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侯爵令嬢、イベントを引き起こす
しおりを挟むぱちり、と目が開いた。
まず視界に飛び込んできたのは白い天井。
それから次にジゼル様の心配そうな表情だ。
「ジ、ゼル様?」
「あぁ、良かった……目を覚ましてくれて。」
私が声をかけると、ジゼル様はホッとしたように吐息をついた。一体何がどうなっているのか、頭を整理させようとしたところで彼が私の手をギュッと握っていることに気がつく。
そして、私も彼の手を握り返していることにも。
「あの……手を、握っているのは……?」
私が問いかけると、ジゼル様も握っている手に目を向けて、それからパッと離した。
「あぁ! いや、特に意味はないんだ。」
ジゼル様は何でもないというようにニコリと笑みを浮かべてからそう言った。平然としすぎていて、本当に何の意味もないように感じる。それが少し寂しくもあった。
「何が起きたか、覚えているかい?」
確か、東の森の事件の調査をするための偵察部隊に組み込まれて……狼の長に出会って、それで……。
「ログレス様は……痛ッ!」
そうだ、私はログレス様を庇って怪我を負い意識を失ったのだ。私はログレス様の無事を確認するためにガバリと起き上がってジゼル様に詰め寄る。だが、肩がズキリと痛んだためにそれは中途半端に終わった。
「安心して、ログレスは傷一つ負っていないよ。だから、横になってゆっくり休んで。」
ジゼル様は私をゆっくりと横に寝かせた。
ログレス様は無事だった……つまり、私がイベントを引き起こしてしまったのだ!!!
本来であれば、ログレス様が傷を負いロアネが癒す……きっとそんなイベントだったはずだ。だがしかし、今のこの状況を見てみよう! 怪我を負った私、傍にはジゼル様が心配そうにこちらを見ている。
私がイベントを起こしてどうするんだ~ッ!!
あぁ、頭を掻きむしりゴロゴロと転がり発狂してしまいたい。そんな気分だ。いや、ここはむしろプラスに考えようではないか。ログレス様とロアネの間でイベントが起きなかったということは、2人の間柄が縮まらなかったということだ。
そうだ、そういうことにしておこう。
「レア、フリーズしてるよ。」
パチン、と私の顔の前でジゼル様が手を打ち私を現実へ引き戻してくれる。あぁ、いけない、すっかり考え込んでしまったわ。
「ジゼル様、付き添ってくれてありがとう。」
「いま君のそばにいられるのは僕くらいだからね。みんなバタバタしていて忙しいみたいなんだ。」
お礼を言うと、ジゼル様は私を安心させるようにニコニコと笑みを浮かべた。
きっと、ジゼル様だって忙しいに決まっている。いつだって彼は忙しそうだった。それなのに、いつもこうして私に付き合ってくれるのだ。
優しい優しいジゼル様。
その優しさが残酷にも思える時がある。
「レア!!!」
大きな声で私の名を呼び、部屋に飛び込んできたのはエリーだった。こちらに駆け寄って来て私にギュッと抱きつく。
「バカ! いつも無茶ばっかりして! 心配させないでよ……。」
「ご、ごめんね、エリー。」
エリーが泣きながらそう言うので、私は力なく謝ることしか出来なかった。
それから扉の方に人影が見えてそちらを見ると、ロアネと目を伏せるログレス様の姿が見えた。
「怪我をしたって聞いてとても心配したけど、無事でよかった~!」
「ど、どこが無事なのよ!? レアの肩に、こんな、こんなおっきな傷が残るなんて!?」
ロアネが安心したように言った直後に、エリーが必死に私の肩とロアネを交互に見ながら訴えた。
どうして私よりエリーの方が必死なのだろう。
「大丈夫、僕は君に大きな傷があっても気にしないよ。」
「どういうフォローよ。」
ジゼル様が私の手をギュッと握って、真剣な顔で言うので私はつい突っ込まざるを得なかった。よくよく考えると中々に気持ちの悪い軽口だ。
「レア……君に大きな怪我を負わせてしまったのは俺の責任だ、すまない。」
ログレス様がぴしりと背筋を伸ばしたまま直角に腰を折って謝罪の言葉を述べた。一国の王子にここまでさせたことのある人間はそういないのではないだろうか。
「ログレス様、一国の王子に怪我を負わせるなんて、それこそ偵察部隊に編成された身としては許されないこと……だから、謝る必要なんてないわ。」
私の言葉に、ログレス様は眉を下げてから小さく笑った。
その頃には私の頭の中から"イベント"なんて言葉はすっかり忘れ去られてしまい、ただただ自身のことを心配してくれる友人がいることに対して嬉しさを感じているのだった。
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