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侯爵令嬢、縁談を持ち込まれる
しおりを挟む気づかないようにしていた感情。
彼のことが好きなのだ、と気づいてしまってからもうどうにもこうにも取り繕える気がしない。
「あぁ! こんなはずじゃなかったのに!!」
誰もいない自室で1人、私はベットでゴロゴロと身悶えた。
いつから彼が好きだったのか、自分でもわからない。彼の幸せを願い、彼を見つめ続けた結果なのだと思う。
これからどうやってジゼル様に接すれば良い? 今までどうしていたっけ??
前世でも私はいつもみんなから"わかりやすい"と評されていた。そのせいでいつも自分の感情が相手にはバレバレだったし、仕事でも怒られることが何度もあった。
そして時には、自身の性格によって他者から傷つけられることさえあった。いや、今はそんなことどうだって良い。
とにかく、私が今最も悩んでいることと言えば、これ以上彼の恋を応援することが出来ないということだ!!
次にジゼル様と対面する時、私は今まで通りにすることなんて出来ないだろう。そうして私の気持ちが伝わってしまうなら、これ以上ジゼル様の前に姿を晒すことは出来ない。
つまり、私はあれほど決意していたというのに"当て馬の幸せ"を作り出す手伝いが出来ないわけだ。
何より、特等席でイベントを眺めることすらも出来ない!!!
あぁ、こんなはずではなかったのだ。
悔しいような、悲しいような、なんとも形容しがたい感情に押し潰されそうだ。
小さな頃に胸に抱いた誓いは、もう成し遂げることは出来そうにない。
はぁ、と大きくため息を1つ吐いたところでコンコンと扉が叩かれた。
「レアちゃん、大丈夫??」
ガチャリと開かれたドアから現れたのは、お母様だった。心配そうに眉を吊り下げているが、それと同時に微笑みを浮かべて安心させるような表情も作っている。
私はすぐに身体を起こして、お母様を迎え入れる。
お母様は静かにこちらへ歩いてきて、ベッドの淵に座った。
「ここ数日、ずっとお部屋に引きこもっているから、みんな心配しているわ。」
「ごめんなさい……少し疲れちゃっただけ。」
ありきたりな言い訳を述べると、お母様は特に深く追及することなく「そうなのね。」と一言だけ述べた。
きっと、それだけではないと察しているのだろうけれど、追及しても私が何も答えないと理解しているのだ。
「夜会では、素敵な出会いはあったかしら?」
前言撤回。
どうやら遠回しに探りを入れてくるらしい。
「特には……私はあんまり男性と会話をする方じゃないもの。」
「そうね……大概、あなたをエスコートしてくれるのはジゼルくんだものね。」
ジゼル、という名前に一瞬ピクリと反応するが、すぐに平常心を取り戻す。
「ジゼルくんからは、何か申し出はないの? ほら、彼は良くレアを色々なところに誘ってくれるじゃない? だから「ジゼル様が私に何かを提案してくることなんてないわ。」
お母様の言葉を遮って、私はかなり食い気味に少しの可能性すらも否定する。
私の機嫌の変化を察知して、お母様はすぐに彼の話題を切り上げた。それから、少しの静寂が流れる。
目の前の母は、初めから私の様子を伺いながら言葉を紡いでいて、私に何か重要な話があってここへ来たのだろうということはすぐに予測が出来た。
その話が一体何なのか、ということまではわからないのだけれど。
「あのね、レア……貴方の縁談が持ち上がったの。」
「え、縁談?」
お母様の言葉に私は目を白黒させる。
余りにも予想外の言葉だった。だけれど、すぐにその話を飲み込むことが出来た。だって、いつかは縁談の話が来るんだって覚悟していたから。
「勿論、相手の方についてはしっかりと調べているわ。変な男の元に大事な娘を送ることなんて出来ないもの。」
お母様は安心させるように小さく微笑む。
「ルドー侯爵家の次男から打診があったわ。家柄も人柄も申し分ない、後ろ暗い話も特に見当たらなかったわ。勿論、まだお返事はしていないし、貴方が嫌ならばお断りするわ。」
私にとって申し分ない相手を選んでくるだろう、と少しも心配していなかったが、実際に縁談の話を聞くとすぐに首を縦には振れなかった。
ルドー侯爵家の次男は何度か夜会で目にしたことがある。特段、記憶に残ることのない至って平凡な容姿。だけれど、優しそうな雰囲気が漂っている。
ただ、ジゼル様と比べてしまう自分がいる。いや、ジゼル様が完璧なのだということはよくわかっているが。
「ゆっくり悩んで頂戴。」
お母様は、私の手を一度握ってからふわりと笑って、それから立ち上がり部屋から出て行った。
私の人生にとって重大なことだ、悩むことは至極当然。だが、悩む必要性があるのだろうかと感じてしまう。
行き遅れになる前にすっぱりと決めてしまうべきだ。この世界で、私は貴族として生まれた。その時点で恋愛結婚なんて大して望めるものでは無かったのだから。
加えて、私の焦がれる相手を考えても、それは現実的でない。
「受けるのか?」
どこから話を聞いていたのか。
アニーが扉の外からひょこりと顔を出して聞いてきた。
私が特に返事をせずにいると、アニーはこちらにズンズンと歩いてきて「ダメだ。」と強く否定をした。
「どうして。」
「何処の馬の骨ともわからない男に大事な妹は渡せない。」
ふんっと鼻息荒く言う彼女に、なんであんたの許可がいるんだと内心で悪態をつく。
「ジゼルにならレアのことを任せられる。彼にするんだ、きっと待っていればいつか「やめてよ!!!」
アニーの言葉を聞きたくなくて、私は声を荒げた。
いつかっていつ? 待てばジゼル様が私を選んでくれるの? 私が彼を望んでも、向こうがそうだとは限らないじゃない。
アニーの吐く絵空事に、心底苛立ちを感じる。
「……あたしはこんなだから、普通の貴族令嬢として振る舞うことなんて出来ないし、見事に貰い手なんていない。別にそれを望んでいるわけでもないけど……ただ、レアに全部押し付けたんじゃないかって。」
そう言うアニーの表情は"姉"のものだった。
いつもは見せない慈愛に溢れた表情。
知ってる、アニーが私のこと大好きだってこと。
「別に、そんなこと思ったこともないよ。」
「うん。だけど、あたしはそう思っちゃう。その度に、誰よりも幸せな結婚をして欲しいって願ってる。」
アニーは、それから大きくため息をついた。
「わかってる、これは私のエゴだ。でも、姉が妹の幸せを願うのは当然のことだろう?」
「うん……私だって、アニーとサムが幸せでいて欲しいって願ってる。」
2人にとっての幸せは、きっと前線に立ち続けることなのだろう。どこまでも魔法が好きで"普通の幸せ"とは程遠いところで生きている人たちだ。
結婚し子どもをもうけて天寿を全うする……そんなことに1ミリも興味がなく、戦場で華やかに散ることを望んでいる。
妹としては、どうか長生きして欲しいけれど。
彼女たちの"幸せ"に関して、私が関与できる事柄はおそらく大して無いことだろう。
まあ、つまりは2人が変人だと言われることついて至極真っ当だということだ。
「おや、何だか失礼なことを考えている顔をしてるな?」
アニーがニヤリと笑って私の頬をぺちりと挟む。
「そ、そんなことないよ。」
「あたしの妹は、どうしてこんなにも全部顔に出ちゃうかな~? まぁ、あたしはともかくサムはオールクラウド家の長男だ。確かに変わりものだが、後継ぎの為にもいつかは結婚して家を継ぐだろうね。その点、あたしは何にも縛られてない! だからこそ、真っ先に使い捨てにもされやすい。」
アニーは眉根を下げて、それから私の頭を優しく撫でた。
魔導師団という機関に身を置くアニー。魔物は蔓延り、周辺国との戦争もある、少なくとも前世よりは平和とは言い切れない世界。アニーはどこまで先の自分の未来を見ているのだろう。
「あたしが死ぬ前に、綺麗な花嫁姿と可愛い甥っ子か姪っ子を見せてくれよ。それがあたしにとっての幸せになるだろうね。」
そう言ってアニーは私が口を開くよりも前に部屋を出て行ってしまう。
幸せ、とは何なのだろうか。
ここに来てずっと自分の信念として掲げていた"みんなの幸せ"が引っかかり始める。
いいや、そんなこともう私が考える必要などないか。
もうどこにも私が入り込む余地なんてない。これ以上、夜会に出て画策することは不可能だ。
ジゼル様への想いを自覚してしまった。
その時点で、私の目論見通りにジゼル様とロアネが結ばれたら、そうではなく他の令嬢とであったとしても、その事実を私は平然と受け入れることなんて出来ない。
私に残されている道なんて、ただ一つ『縁談を受ける』ことしかないのだ。
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