26 / 32
侯爵令嬢、金髪縦ロールと対峙する
しおりを挟むジゼル様から拒絶を示された夜会から1週間後の夜会でも、相変わらず私は壁の花と化していた。
遠くからエリーが心配そうに伺っている様子が見えたが、首を振ってこちらへ来ないように意を伝える。
エリーはマーカス・クロイツ大公と夜会を共にするようになってからより一層忙しそうだった。挨拶回りや貴族とのマーカス様を交えた会話、彼とのダンス。私と一緒にいる暇なんて無いのが側から見ても理解出来た。
いつも通り、ログレス様はロアネの隣をぴたりとついていた。こうもしばらく2人で夜会に参加していたら、嫌でも人々はログレス様がロアネを選んだのだと思わざるを得ない。
しかし、ログレス様は未だ決定的な言葉をロアネに告げてはいないのだ。だからこそ、ロアネは不安感に駆られ以前涙を流していたのだろうけれど。
ただ、ひとつだけいつも通りではないことがあった。ログレス様とは反対側のロアネの隣をジゼル様が独占しているのだ。
いや、珍しい光景ではない。
ジゼル様はログレス様と親しく、夜会時に3人で話していることは多々あるのだから。
それにしても、私がこうして夜会に参加している意味はあるのだろうか。特に誰とダンスをするわけでも会話をするわけでもなくジッとしている。
エリーは悪役令嬢でなくなり、ジゼル様はロアネと交流を図っている。私に出来ることは今のところ特に無いのでは?
そう思うと急激にこの場からいなくなりたいという気持ちが強まった。
今日はもう帰ろう、と動き出そうとしたところで腕をぱしりと掴まれた。
振り返るよりも前に視界の端で揺れた強烈な赤色で相手が誰なのか何となく理解できた。
ジェシカ・アンジークス侯爵令嬢だ。
「私に何か御用でしょうか?」
振り返り視線を上げると、案の定ジェシカ嬢の強い眼差しと目が合う。
強さが一直線に伝わってくる濃いメイクに金髪の縦ロールが目を引いた。
「話をしようと思って、あなたもワタクシに聞きたいことがあるはずよ。」
強気な姿勢。
私が「ノー」と告げることなんて少しも考えていないような口振りだった。
「まあとにかく、人の少ないところに移動しましょうよ。ここだと落ち着いて話もできないわ。」
そう言ってジェシカ嬢は私の意見など何も聞かずにズンズンと歩いていく。
周囲は私たちには特に気を留めていなかったが、彼女の派手な様相もあって、ここで深刻に話を続けていたらおそらく好奇の視線を向けられていたことだろう。
一瞬、彼女の後を追うか悩んで動かずにいた。
するとジェシカ嬢はちらりとこちらを振り返り、キッと鋭い目を向けてきた。目力の強さなのか、怖いという印象を受ける。
私は諦めて彼女の後を追うために歩き出した。
「それで、話とは何でしょうか。」
人気の少ない裏庭に出て、ジェシカ嬢と対峙するや否や私は問いを投げかけた。
「あなた、一体何者?」
「……と言うと? 私はオールクラウド侯爵家の娘、レアルチアで「そういうことを聞いているわけじゃないわ。」
私が何者であるか、という問いかけに自己紹介で返そうと口を開いたが、ジェシカ嬢に食い気味に否定される。
「ここは、ワタクシの知っている世界と違いすぎる。」
その言葉に私はピクリと眉を動かした。
確信する、彼女は私と同様に"転生者"であるのだと。
「エライザ・ノグワールが悪役をしていない。起こるべきイベントが発生しない。何より、あなたという物語に存在しないキャラクターがいる。」
ジェシカ嬢の厳しい視線が私に突き刺さる。
強い目力と気迫に押されてしまいそうになるが、負けじと睨み返した。
「前世の知識を使って"逆ハー"しようだなんて、そうはいかないわよ。」
私の言葉を聞いてジェシカ嬢は目を丸くしてキョトンとする。まるで、予想もしていないことを言われたかのように。
それからすぐにケラケラと笑い始めた。
「"逆ハー"なんてワタクシは求めていないわ! ワタクシはね、ログレスとロアネが推しなのよ!! 2人の恋模様を間近でじっくりと見たい……それがワタクシの願い!」
笑いながらも先ほどよりも強い気迫と熱意に私は一歩足を引いてしまう。
「それなのに、それなのに……イベントが起きないッ!!!」
カッと見開かれた眼。元々強い目力が3倍になった。
「ワタクシの1番大好きなイベントは、東の森の事件で怪我を負ったログレスにロアネが寄り添うシーン……そこで2人の関係は急速に縮まる……はずなのに、どうしてそのイベントを引き起こしているのが貴方なのよ!!! レアルチア・オールクラウド!!!」
先ほどケラケラと笑っていたのはどこへやら、今度は怒りをぶつけられる。
こうして対峙してみるとかなり印象が異なる、もっと冷静な人物だと思っていたが感情豊かにも程がある。
「あなたも転生者だってことは行動を見ていれば何となくわかるわ。あなたこそ、物語をめちゃくちゃにするつもりなんでしょう!」
「ち、違う! 私は、みんなに幸せになって欲しいだけ! ジゼル様やエリー、みんなが悲しまずに幸せになれる……そんな物語……。」
シン……と静寂が流れる。
沈黙を破ったのはジェシカ嬢の小さなため息だった。
「はぁ……ログレスとロアネが惹かれあっているのは誰から見てもわかる事実だわ。だからワタクシはいなくなった"悪役令嬢"の立場に成り代わり、ワタクシ自身が"悪役令嬢"になって物語に介入することで軌道修正を図った。もしも、この世界が物語と異なっていて、2人が惹かれあっていないのであれば、ワタクシはそんな真似はしなかったわ。それに比べてあなたは? 2人の仲を引き裂いてしまえば、2人は悲しむに決まっているじゃない。」
ぐさり、とジェシカ嬢の言葉が胸に突き刺さる。
「だ、だけれど、ジゼル様とロアネが結ばれて、ログレス様とエリーが結ばれれば大団円だわ。ジゼル様はロアネが好きで、エリーはログレス様が好きなのだから。」
私がそう言うと、ジェシカ嬢は「はぁ?」と顔を歪ませた。何を言っているのか意味がわからない、という気持ちが表情に全て出ている。
「あなたって自分のことになると疎いのね。」
今度は私が彼女に対して何を言っているのかわからないという表情をしてみせた。
そうすると、ジェシカ嬢は「まぁいいわ。」と会話の流れを放棄する。
「つまりは、あなたの望みはジゼル・ヴァレンティアとロアネ・エイミッシュが結ばれるエンディングを迎えること……良かったじゃない、あなたの望み通りにシナリオが動き始めてるかもしれないわ。」
ジェシカ嬢はそう言いながら視線を会場の方へ向ける。裏庭に面する窓越しに会場の中の様子が窺えた。
ジゼル様とロアネがダンスを踊っている。
2人は笑みを浮かべて、お互いの目をじっと見つめ合いながら楽しそうにしていた。
そうよ、これが私の望んだシナリオ。
「ねぇ、喜ぶべきことだというのに、なぜそんなに悲しそうな顔をするのかしら?」
ジェシカが真実を突きつけてくる。
望んだシナリオ、本当ならば私は笑顔で大喜びしているはず。だが、現実は異なり私の表情が全てを物語っている。
蓋を開けてしまえば、もう2度と元には戻らない。押し込めた感情が溢れ出す。
私は、ずっとずっと、ジゼル・ヴァレンティアのことが好きだった。
10
お気に入りに追加
231
あなたにおすすめの小説

【完結】記憶を失くした公爵様に溺愛されています ~冷たかった婚約者が、なぜか猛アプローチしてくるのですが!?~
21時完結
恋愛
王都の名門貴族の令嬢・エリシアは、冷徹な公爵フィリップと政略結婚の婚約を交わしていた。しかし彼は彼女に興味を示さず、婚約関係は形だけのもの。いずれ「婚約破棄」を言い渡されるのだろうと、エリシアは覚悟していた。
そんなある日、フィリップが戦地での事故により記憶を失くしてしまう。王宮に戻った彼は、なぜかエリシアを見るなり「愛しい人……!」と呟き、別人のように優しく甘やかし始めた。
「えっ、あなた、私の婚約者ですよね!? そんなに優しくなかったはずでは!?」
「そんなことはない。俺はずっと君を愛していた……はずだ」
記憶を失くしたフィリップは、エリシアを心から大切にしようとする。手を繋ぐのは当たり前、食事を共にし、愛の言葉を囁き、まるで最愛の恋人のように振る舞う彼に、エリシアは戸惑いながらも心を惹かれていく。
しかし、フィリップの記憶が戻ったとき、彼は本当にエリシアを愛し続けてくれるのか? それとも、元の冷たい公爵に戻ってしまうのか?

悪役令嬢は楽しいな
kae
恋愛
気が弱い侯爵令嬢、エディット・アーノンは、第一王子ユリウスの婚約者候補として、教養を学びに王宮に通っていた。
でも大事な時に緊張してしまうエディットは、本当は王子と結婚なんてしてくない。実はユリウス王子には、他に結婚をしたい伯爵令嬢がいて、その子の家が反対勢力に潰されないように、目くらましとして婚約者候補のふりをしているのだ。
ある日いつものいじめっ子たちが、小さな少年をイジメているのを目撃したエディットが勇気を出して注意をすると、「悪役令嬢」と呼ばれるようになってしまった。流行りの小説に出てくる、曲がったことが大嫌いで、誰に批判されようと、自分の好きな事をする悪役の令嬢エリザベス。そのエリザベスに似ていると言われたエディットは、その日から、悪役令嬢になり切って生活するようになる。
「オーッホッホ。私はこの服が着たいから着ているの。流行なんて関係ないわ。あなたにはご自分の好みという物がないのかしら?」
悪役令嬢になり切って言いたいことを言うのは、思った以上に爽快で楽しくて……。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。


悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

マルタン王国の魔女祭
カナリア55
恋愛
侯爵令嬢のエリスは皇太子の婚約者だが、皇太子がエリスの妹を好きになって邪魔になったため、マルタン王国との戦争に出された。どうにか無事に帰ったエリス。しかし戻ってすぐ父親に、マルタン王国へ行くよう命じられる。『戦場でマルタン国王を殺害したわたしは、その罪で処刑されるのね』そう思いつつも、エリスは逆らう事無くその命令に従う事にする。そして、新たにマルタン国王となった、先王の弟のフェリックスと会う。処刑されるだろうと思っていたエリスだが、なにやら様子がおかしいようで……。
マルタン王国で毎年盛大に行われている『魔女祭』。そのお祭りはどうして行われるようになったのか、の話です。
最初シリアス、中明るめ、最後若干ざまぁ、です。
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】死に戻り8度目の伯爵令嬢は今度こそ破談を成功させたい!
雲井咲穂(くもいさほ)
恋愛
アンテリーゼ・フォン・マトヴァイユ伯爵令嬢は婚約式当日、婚約者の逢引を目撃し、動揺して婚約式の会場である螺旋階段から足を滑らせて後頭部を強打し不慮の死を遂げてしまう。
しかし、目が覚めると確かに死んだはずなのに婚約式の一週間前に時間が戻っている。混乱する中必死で記憶を蘇らせると、自分がこれまでに前回分含めて合計7回も婚約者と不貞相手が原因で死んでは生き返りを繰り返している事実を思い出す。
婚約者との結婚が「死」に直結することを知ったアンテリーゼは、今度は自分から婚約を破棄し自分を裏切った婚約者に社会的制裁を喰らわせ、婚約式というタイムリミットが迫る中、「死」を回避するために奔走する。
ーーーーーーーーー
2024/01/13 ランキング→恋愛95位 ありがとうございました!
なろうでも掲載20万PVありがとうございましたっ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる