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侯爵令嬢、ペアチケットを使う
しおりを挟む私は、アニーから受け取ったチケットをジッと見つめてどうするかを考えていた。
アニーのくれたチケットは、カップル専用だった上に有効期限まで書かれていた。しかもその期限が切れるのは3日後。
こんなの詐欺だ、とキレたくなったが確かにアニーは嘘なんかついていない。これは、れっきとした"シナ・ツクヨミ"の招待券だ。
さぁ、問題はこのチケットを誰と使うか、だ。
サムは仕事でしばらく戻らないし、お父様とはどう考えてもカップルには見えないな。
そうなると、もう後に残ってるのはジゼル様かログレス様だ。そして、ログレス様は仮にも王族……そんな気軽に誘える相手ではない。
というのも、当たり前だが周りからログレス様を狙ってるのではないかと誤解されるのは得策ではないからだ。それに、エリーに変に勘違いされて絶交なんてされてしまったら、私はそれこそ立ち直れない。
といってもなぁ、ジゼル様を誘うのも……。
当て馬の恋を応援するのだと決めた手前、その相手をデートに誘うような真似は……。
そう考えたところでピコン! と思いついた。
このチケットをジゼル様に譲って、ロアネと2人で行って貰えばいいのだ、と!
「……そうなると私が食べられないな。」
決定的な穴にも気がついて、くっと顔を歪め考え込むが意を決することにした。
このチケットを、ジゼル様に譲る!!
涙なしには語れない、それくらいの大決心だ。
あぁ、私はいつ"シナ・ツクヨミ"に行けるだろうか。
思い立ったらすぐ行動だ。
私は出かける支度を始めてジゼル様の元へ向かうことにした。きっと今のこの時間ならば、王城で仕事をしているだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「失礼します!」
私は、ジゼル様のいるであろう部屋にノックをして入る。
勿論、仕事が終わり休憩時間に入る頃を狙って訪れている。これならば仕事の邪魔にはならないはずだ。
「何の用ですか?」
ジゼル様の冷たい視線が私に突き刺さった瞬間に、彼は目を見開いて驚いた表情をした。
「レ、レア? どうしてこんなところに?」
先程の冷たい視線とは打って変わり、暖かい視線が向けられる。
「ジゼル様に渡したいものがあって。」
「僕に渡したいもの?」
ジゼル様は一体なんだろうとワクワクしているのが見ただけでわかった。
私はポケットからチケットを2枚取り出して、それをジゼル様に見せる。
「ぜひ、これでロアネとディナーでも行って!」
「ペアチケット……どうしてロアネ嬢と?」
ジゼル様はチケットを受け取り、じっと見つめながら私に問いかけた。
そんなことは決まりきっている!!
2人の距離をもっと縮めるためです!!
夜会でのログレス様とロアネのダンス、あれは確かに圧巻だったしあの瞬間に何かが2人の間で芽生えてしまった……。
いま、完全に状況はログレス様が一歩前進している! だから、これを機にジゼル様も一歩前進するのです!!
……とは言えない。
そんなに露骨に宣言できない。
「ペアチケットなら、僕とレアの2人で行けばいい。」
そうだろう? とジゼル様は私に投げかけてくる。
「いえ、あの、私……東国の料理は…….。」
「あれ、おかしいな。この前レアが"シナ・ツクヨミ"の料理を食べてみたいって言っていたのを僕は確かに聞いたのだけれど。」
しまったーーーッ!!
確かに、ジゼル様に何か気になるものはないかって聞かれた時にそう答えたような気がする。
「え、えぇ、確かにそうだったかもしれないわね。」
私は苦笑いをしながら、ジゼル様から目を逸らして言う。
「じゃあ、僕とレアでこのチケットは使うってことで良いよね?」
ジゼル様が貰ったチケットを掲げて、私に同意を求めてくる。
完全に逃げ場が無くなった、どう考えてもジゼル様はロアネとは行ってくれる気がしない。
名案だと思っていたが誤算だった。
だって、2人でディナーに行くにはまだロアネとジゼル様の関係性は浅い!
つまり、私の完全敗北。
「……はい。」
私は大人しく返事をして、ジゼル様とのディナーに了承した。
自身の企てが上手くいかなかったことにしょんぼりとする。だけれど、そのおかげで私は念願の"シナ・ツクヨミ"のディナーに行けるのだと思うと、むしろ失敗してよかったのではないかとさえ思ってしまう。
はっ! これが世に言う"掌返し"ね!
「さて、ディナーの日程なんだけど、早速今夜なんてどうかな?」
ジゼル様に声をかけられ、私はハッとする。
いけない、また考え事に集中してしまったわ。
「こ、ここ、今夜!?」
何とも急な申し出に私は驚いてしまう。
私の素っ頓狂な声に、ジゼル様は笑い出しはせずに依然と微笑みをキープしていた。
「このチケットの期限は近いようだし、早いに越したことはないだろう?」
「まぁ、そうだけれど……。」
私が目を泳がせるのを、ジゼル様が面白そうに眺めているのが視界の隅に映る。何と趣味の悪い。
「仕事が終わったら君の家に迎えに行くよ。とびきりオシャレでもして待っててね。」
ジゼル様は私にそう言い残して昼の休憩を取るために部屋を出て行った。
ジゼル様とのディナーが今日に確定してしまった。
今の私の服は? お世辞にも高級店へディナーに行く格好ではない、ついでに仕事場にでも寄ろうかと随分と動きやすい服装できてしまった。
「……仕事なんかしてる場合じゃない!!」
私は大慌てで部屋を出て家へと向かう。
ジゼル様が迎えに来るまでに身支度を整えないと!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ねぇ、本当におかしくない!?」
もうこれで3度目になるが、メイドに確認せずには居られない。
家についてから、ドレスや髪型、メイクなど試行錯誤しながら最上級の仕上がりを求めたのだが、本当にこれで良いのかどうか不安で仕方がないのだ。
「えぇ、とてもお綺麗ですよ。」
長年、私の世話をしてくれているメイドのセネカが肯定してくれる。このやりとりも3度目な訳だが。
ドレスは淡い水色、髪は緩く纏める。化粧も濃くはない。全体的に強い印象にならないようにまとめてみたが、この選択は正解なのかどうか。
ただ、もしもこれが不正解だとしても今更着替える時間なんか無い。仕事の終わる時間を考えたら、私の家にジゼル様が到着するのはもうすぐだろう。
「ジゼル・ヴァレンティア様が到着なさいました。」
部屋の外から使用人の声がした。
私は意を決して部屋を出る。階段を降り、エントランスを出ると門の前に馬車を連れたジゼル様が待っていた。
「あの、変じゃないかしら?」
私は自信のない声を出しながら問いかけ、そしてチラリとジゼル様を見る。
「とても綺麗だよ。」
ジゼル様はにこりと笑いながら私に声をかけ、そして手を差し出す。私はその手を掴み馬車へと乗り込んだ。
「レアと2人でディナーに行けるなんて嬉しいな。」
「そう思って貰えるなら光栄だわ。」
思えば、ジゼル様と2人で食事に出掛けたことはなかった。誘われることはあったけれど、それはお得意の彼の軽口で、それを本気で捉えて了承したことは一度もなかった。
「レアは、いつも僕と2人でどこかへ行くことを拒むから。」
「勿論、軽口に騙されるほど軽い女じゃないわ。」
私がそう言うと、ジゼル様は眉を下げる。
「僕はいつだって本気なんだけどね。」
私は目を見開いて固まる。
それは、つまり、いつも私にデートを申し込んでいたということ?? まさか、ジゼル様がこんなモブなんかに、きっと何かの冗談に決まってる。
「冗談だから、そんな顔しないでよ。」
「じょ、冗談、そうよね! そうに決まってるわよね! ビックリさせないで頂戴! 本当に、ジゼル様の軽口には困らされるわ。」
私がジゼル様の言葉に安堵すると、ジゼル様は少し悲しそうな表情をする。
そうよ、冗談よ、そうでなければ困る。
私みたいなモブが期待をするなんて、勘違いも甚だしいわ。
「着いたみたいだね。」
ジゼル様が窓から外を眺めて呟いた。
私も外を眺めると、そこには東国様式の建物が立派に一軒建っていた。
「凄い、まるで……。」
日本の料亭だ。
前世を懐かしく感じて、私はその建物に見入ってしまう。もう2度と触れることはないと思っていた。
今世の生活に不満を感じたことはない。
だけれど、やはりたまに前世の生活のことを考える。家族、友人、好きなマンガやゲーム、食べ物、何もかもが懐かしくて、戻りたいと思うこともある。
叶うことはないけれど、こうして少しでも前世の生活に似た何かに出会えることが、ただただ嬉しくて仕方がない。
馬車の扉が開き、先にジゼル様が降りる。
それから私をエスコートするために手を差し出し、私はその手を取って馬車から降りる。
念願の"シナ・ツクヨミ"だ。
一体、どんな料理が出てくるのか今から待ち遠しい。
「ようこそ、いらっしゃいました。」
私たちが店に入ると、顔立ち、衣服共に東国のものである女性が出迎えてくれた。
「こんばんは、月詠さん。」
「ジゼル・ヴァレンティア様。本日はお越し頂き誠にありがとうございます。」
ジゼル様の声の掛け方から、2人は知り合いのようだと感じられた。
そして彼女が月詠 司菜なのだとジゼル様の呼んだ名前から気づく。
「招待券をご利用とのことで、お席はご準備してあります。こちらへどうぞ。」
ピンと張った綺麗な姿勢のまま、月詠さんは席へと歩いていく。そういえば、旅館に行った時の中居さんがあんな風に綺麗な姿勢で歩いていたな、と思い出された。
私たちが案内された席に座ると、まずは温かいお茶が出された。
「本日は御来店ありがとうございます。当店は東国の料理をそのまま皆さまに楽しんで頂くことをコンセプトとしています。こちらでは中々食べることのない食材なども取り扱っておりますので、ご了承下さい。それでは、"シナ・ツクヨミ"でのひとときをご堪能くださいませ。」
月詠さんが綺麗にお辞儀をして私たちの席から離れていった。
「ジゼル様は月詠さんと知り合いのように挨拶していたけれど……。」
「あぁ、ヴァレンティア家はこの店の出資者なんだ。」
そんなこと初めて知りましたけれど!!
もしかして、それならわざわざチケットをアニーたちから譲って貰わずともジゼル様に頼めば良かったのか。
いや、過ぎたことを考えても仕方がない。
今こうして来れているのだ、それで良いではないか。
私は一体どんな料理が出てくるのか、期待に胸を躍らせた。
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