モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー

文字の大きさ
上 下
22 / 32

侯爵令嬢、否定する

しおりを挟む

 東の森で出来事から3週間が経った。
 肩の怪我は概ね回復し、私は今日もまた夜会に参加して貴族令嬢の務めを果たしている。

 エリーは今日もマーカス・クロイツ大公と一緒にいるため、私はポツリと1人で佇んでいた。

 あぁ、それにしても、何と情けないことだろう。
 私はただのモブだというのに、モブの分際でイベントを引き起こしてしまったのだ。

 何たる失態!!!

 怪我は回復したが、私の精神面は回復しない。
 不甲斐なさに気落ちしないわけがないのだ。

 何よりもこんな形で物語の邪魔をするつもりは少しもなかった。確かにジゼル様とロアネが恋仲になってくれれば良いと画策している。しかし、ログレス様とロアネの恋路をイベントを潰してまで邪魔しようなどと考えたことは一度もない。

 ましてや、私がイベントを奪い去るなんて。

「最近の夜会では、ログレス様の隣にはいつもロアネ・エイミッシュ嬢がいるわ。」

 近くの貴族令嬢が、夜会の中心で華麗に踊りを披露するログレス様とロアネに目を向けながら話している声が聞こえた。

「この前、2人で街中を歩いていたそうよ。他の令嬢の付け入る隙なんて無いような気がするわ。」

 私の気持ちとは他所に、順調に2人は親交を深めているらしい。それを知って、私は自身が余計な邪魔をしたわけでは無いようだと安堵しつつも焦りを感じていた。

 私が物語に介入しようがしまいが、物語は順当に進んでいくのだ。私が画策したところで、何も意味など為さないと告げられているような気がしてしまう。

 レアルチア・オールクラウド、それだけの事実であっさりと諦めてしまうのか? 

 私は自分自身に喝を入れて当初の目的を思い出させる。私の目的は、当て馬の恋を成就させること。加えて周囲の人々を幸せにすることだ。

 大丈夫、私はうまくやれる。
 抱えていたモヤモヤした気持ちなんて全て捨てて、気にせず突き進まなければ目的は達成されない。

 そう結論付けてすぐさま行動に移さなければ、と動き出そうとしたところで、わらわらと数名の貴族令嬢に取り囲まれた。

「オールクラウド侯爵令嬢、お尋ねしたいことがあるのですが……。」
「ええと、なんでしょう?」

 令嬢たちは控えめに、しかしながら好奇心を隠せられていない強い眼差しでこちらを見つめている。

「ジゼル様と交際をなさっているのですか!?」
「な、え……!? なぜ、そのような!?」

 単刀直入に投げかけられた問いかけに、私はあからさまに動揺してしまう。
 一体なぜ、私とジゼル様が交際しているなどという疑いが浮上しているのだろうか? 予想だにしない質問に戸惑ってしまうのは仕方ないと言えよう。

「夜会では良くお2人が一緒にいるのを見かけますわ。」
「それに、以前お2人でシナ・ツクヨミへ行かれたとお伺いしましたわ!」

 目の前のご令嬢たちは、きゃいきゃいと興奮気味にその事実を私に突きつけてきた。

「ち、違います、私とジゼル様はそのような……。」
「でも、2人で出かけられたのは事実ですよね!?」
「そ、それは確かに、事実ですが。」

 食い気味なご令嬢たちに、私は若干引き気味に事実を認めると「やっぱり!」とまた令嬢たちは感情を昂らせていた。

 もしかして、彼女たちは私を非難するつもりだろうか? 私なんてジゼル様に釣り合わないって。

「では、やはりお2人は深い仲にあるのですね!」

 それを、肯定できたらどれだけ良いだろう。
 そんな気持ちを抱いているという自分にも嫌気がさす。先ほど、自分の目的を明確にしたばかりだというのに。目の前のご令嬢たちの視線が刺さる。

 もう、やめて。

「違います! 私とジゼル様は、そのような関係ではありません!!」

 気がついたら、強く否定をしていた。
 こんなに強く言うつもりでなかった。だけれど、私の気迫に押されたのか令嬢たちはズサリと後ずさっている。

 まぁ、これでこれ以上は追求されないだろう。
 そう安堵した直後、令嬢たちが私ではなくその背後を見て顔を引き攣らせていることに気がついた。

「で、では、私たちはこれで。」

 そうして蜘蛛の子を散らすように、令嬢たちは私から急いで離れていった。

 私は何事かと思いながらも、嫌な予感と共に後ろを振り返る。

「あ……ジゼル、様。」

 私の後ろにいたのは、とても悲しい表情をしているジゼル様だった。
 今の一連の流れを聞いていたのだろうか。いや、きっと聞いていたはずだ。私は、彼を傷つけてしまったのだ。

 強く否定する必要なんてなかった。だけれど、気づいたら口から言葉が出てしまっていたのだ。

 ジゼル様と目が合う。
 彼は力なく小さく笑ってから、ふいっと視線を逸らして人混みの中へと歩いていく。

「待って、違……っ!」

 私は彼を追いかけようと踏み出し、そして声をかけようとしたところでハッと自身の口を塞いだ。

 私は、今何を言おうとしていた?

 違うって、何が違うのだろう。
 何も間違っていない、私はジゼル様と交際をしてはいないし、それに近しい関係でもない。
 私たちは、あくまでも、友人だ。

 それだというのにこれほどに心がざわつくのは何? 私は、私がわからない。

 少しずつ、自分の中で歯車がズレてきているのを感じる。

 私が視線を上げたときには、もう人影の中に彼を見つけることは出来なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】記憶を失くした公爵様に溺愛されています ~冷たかった婚約者が、なぜか猛アプローチしてくるのですが!?~

21時完結
恋愛
王都の名門貴族の令嬢・エリシアは、冷徹な公爵フィリップと政略結婚の婚約を交わしていた。しかし彼は彼女に興味を示さず、婚約関係は形だけのもの。いずれ「婚約破棄」を言い渡されるのだろうと、エリシアは覚悟していた。 そんなある日、フィリップが戦地での事故により記憶を失くしてしまう。王宮に戻った彼は、なぜかエリシアを見るなり「愛しい人……!」と呟き、別人のように優しく甘やかし始めた。 「えっ、あなた、私の婚約者ですよね!? そんなに優しくなかったはずでは!?」 「そんなことはない。俺はずっと君を愛していた……はずだ」 記憶を失くしたフィリップは、エリシアを心から大切にしようとする。手を繋ぐのは当たり前、食事を共にし、愛の言葉を囁き、まるで最愛の恋人のように振る舞う彼に、エリシアは戸惑いながらも心を惹かれていく。 しかし、フィリップの記憶が戻ったとき、彼は本当にエリシアを愛し続けてくれるのか? それとも、元の冷たい公爵に戻ってしまうのか?

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

悪魔の宰相とお転婆令嬢

アラセイトウ
恋愛
血も涙ないといわれている悪魔の宰相はいつも幼馴染兼婚約者の彼女に振り回されていて………。 氷の姫と炎の王子と同じ世界観です。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。 ☆2025年3月4日、書籍発売予定です。どうぞよろしくお願いいたします。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

悪役令嬢は楽しいな

kae
恋愛
 気が弱い侯爵令嬢、エディット・アーノンは、第一王子ユリウスの婚約者候補として、教養を学びに王宮に通っていた。  でも大事な時に緊張してしまうエディットは、本当は王子と結婚なんてしてくない。実はユリウス王子には、他に結婚をしたい伯爵令嬢がいて、その子の家が反対勢力に潰されないように、目くらましとして婚約者候補のふりをしているのだ。  ある日いつものいじめっ子たちが、小さな少年をイジメているのを目撃したエディットが勇気を出して注意をすると、「悪役令嬢」と呼ばれるようになってしまった。流行りの小説に出てくる、曲がったことが大嫌いで、誰に批判されようと、自分の好きな事をする悪役の令嬢エリザベス。そのエリザベスに似ていると言われたエディットは、その日から、悪役令嬢になり切って生活するようになる。 「オーッホッホ。私はこの服が着たいから着ているの。流行なんて関係ないわ。あなたにはご自分の好みという物がないのかしら?」  悪役令嬢になり切って言いたいことを言うのは、思った以上に爽快で楽しくて……。

愛する人のためにできること。

恋愛
彼があの娘を愛するというのなら、私は彼の幸せのために手を尽くしましょう。 それが、私の、生きる意味。

処理中です...