モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー

文字の大きさ
上 下
20 / 32

侯爵令嬢、イベントを引き起こす

しおりを挟む

 ぱちり、と目が開いた。

 まず視界に飛び込んできたのは白い天井。
 それから次にジゼル様の心配そうな表情だ。

「ジ、ゼル様?」
「あぁ、良かった……目を覚ましてくれて。」

 私が声をかけると、ジゼル様はホッとしたように吐息をついた。一体何がどうなっているのか、頭を整理させようとしたところで彼が私の手をギュッと握っていることに気がつく。
 そして、私も彼の手を握り返していることにも。

「あの……手を、握っているのは……?」

 私が問いかけると、ジゼル様も握っている手に目を向けて、それからパッと離した。

「あぁ! いや、特に意味はないんだ。」

 ジゼル様は何でもないというようにニコリと笑みを浮かべてからそう言った。平然としすぎていて、本当に何の意味もないように感じる。それが少し寂しくもあった。

「何が起きたか、覚えているかい?」

 確か、東の森の事件の調査をするための偵察部隊に組み込まれて……狼の長に出会って、それで……。

「ログレス様は……痛ッ!」

 そうだ、私はログレス様を庇って怪我を負い意識を失ったのだ。私はログレス様の無事を確認するためにガバリと起き上がってジゼル様に詰め寄る。だが、肩がズキリと痛んだためにそれは中途半端に終わった。

「安心して、ログレスは傷一つ負っていないよ。だから、横になってゆっくり休んで。」

 ジゼル様は私をゆっくりと横に寝かせた。

 ログレス様は無事だった……つまり、私がイベントを引き起こしてしまったのだ!!!
 本来であれば、ログレス様が傷を負いロアネが癒す……きっとそんなイベントだったはずだ。だがしかし、今のこの状況を見てみよう! 怪我を負った私、傍にはジゼル様が心配そうにこちらを見ている。

 私がイベントを起こしてどうするんだ~ッ!!

 あぁ、頭を掻きむしりゴロゴロと転がり発狂してしまいたい。そんな気分だ。いや、ここはむしろプラスに考えようではないか。ログレス様とロアネの間でイベントが起きなかったということは、2人の間柄が縮まらなかったということだ。

 そうだ、そういうことにしておこう。

「レア、フリーズしてるよ。」

 パチン、と私の顔の前でジゼル様が手を打ち私を現実へ引き戻してくれる。あぁ、いけない、すっかり考え込んでしまったわ。

「ジゼル様、付き添ってくれてありがとう。」
「いま君のそばにいられるのは僕くらいだからね。みんなバタバタしていて忙しいみたいなんだ。」

 お礼を言うと、ジゼル様は私を安心させるようにニコニコと笑みを浮かべた。
 きっと、ジゼル様だって忙しいに決まっている。いつだって彼は忙しそうだった。それなのに、いつもこうして私に付き合ってくれるのだ。

 優しい優しいジゼル様。
 その優しさが残酷にも思える時がある。

「レア!!!」

 大きな声で私の名を呼び、部屋に飛び込んできたのはエリーだった。こちらに駆け寄って来て私にギュッと抱きつく。

「バカ! いつも無茶ばっかりして! 心配させないでよ……。」
「ご、ごめんね、エリー。」

 エリーが泣きながらそう言うので、私は力なく謝ることしか出来なかった。
 それから扉の方に人影が見えてそちらを見ると、ロアネと目を伏せるログレス様の姿が見えた。

「怪我をしたって聞いてとても心配したけど、無事でよかった~!」
「ど、どこが無事なのよ!? レアの肩に、こんな、こんなおっきな傷が残るなんて!?」

 ロアネが安心したように言った直後に、エリーが必死に私の肩とロアネを交互に見ながら訴えた。
 どうして私よりエリーの方が必死なのだろう。

「大丈夫、僕は君に大きな傷があっても気にしないよ。」
「どういうフォローよ。」

 ジゼル様が私の手をギュッと握って、真剣な顔で言うので私はつい突っ込まざるを得なかった。よくよく考えると中々に気持ちの悪い軽口だ。

「レア……君に大きな怪我を負わせてしまったのは俺の責任だ、すまない。」

 ログレス様がぴしりと背筋を伸ばしたまま直角に腰を折って謝罪の言葉を述べた。一国の王子にここまでさせたことのある人間はそういないのではないだろうか。

「ログレス様、一国の王子に怪我を負わせるなんて、それこそ偵察部隊に編成された身としては許されないこと……だから、謝る必要なんてないわ。」

 私の言葉に、ログレス様は眉を下げてから小さく笑った。

 その頃には私の頭の中から"イベント"なんて言葉はすっかり忘れ去られてしまい、ただただ自身のことを心配してくれる友人がいることに対して嬉しさを感じているのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

殿下、私は困ります!!

IchikoMiyagi
恋愛
 公爵令嬢ルルーシア=ジュラルタは、魔法学校で第四皇子の断罪劇の声を聞き、恋愛小説好きが高じてその場へと近づいた。  すると何故だか知り合いでもない皇子から、ずっと想っていたと求婚されて? 「ふふふ、見つけたよルル」「ひゃぁっ!!」  ルルは次期当主な上に影(諜報員)見習いで想いに応えられないのに、彼に惹かれていって。  皇子は彼女への愛をだだ漏らし続ける中で、求婚するわけにはいかない秘密を知らされる。  そんな二人の攻防は、やがて皇国に忍び寄る策略までも雪だるま式に巻き込んでいき――?  だだ漏れた愛が、何かで報われ、何をか救うかもしれないストーリー。  なろうにも投稿しています。

【完結】記憶を失くした公爵様に溺愛されています ~冷たかった婚約者が、なぜか猛アプローチしてくるのですが!?~

21時完結
恋愛
王都の名門貴族の令嬢・エリシアは、冷徹な公爵フィリップと政略結婚の婚約を交わしていた。しかし彼は彼女に興味を示さず、婚約関係は形だけのもの。いずれ「婚約破棄」を言い渡されるのだろうと、エリシアは覚悟していた。 そんなある日、フィリップが戦地での事故により記憶を失くしてしまう。王宮に戻った彼は、なぜかエリシアを見るなり「愛しい人……!」と呟き、別人のように優しく甘やかし始めた。 「えっ、あなた、私の婚約者ですよね!? そんなに優しくなかったはずでは!?」 「そんなことはない。俺はずっと君を愛していた……はずだ」 記憶を失くしたフィリップは、エリシアを心から大切にしようとする。手を繋ぐのは当たり前、食事を共にし、愛の言葉を囁き、まるで最愛の恋人のように振る舞う彼に、エリシアは戸惑いながらも心を惹かれていく。 しかし、フィリップの記憶が戻ったとき、彼は本当にエリシアを愛し続けてくれるのか? それとも、元の冷たい公爵に戻ってしまうのか?

悪役令嬢は楽しいな

kae
恋愛
 気が弱い侯爵令嬢、エディット・アーノンは、第一王子ユリウスの婚約者候補として、教養を学びに王宮に通っていた。  でも大事な時に緊張してしまうエディットは、本当は王子と結婚なんてしてくない。実はユリウス王子には、他に結婚をしたい伯爵令嬢がいて、その子の家が反対勢力に潰されないように、目くらましとして婚約者候補のふりをしているのだ。  ある日いつものいじめっ子たちが、小さな少年をイジメているのを目撃したエディットが勇気を出して注意をすると、「悪役令嬢」と呼ばれるようになってしまった。流行りの小説に出てくる、曲がったことが大嫌いで、誰に批判されようと、自分の好きな事をする悪役の令嬢エリザベス。そのエリザベスに似ていると言われたエディットは、その日から、悪役令嬢になり切って生活するようになる。 「オーッホッホ。私はこの服が着たいから着ているの。流行なんて関係ないわ。あなたにはご自分の好みという物がないのかしら?」  悪役令嬢になり切って言いたいことを言うのは、思った以上に爽快で楽しくて……。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

愛する人のためにできること。

恋愛
彼があの娘を愛するというのなら、私は彼の幸せのために手を尽くしましょう。 それが、私の、生きる意味。

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

マルタン王国の魔女祭

カナリア55
恋愛
 侯爵令嬢のエリスは皇太子の婚約者だが、皇太子がエリスの妹を好きになって邪魔になったため、マルタン王国との戦争に出された。どうにか無事に帰ったエリス。しかし戻ってすぐ父親に、マルタン王国へ行くよう命じられる。『戦場でマルタン国王を殺害したわたしは、その罪で処刑されるのね』そう思いつつも、エリスは逆らう事無くその命令に従う事にする。そして、新たにマルタン国王となった、先王の弟のフェリックスと会う。処刑されるだろうと思っていたエリスだが、なにやら様子がおかしいようで……。  マルタン王国で毎年盛大に行われている『魔女祭』。そのお祭りはどうして行われるようになったのか、の話です。  最初シリアス、中明るめ、最後若干ざまぁ、です。    ※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】死に戻り8度目の伯爵令嬢は今度こそ破談を成功させたい!

雲井咲穂(くもいさほ)
恋愛
アンテリーゼ・フォン・マトヴァイユ伯爵令嬢は婚約式当日、婚約者の逢引を目撃し、動揺して婚約式の会場である螺旋階段から足を滑らせて後頭部を強打し不慮の死を遂げてしまう。 しかし、目が覚めると確かに死んだはずなのに婚約式の一週間前に時間が戻っている。混乱する中必死で記憶を蘇らせると、自分がこれまでに前回分含めて合計7回も婚約者と不貞相手が原因で死んでは生き返りを繰り返している事実を思い出す。 婚約者との結婚が「死」に直結することを知ったアンテリーゼは、今度は自分から婚約を破棄し自分を裏切った婚約者に社会的制裁を喰らわせ、婚約式というタイムリミットが迫る中、「死」を回避するために奔走する。 ーーーーーーーーー 2024/01/13 ランキング→恋愛95位 ありがとうございました! なろうでも掲載20万PVありがとうございましたっ!

処理中です...