モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー

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侯爵令嬢、当て馬をけしかける

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 私は焦っていた。
 ジェシカ嬢の行動によって、より一層思い描いていたストーリーから逸れていっている気がしている。

 私が軌道修正しないといけないのだ、という使命感が溢れ出る。いつの間にか私は、あんなにも気まずいと感じていたジゼル様の前に立っていた。

「……ジゼル様、ご機嫌よう。」
「久しぶりに会話をする気がするね。」

 ジゼル様もどこか気まずそうにしていて、決して私と目を合わせることはしなかった。

「そう、ですね……ここ最近の夜会では、お互い会話をする時間が取れなかったから……。」

 私は下手な誤魔化しでその場を取り繕う。
 ジゼル様は私が忙しくなどはしておらず、壁の花と化していたことに気付いていただろうが、特に追及はしてこなかった。

「どう? 久々にダンスでも。」

 不意に差し出された手。
 踊るつもりはなかったが、ジゼル様と気まずいままでいることが嫌で、再び良好な関係に戻るためにもその手を取った。

「珍しいね、素直に手を取るなんて。」
「まあ、たまには踊らないと……身体が鈍るでしょう?」

 ジゼル様が私の腰に手を回し、そしてニヤリと笑ってみせた。

「確かに、少し運動不足みたいだね。」
「ちょっと、それどういう意味よ。」

 私がムッとした表情を返したところで初めて目が合う。そして2人してクスクスと笑いながら踊り始めた。

 あぁ、この楽しい時間が懐かしく感じる。
 先程までの気まずさが一体どこへ行ったのか、すぐに私たちは以前のような関係に戻った。

「レアが話しかけてくれるなんて少し意外だったな。」
「いつもジゼル様が声をかけてくれるものね。」

 私自身も軌道修正しなければという使命感に駆られなければ、声をかける勇気など持てずにいただろう。

 彼がまた何事もないかのように声をかけてくれるその日をずっと待ち続けていたはずだ。
 だが、こうして元のように話せることが出来たのだから、ある意味ジェシカ嬢の存在は良い効果をもたらしたと言えよう。

「それで、僕に何か話でもあったのかい?」

 柔和な表情で問いかけてくるジゼル様。
 今ならば話をすんなりと聞いてもらえるかもしれない、と私は話し始める意を固めた。

 踊りながら、私とジゼル様の視線が交錯する。

「ロアネは、謙虚で心優しい女性だわ。」
「……またロアネ嬢の話か。」

 先程までの雰囲気が崩れ去り、ジゼル様の表情がだんだん曇っていく。

「ロアネとならば、きっと幸せになれる。私が約束するわ。」
「……僕がロアネ嬢と結ばれることが本当に僕の幸せだと、本気で思っているのかい?」

 ジゼル様は鋭い視線をこちらへ向ける。
 きっと、まだ彼は自分の気持ちに気づいていないのだ。物語の中では、どうだったのだろう。どうやってジゼル様はロアネへの気持ちに気づいたのだろう。

 わからない。物語の展開を何も知らないから憶測だけでここまできた。だけれど、彼がロアネに好意を寄せるということはなのだ。

 あぁ、なんて矛盾だろう。物語通りに全てが進んでいないことは、私が一番わかってるのに。
 エライザを悪役令嬢にさせないようにしているのは、この私だというのに。

「レア。」

 ジゼル様が私の名前を呼び、腰をグッと引きつけた。そこでハッとする。また、すっかり意識が飛んでいたが無意識にしっかりと踊ってはいたようだ。

「僕の問いかけに答えろ。」

 ジゼル様がグッと眉を顰め、怒った顔で私を見据える。彼のこんな表情を見るのはいつぶりだろう。しばらくずっと温和な表情しか見ていなかったから。

「私は……ジゼル様の幸せしか願っていないわ、ずっと。」

 嘘偽りの無い言葉、真っ直ぐな視線でそれを訴えかける。
 ジゼル様はフッと目を逸らしてからピタリと動きを止める。ダンスホールの場としては不自然な動きだが、私にはそんなことを気に留める暇はなかった。

「君の望み通りにしてやる、だからしばらく僕に話しかけるな。」

 ジゼル様はそれだけ言うと、私から離れてロアネのいる方向へと歩き出していった。

 ぽつりと残された私は踵を返して彼とは逆の方向へと歩き始める。人気の少ない場所へ来たところで、フッと身体から力が抜けて倒れてしまいそうになった。近くの柱に手をつき、体を支える。

 これは私が望んでいたことだ。
 私がしたくてしたことだ。

 それなのに、目から涙が零れ落ちる。

 ジゼル様の表情や言動を思い出すと自然と涙が溢れ出す。なにも彼に恐怖を感じてのことでは無い。

 ただ、彼に明確な拒絶を示されたことが哀しくて仕方がないのだ。

 自分の中で開けないようにしていた箱が開いてしまうような、そんな感覚がふと湧き上がってくる。
 だが私は徹底して気づかないふりをするのだ。

 気づいてしまえば、元には戻れないのだから。
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