてしまう。

「レアに拒絶されたら、僕は彼女の前に姿を現すことなんて2度と出来ない。このままだったら生涯彼女の友人でいられるって、考えてしまうんだ。」

 僕の言葉を聞いてエライザはバン!と机を叩き、態度で否定の意を示した。

「レアが周りの幸せのために縁談を受けようとしているとは思わないの?」

 僕は、ハッとした。
 レアは自分の幸せを投げ捨てても他人の幸せを願うような人間だ。
 彼女が自身の幸せを放棄しようとしているのならば、僕が彼女を幸せにしたい。

 僕は、僕の保身ばかりを気にしていた。
 小さな人間だ、心底そう思う。

 でも、彼女が僕の幸せを考えてくれたように彼女の幸せを僕が考えても良いはずだ。
 そしてその結果、彼女のように少し暴走したって構わないだろう。

「ありがとう、エライザ。僕はどうかしてたみたいだ。」
「……レアのこと、幸せにしなかったら許さない。」

 エライザは呪いをかけるように恐ろしく低い声音で告げると、くるりと背を向けて部屋を出て行った。

 ふぅ、と息をついて心が落ち着いた頃、打たれた頬がじんじんと痛み出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】地味令嬢を捨てた婚約者、なぜか皇太子が私に執着して困ります

21時完結
恋愛
「お前のような地味な令嬢と結婚するつもりはない!」 侯爵令嬢セシリアは、社交界でも目立たない地味な存在。 幼い頃から婚約していた公爵家の息子・エドワードに、ある日突然婚約破棄を言い渡される。 その隣には、美しい公爵令嬢が――まさに絵に描いたような乗り換え劇だった。 (まあ、別にいいわ。婚約破棄なんてよくあることですし) と、あっさり諦めたのに……。 「セシリア、お前は私のものだ。誰にも渡さない」 婚約破棄の翌日、冷酷無慈悲と恐れられる皇太子アレクシスが、なぜか私に異常な執着を見せはじめた!? 社交界で“地味”と見下されていたはずの私に、皇太子殿下がまさかの猛アプローチ。 その上、婚約破棄した元婚約者まで後悔して追いかけてきて―― 「お前を手放したのは間違いだった。もう一度、俺の婚約者に――」 「貴様の役目は終わった。セシリアは私の妃になる」 ――って、えっ!? 私はただ静かに暮らしたいだけなのに、なぜかとんでもない三角関係に巻き込まれてしまって……?

【完結】記憶を失くした公爵様に溺愛されています ~冷たかった婚約者が、なぜか猛アプローチしてくるのですが!?~

21時完結
恋愛
王都の名門貴族の令嬢・エリシアは、冷徹な公爵フィリップと政略結婚の婚約を交わしていた。しかし彼は彼女に興味を示さず、婚約関係は形だけのもの。いずれ「婚約破棄」を言い渡されるのだろうと、エリシアは覚悟していた。 そんなある日、フィリップが戦地での事故により記憶を失くしてしまう。王宮に戻った彼は、なぜかエリシアを見るなり「愛しい人……!」と呟き、別人のように優しく甘やかし始めた。 「えっ、あなた、私の婚約者ですよね!? そんなに優しくなかったはずでは!?」 「そんなことはない。俺はずっと君を愛していた……はずだ」 記憶を失くしたフィリップは、エリシアを心から大切にしようとする。手を繋ぐのは当たり前、食事を共にし、愛の言葉を囁き、まるで最愛の恋人のように振る舞う彼に、エリシアは戸惑いながらも心を惹かれていく。 しかし、フィリップの記憶が戻ったとき、彼は本当にエリシアを愛し続けてくれるのか? それとも、元の冷たい公爵に戻ってしまうのか?

悪役令嬢は楽しいな

kae
恋愛
 気が弱い侯爵令嬢、エディット・アーノンは、第一王子ユリウスの婚約者候補として、教養を学びに王宮に通っていた。  でも大事な時に緊張してしまうエディットは、本当は王子と結婚なんてしてくない。実はユリウス王子には、他に結婚をしたい伯爵令嬢がいて、その子の家が反対勢力に潰されないように、目くらましとして婚約者候補のふりをしているのだ。  ある日いつものいじめっ子たちが、小さな少年をイジメているのを目撃したエディットが勇気を出して注意をすると、「悪役令嬢」と呼ばれるようになってしまった。流行りの小説に出てくる、曲がったことが大嫌いで、誰に批判されようと、自分の好きな事をする悪役の令嬢エリザベス。そのエリザベスに似ていると言われたエディットは、その日から、悪役令嬢になり切って生活するようになる。 「オーッホッホ。私はこの服が着たいから着ているの。流行なんて関係ないわ。あなたにはご自分の好みという物がないのかしら?」  悪役令嬢になり切って言いたいことを言うのは、思った以上に爽快で楽しくて……。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

愛する人のためにできること。

恋愛
彼があの娘を愛するというのなら、私は彼の幸せのために手を尽くしましょう。 それが、私の、生きる意味。

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

【完結】貧乏令嬢は自分の力でのし上がる!後悔?先に立たずと申しましてよ。

やまぐちこはる
恋愛
領地が災害に見舞われたことで貧乏どん底の伯爵令嬢サラは子爵令息の婚約者がいたが、裕福な子爵令嬢に乗り換えられてしまう。婚約解消の慰謝料として受け取った金で、それまで我慢していたスイーツを食べに行ったところ運命の出会いを果たし、店主に断られながらも通い詰めてなんとかスイーツショップの店員になった。 貴族の令嬢には無理と店主に厳しくあしらわれながらも、めげずに下積みの修業を経てパティシエールになるサラ。 そしてサラを見守り続ける青年貴族との恋が始まる。 全44話、7/24より毎日8時に更新します。 よろしくお願いいたします。

マルタン王国の魔女祭

カナリア55
恋愛
 侯爵令嬢のエリスは皇太子の婚約者だが、皇太子がエリスの妹を好きになって邪魔になったため、マルタン王国との戦争に出された。どうにか無事に帰ったエリス。しかし戻ってすぐ父親に、マルタン王国へ行くよう命じられる。『戦場でマルタン国王を殺害したわたしは、その罪で処刑されるのね』そう思いつつも、エリスは逆らう事無くその命令に従う事にする。そして、新たにマルタン国王となった、先王の弟のフェリックスと会う。処刑されるだろうと思っていたエリスだが、なにやら様子がおかしいようで……。  マルタン王国で毎年盛大に行われている『魔女祭』。そのお祭りはどうして行われるようになったのか、の話です。  最初シリアス、中明るめ、最後若干ざまぁ、です。    ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...