モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

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侯爵令嬢、モノに釣られる 後編

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「さぁ、着いたぞ!」

 アニーは元気良く扉を開け外に出た。
 東の森の入り口に到着し、私は膝で丸まっている魔獣を抱き上げて馬車から降りた。

『あなたの住処へ案内してくれる?』
『良いけど……最近狼たちがすっごく怖いんだ。人間のお姉ちゃんたち、怪我しちゃうかもしれないよ?』

 魔獣は私の顔を心配そうに見上げて問いかけるが、私はニコリと笑いかけた。

『大丈夫、心配しないで。』

 私が言うと『そっか!』と納得したようで、住処への道案内を始めてくれた。

「ふむ、狼の動きが活発になってるのか……何かあるかもしれないし調査をした方がいいだろうか。」

 アニーは、うーんと考え込みながら森を歩く。

「まあ、それは僕たちが判断することじゃないよ。帰ったら団長に報告しよう。」

 サムがアニーの考えに対して意見を述べる。
 それもそうか、とアニーは納得して考えることをやめたようだった。

「あ~あ、また仕事増えるのかよ。もし騎士団と合同のでかい仕事になったら、殿下が取りまとめることになるかもしれない……嫌だー!!」

 ザジンさんが、うがーっと叫びながら頭を抱えた。

「まぁ、殿下は生真面目だからいつも以上に任務が厳しいことに変わりはないな。」

 テムジェンさんの表情もどことなく暗くなっているような気がする。

 ログレス様はそんなに厳しい人なのか。
 いや、小さい時やら学園の時の様子からなんとなくそれは伝わってくる。

 まあ、厳しいというよりお堅い真面目な性格であるだけなような気はするが。

「ザジン、テムジェン。僕の妹は殿下と仲が良いんだ、陰口はよして欲しいな。」

 サムの言葉を聞いて、ザジンさんとテムジェンさんは「あっ」と顔を見合わせた後に私を見て顔を青くした。

「い、い、今のは陰口じゃないぞ!」
「決して、決して殿下に不満を言っているわけでは!!」

 ザジンさんとテムジェンさんがあまりにも焦りながら言うので私はクスリと笑ってしまった。

「聞かなかったことにします。」

 私がそう伝えると、2人は「ふぅ」と一息ついて安心した表情になった。

 それにしても、この会話の中にログレス様が出てくるとは思わなかった。
 そして、ここで少女漫画や小説を前世でいくつも読み漁った私はピンと来てしまった。

 もしかしたら、この狼が活発に動いているという事件が何かイベントを引き起こすのではないかと!!

 例えば、そうだ。
 調査に向かったログレス様が大怪我を負い帰ってきて、それを見たロアネがログレス様が居なくなったらと考えて大切さを実感する、とか!!
 逆に狼たちが何らかの理由でロアネを傷つけてログレス様が自分の無力さや守れなかったことへの悔しさから何かを思い立つ、とか!!

 いや、もしかしたらもっと予想だにしない何かが……。

 パン!! と目の前で音が聞こえて、私はハッとした。

「妹よ! またトリップしてたぞ!」

 どうやら、私がまた考え事をして意識を飛ばしていたようで、アニーが手を叩き音を出したことで現実に引き戻してくれたらしい。

「おー、レアちゃんも先輩たちに負けず劣らずの変人ぶりで。」

 何か関心したような声音でザジンさんが言った。
 うーん、全く褒められたような気がしない。

『もう少しで住処に着くよ!』

 腕の中の魔獣が私に話しかけた。
 それを、みんなにも伝えると「もう仕事が終わる!」と喜んでいた。

 特にザジンさんが喜んでいたように見える。

 しかしその喜びも束の間、真横の茂みからヴヴヴッと唸り声が聞こえた。
 横を見ると光る目が4つ見えた。

「ガード!」

 サムが私の前にバッと出て魔法で障壁を作り上げた。おかげで飛び出してきた魔獣から身を守ることができた。

 飛び出してきたのは狼の魔獣2匹だった。

 私は何とか対話を試みるがノイズが酷くて対話にならない。これは、向こうが対話出来るほどの精神状態ではないということだ。

 ひどい錯乱状態か怒りか、何かはわからないがここでは私は何の役にも立たないというわけだ。

「対話は出来ない! 戦闘は避けられなそう!」

 私がそう叫ぶと、アニーとザジンさんは「OK」と了承してニヤリと笑った。

 サムは私を守るために私の近くにぴったりと張り付き、テムジェンさんはアニーとザジンさんにサポート魔法をかけていた。

炎の渦よファイア・トルネード!」

 ザジンさんが炎の魔法を使い狼に攻撃する。
 それは見事に命中し、狼に傷を負わせた。

「何してるんだ! ここは森の中だぞ、木を燃やすつもりか!?」
「そんなこと言っても、オレの得意魔法は火属性なんスよ!」

 森で火の魔法を使ったことにアニーが苦言を呈すと、ザジンさんはそれに反論した。

「ザジンは時間稼ぎをしていろ、尻拭いはあたしがしてやるさ。」

 アニーはそう言って魔法の詠唱を始める。
 動きが止まったアニーに狼は飛びかかるが、ザジンさんが魔法でそれを阻止した。

「オレが遊んでやるよ。」

 狼の一匹はザジンさんに気を取られたが、もう一匹は未だにアニーを狙っていた。

土の障壁アースガード!」

 テムジェンさんがアニーの前に出て、地面に手をつきそれから魔法で土の障壁を作り上げた。
 狼はそれにガツン! とあたり「きゃいん」と小さく鳴き声を上げた。

炎の槍ファイア・アロー!」

 ザジンさんは炎の槍を狼に撃つ。
 確かにそれは狼に当たったが、飛び火して周囲の草木に燃え移った。

「やべ!!」
「心配するな。」

 ザジンさんが焦りを纏った声を発したが、アニーは冷静に一言呟いた。

「凍りつけ!」

 アニーが大声を出しながら魔法を繰り出すと、あたり一面が氷に覆われた。
 おかげで狼は二体ともピキンと凍りつき、ザジンさんの魔法により燃え上がっていた草木も凍り見事に消化された。

「上級魔法の星屑の氷スターダスト・アイシクルか……今まで使ってたことあったっけ?」

 サムが首を小さく傾げながら言った。

 基本的に魔法は技を詠唱することで使うことが出来る。技名だけで使用できるのが単唱。そして何も言わずに使用できるのが無詠唱だ。

 詠唱は難しい魔法になればなるほど使用に時間がかかるし、魔法力も随分持っていかれる。

 上級魔法を使ってもケロリとしているアニーの魔導師としての才能を何となく再認識した。

 私たちは再び住処まで歩き始める。
 狼と遭遇した場所から大した遠くはなく『ここだよ。』と魔獣が言った場所には小さな洞穴があった。

『パパーッ!』

 魔獣は腕から逃れ、洞穴の入り口から中に向かって叫んだ。すると、どしっどしっと音を立てながら大きなクマの魔獣が姿を現した。

『キサマらが我が息子を攫ったのか。』

 魔獣からは殺気が放たれていて、私たちはズッと一瞬身を引く。

『あなたのご子息が、狼に襲われていたところを我がアレグエッド王国の魔導師が保護し、数日療養致しました。そして、案内の元住処まで送り届けたのです。』

 私が対話でそう伝えると、魔獣は殺気を治めて『本当か?』と魔獣の子供に問いかけた。
 子供は『そうだよ!』と明るく答えたあとに、父である魔獣の足に擦り寄った。

 その答えを聞いた魔獣は、朗らかな笑みを浮かべ先ほどとは打って変わり柔和なオーラを漂わせた。

『そうでしたか、大変お世話になりました。先ほどは殺気立てて申し訳ない。』

 魔獣はペコリと頭を下げ、それから子供を連れて洞穴にのしのしと戻っていった。

『お姉さんたち、バイバァイ!』

 魔獣の子供は、私たちの方に元気よく手を振り別れを告げた。

「いんやぁ、魔獣があんな表情すんの初めて見たよ、オレ。」

 ザジンさんは「世界は広いなぁ」と自己完結したようにうんうんと頷いた。

「さて、仕事は終わったことだし帰るか。勿論、帰路も気を抜くべきではないがな。」

 テムジェンさんの言うように帰りもまた狼が襲ってくるかもしれないため気は抜けなかった。
 しかし、それは杞憂に終わり何事もなく森を抜け入り口まで戻って来ることができた。

 そのまま、馬車に乗り王国まで帰ってきたが、何故か馬車ではアニーがソワソワとしていて様子がおかしかった。

 その理由はわかっている。
 私はまだ仕事の報酬を貰っていないのだ。

「それじゃ、レアちゃんまたね~!」
「今回の手助け感謝する、またいつか会えることを願っているぞ。」

 ザジンさんとテムジェンさんは、私に別れの挨拶をして帰っていく。
 その流れに乗って、サムとアニーも魔導所という魔導師たちの集まる魔導師団の本部に帰ろうとしていた。

「アニー、サム、まだ仕事の報酬を貰っていないわ。」

 私が冷ややかな声で告げると、2人はギクリとして動きを停止させた。

「もしかして、招待券を本当は持っていないなんてオチじゃないでしょうね?」

 私がそう言うとアニーは懐から2枚のチケットを取り出した。

「何を言うんだ、勿論持っているさ!」
「ちょっと忘れてただけだよ。」

 何だ、持っているのか。
 でも……じゃあ何で2人はこんなにも焦っているのだろう?

「お姉ちゃんたちは仕事が忙しいから数日お家には帰らないとお母様に伝えてくれ、それじゃ!」
「レア、またね。」

 アニーは私の手をギュッと握りながらチケットを渡してきて、すぐさま踵を返してスタスタと去っていく。
 サムも同様にチケットが渡ったことを確認して別れを告げると足早に去っていった。

 アニーが自身を"お姉ちゃん"と称するなんて何だかおかしい。

 まあ、だけれどこれで"シナ・ツクヨミ"にいけるわけだ。私はウキウキしながらその券をみて、ギョッとして目を大きく開いた。

「くぅううう、やられたぁああああッ!!」

 私の声が街中に響き渡る。
 アニーから渡された招待券、それは男女ペアでのみ使えるカップル専用券だったのだ。
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