モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー

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侯爵令嬢、モノに釣られる 前編

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 夜会から数日、私はジゼル様と顔を合わせるのが少し気まずく感じたせいか他の夜会に行く気力は少しも湧いてこなかった。

 その為、自宅と仕事先を往復するだけの生活を送っていた。周りが少し心配したような視線を送っていることには気がついていたが、特に気にしないことにした。

 ただ、心配する周囲の人の中に含まれない人間が見事に身内にいる。

「なぁなぁ、良いじゃんかよ~! たまには姉ちゃんたちの為に力を貸してくれよ~!」

 私の腕を掴みぶんぶんと振り回して懇願するその人は、私の血の繋がった姉であるアニュエル・オールクラウドだ。

「嫌よっ! それに腕を振り回すのはやめてっ!」

 私は、ふんっと怒り気味に私の腕を掴む姉ーーアニーの手を振り払った。

 アニーは侯爵家の令嬢の影も形もない。口調も態度も活発で男らしく、淑女らしい様子などしたこともない。
 ただ一つあるとするのならば、綺麗な長いブロンドの髪くらいだろうか。凛々しい顔立ちにはそばかすが散らばっていて、化粧っ気など全くない。

 そんな彼女は世間では完全に行き遅れのレッテルを貼られていた。
 それを、我が姉が気にした様子など一度も見たことがないけれど。

「だけど、レアの力があれば今回の仕事は随分と楽に終わるんだ。」

 そう語るのは私の兄、サミュエル・オールクラウドである。アニーとサムは双子の姉弟で今年22歳である。

 兄は姉とは対照的に物静かで大人しい性格だ。
 顔立ちもアニーより女の子らしく、一体どちらが姉でどちらが兄なのかわからない。

 そんな彼も変わり者である為婚約話の一つも上がらない。

「危険な仕事には関わりたくないの。」

 私がツンとした声で言うと、兄と姉は顔を見合わせた。

 2人は確かに変わり者だが、魔法の才能はピカイチで姉は攻撃魔法を兄は防御魔法を得意としている。
 そんな2人の仕事は言わずもがな魔導師だ。

 そして今、私は彼らの仕事の手伝いをして欲しいと頼まれている訳だ。

「そんなに危険じゃないし、あたしたちがちゃんとレアを守るから安心してよ。」
「そう言って、この前危うく片腕が無くなりそうになったこと覚えてないっていうの!?」

 私はアニーの言葉に怒りを露わにしながら言い返すと、アニーは罰が悪いようにハハハと乾いた笑いを発した。

 以前、アニーの仕事を手伝った際に敵の攻撃が飛んできてあと少しのところで腕をバッサリ切ってしまうところだったのだ。

「大丈夫、今回は僕がいるから。」

 そう自信ありげにサムがニコリと笑う。
 アニーよりもサムの方が話が通じるし、突飛なことはしないので信じられる。

 変わり者であるということに違いはないが。

「勿論、身内だからってタダで引き受けろとは言わないさ。」

 アニーがポケットをガサゴソと探るが、あれ? と言いながら中々すんなりと探し物は出てこない。
 ガサツな性格なので一体どこに入れたかどうかも覚えていないし、まずそれが綺麗な状態で出てくることは期待できないだろう。

「おー、あったあった。じゃじゃーん! これなーんだ!」

 アニーが取り出したものは、クシャクシャな紙だった。やはり、綺麗な状態では出てこなかった。

「さぁ、どうせどこか美味しいお店の招待券とかでしょ? 並大抵の場所じゃなければ私の心は動かないわよ。」

 私は美味しいものを食べることが大好きだ。
 だから、アニーがお願い事をするときは大抵そういったものを引き合いに出してくる。

 しかし、前回のようなこともあるしアニーたちを手伝うことに関しては並大抵のことでは心を動かすつもりはない。

「なんと、"シナ・ツクヨミ"の招待券だ!!」

 アニーの言う店の名前を聞いて私は目を開いた。

 "シナ・ツクヨミ"は、予約が1年先まで埋まっているという今貴族たちに大人気の東国料理店だ。
 店名にもなっている料理人、月詠つくよみ 司菜しなは東国出身で天才と謳われている。

 そこの料理はまさに前世の日本の和食であり、私は常々食べたいと思っていたが予約が取れずにいたのだ。

「ど、どうして、アニーがその招待券を……?」
「なんだ、あたしにだってツテくらいはあるさ。」

 私の問いかけにキョトンとしながら答え、それからアニーはニッと笑って見せた。

「さぁどうする? あたしたちの仕事を手伝う気になった?」

 私は食べたい欲と仕事をしたくないという気持ちとの狭間で揺れ動いていた。
 ぐっと拳を握りながらギュッと目を瞑り、招待券から目を離していたが気がついた時には私はコクリと頷いていた。

「じゃあ交渉成立ってことで!」

 私はアニーの懐に仕舞われる招待券を見つめながらハァ……とため息を吐き、自分は安い女だと落胆した。



 私はいつもの動きやすい仕事着に着替えてエントランスでアニーとサムを待った。

 仕事着は黒を基調とした私の所属する部署の制服で長袖のジャケットに長ズボンだ。側から見たら騎士や魔導師と対して服装は変わらない。
 貴族令嬢たちからしたら、それを着るなど卒倒してしまいそうな事象だろう。しかしながらこれは仕事だ、趣味ではない。

「レアごめん、アニーがまた支度に手間取ってる。」
「はぁ、どうせそうだろうと思った。」

 サムが少しだけ眉根を下げ申し訳なさそうに私に伝えながら階段を降りエントランスへと辿り着く。
 きっと、親しい人でなければサムのこの微妙な表情はわからないだろう。しかしながら、私は生まれてからずっと妹をやっているのでわかるのです!!

 そして、アニーはいつも何かを始めるのが遅く支度も遅い。まあ端的に言えば時間にルーズなのである。

「いやぁ、ごめんごめん!」

 アニーは予定より10分ほど遅れてエントランスに来た。特に手間取るような荷物を持っているわけではなく、ぴょこんと飛び跳ねる髪の毛を見て「こいつ寝てたな」と私は心の中で悪態をついた。

「さぁ、行こうか。仕事の内容は歩きながら説明するよ。」

 アニーは遅れたにも関わらず、何もなかったかのように先行して歩き始めた。

 私はムッとしながらも仕方なくその後に続き、私の後ろをサムが相変わらずの無表情でついてきた。

「あたしたちは、先日仕事の最中に東の森で弱った魔獣の子供を保護したんだ。不用意な討伐は生態系を壊しかねない、それはレアも知っているよね?」

 私はアニーの問いかけにコクリと頷いた。
 危険な指定魔獣や危機的状況ではない限り魔獣の討伐は不用意にしないことになっている。それは、生態系を壊し更に自然を破壊することに繋がるからだ。

「それで、その魔獣の子供が元気になったから森に返したいんだけど、あたしたちが子どもに手を出したのだと誤解されて不必要な戦闘を起こすのはどう考えても無駄なことだろ?」

 私は再びアニーに投げかけられたので小さく頷いておいた。

「てことで、我が妹の出番というわけだ! 魔獣の子供と対話して親の元に連れて行き、親に事情を説明して子供を返す。その間、あたしたちがレアのボディーガードをするって算段だ。」

 どうだ、完璧だろうと言わんばかりの表情を私は華麗に無視してスタスタと歩き続けた。

 正直、変人呼ばわりされていようと貴族が歩いて移動をしているという現状もなんだかおかしいような気がするけれど、まぁたまには歩きも悪くない。

 私たちは貴族街、そして市街地も通り抜け王国の門まで来ていた。

 そこには兄と姉の同僚である魔導師たちが2人、何か箱を持って私たちを待っていた。

「おー、妹さん連れてこれたんだ。」

 肩ほどまである金髪の男性が私のことをジロリと覗き込んで感心したように言った。

「どうせ、物で釣ったんだろ。」

 今度は箱を抱えた黒髪短髪で長身の男が、フッと笑いながら言った。

「当たり前でしょ、アニーに人望があるように見える?」

 サムが問いかけると2人の男性は首を横に振った。

「おい、だいぶ失礼だぞ。」

 アニーはムスッとしながら反論して、男の抱えた箱を引ったくった。

「この中に魔獣の子供がいる。街の中では開けられないから外に出てから箱を開けてレアに対話をして貰う。まだ走り回れるほど元気じゃないから、きっとこいつは逃げ出したりしないはずだ。」

 アニーが箱を見せながら私に説明をしてきた。

「それから、今日の任務に同行するあたしたちの同僚2人だ!」

 アニーが声をかけると、男性2人はズイと私の前に出て来た。

「オレはザジン! 君の姉さんと兄さんの後輩だけど実力はピカイチだから今日は安心してくれよ! よろしくな!」

 金髪の男性は明るく自己紹介しながら私に手を伸ばして来たので、私もその手を取った。

「俺はテムジェン、サポート魔法が専門だ。今日は君を無事に帰すと約束しよう。」

 なんだか、この人がこの中で1番信用できそうだとこの自己紹介の一声で感じた。
 それにしても、この厳つい見た目でサポート魔法とは意外だな。勿論、口には出さないけれど。

 テムジェンさんとも握手を交わした後、私も自己紹介をした。
 それから、私たちは王国から東の森へと移動を始めた。

「じゃあ、この子と対話してみます。」

 私は、東の森までの馬車の中でパカリと箱の蓋を開けて箱を覗き込んだ。
 そこには小さなくまのような魔獣の子供が静かに丸まっていた。

『今度はなぁに? ボクは眠いんだ。』

 私がスキルを発動すると、寝ぼけたような声が聞こえて来た。この魔獣が発した言葉だ。

『これからキミを仲間のもとに返してあげるよ。』

 私が魔獣に声をかけると、魔獣は驚いたような表情をした。

『ボクの言葉がわかるの?』
『うん、わかるよ。』

 私が魔獣の問いかけに頷くと、魔獣は嬉しそうに箱から飛び出てぴょこんと私の膝の上に乗った。

『ボク、話し相手がいなくてずっと寂しかったんだ。』

 魔獣とは思えないほどの人懐こさに私の方が驚いてしまったが私は平常心を保った。

『あなたの仲間はどこにいるかわかる?』

 私が問いかけると、魔獣はうーんと首を傾けた。

『たぶん、わかると思う。ボク、みんなといるときにちょうちょ追いかけたら逸れちゃって、迷子になってたら狼に襲われちゃったんだ。住処に行けばいると思うけどなぁ。』

 少し自信なさげに言いながら、今度は窓の外で飛ぶ虫に気を取られてそちらにちょっかいを出そうとし始めた。窓が邪魔をして触れないとわかったら、むすりとして私の膝の上で身体を丸めた。

「魔獣は何て?」

 サムが、魔獣の様子をジッと見てそれから私に目を向けて問いかけて来た。

「仲間は住処に行けば居るんじゃないかって。」
「じゃっ、その住処に案内して貰えばいいってわけだ。」

 ザジンさんは仕事が随分楽になった、と嬉しそうにする。

「ふむ、こんなに魔獣が人懐こいとは、常々討伐しかして来なかった我々としては意外なものだ。」

 テムジェンさんは、興味深そうに私の膝の上の魔獣を見てたが、決してそれに触れようとはしなかった。

「私たち特異体質アブノーマル・スキルからしたらあまり珍しい光景ではありませんけどね。」

 私のような特異なスキルを持った人たちの集団「アンユース」は仕事で頻繁に魔獣と接する。
 その際討伐などではなく平和的解決の手段として接するため、この光景は珍しくない。

 しかし、この魔獣は会ってすぐにこの態度なので魔獣としては珍しいことに変わりない。
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