モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー

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侯爵令嬢、当て馬と踊る

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 私はとても焦っていた。
 ログレス様とロアネがダンスを踊り良い雰囲気になっていて、その様子をエリーが何事もないように見ていたからだ。

 エリーはこのまま動かないつもりだろう。
 じゃあ、次はジゼル様を応援する番だ。

 ログレス様とのダンスの時間よりもジゼル様との時間の方が楽しかったとロアネが思えば、もうこれはジゼル様の大勝利間違いなし。

「ジゼル様!」
「レ、レア、急に大きな声を出すから驚いたよ。何だい?」

 ジゼル様はエリーと何かを話していたようで、私が急に名前を呼んだために驚いたようだ。

 これは私が全面的に悪い。

「ジゼル様もロアネと踊るのです!」
「一体どうしてそんな思考になるのかな?」

 私の主張にジゼル様は困惑の表情を示した。

「だって、ジゼル様もロアネと踊りたい筈です。」
「いいや、僕は全くそうは思っていないよ。」

 もしかして、ジゼル様はまだロアネへの思いに気づいていない??
 作品を読んでいないお陰でジゼル様が一体どのタイミングで彼女に恋心を抱くのかがわからない。

 だけれど、もしかしたら一緒に踊ることで芽生えるかもしれない。可能性が少しでもあるならば、行動するべきよね! そうだと思わない!?

「僕はログレスとロアネ嬢が楽しそうにしているなら、それで良いと思うんだ。わざわざ僕が盛り立てるために誘いに行く必要なんか無いだろう?」
「だけれど、ロアネは今踊り終わってどうすれば良いかわかっていない様子です。」

 ロアネは、ログレス様と離れた後どのような様子でいれば良いのかわからないようで、その場をうろうろとしていた。

 自身が一国の王子と楽しくダンスをしたという事実がどうもまだ飲み込めていないらしい。

「彼女は確かに今の状況に対して困惑しているようだね。でも、ログレスとの時間にもう少し浸らせてあげても良いと思うし、ここで僕がダンスを誘いに行ったら余計に目立たせてしまうと思わないかい? 勿論、良くない意味でね。」

 確かに、とジゼル様の言葉に私は口を噤んだ。
 一国の王子とダンスをした、まだ社交界において名も知られていない少女が、今度は公爵家の嫡男にダンスを申し込まれるというのは確かに周りから良い印象を受けないだろうと推測できた。

 その為、これ以上ジゼル様を焚き付けることは不可能だと判断し私は大きくため息をついた。

「それは、何のため息?」
「別に、何でもないわ。」

 ここが公の場であることを忘れて、つい普段通りの口調が出てしまい、尚更バツの悪い表情をせざるを得なくなった。

「ロアネ嬢を心配しているのかい? それなら、そうだなぁ……エライザ!」
「何ですの?」

 ジゼル様はうーんと考え込んだ後、近くで貴族たちからの挨拶を軽く受け流した後に暇を持て余していたエリーに声をかけた。
 それを受けて、エリーはゆっくりとこちらへ向かってくる。

「ロアネ嬢が先程からうろうろしているんだ、他の令嬢が厳しい目線を送っているのが君に見えるだろう? それで、君がフォローをしてあげてくれないかな?」
「まぁ……全く気にしていませんでしたわ。どこかの厄介な虫が目について。」

 ジゼル様の言葉にエリーは初めてダンス後のロアネに目を向けたようで、一度驚いた後にジゼル様に向かってとてつもなく鋭い視線を送った。

 厄介な虫とはどういう意味だろう。
 むしろ、ジゼル様がロアネへ向かっていくことはエリーにとっては好意的な行動だと思える。

 というより、2人は結託すべき関係だわ!

「僕にとっては時に君が厄介な虫だと感じるけれどね。」

 ジゼル様もエリーに笑みを浮かべながらも威圧的なオーラを放った。
 バチリと2人の間で火花が散っているように見えた、どうして!?

「さぁ、レア! 一緒にロアネの元へ行きましょう。」
「え、あ、うん。」

 エリーが私にそう言って歩き出そうとするので、私は曖昧に返事をしてついて行こうとしたが、パシリと腕を取られた。

「いいや、レアは僕とダンスを踊るんだ。君1人で行ってくれないか?」

 ええ? どうして私があなたと踊るの!?

 内心、私は混乱しながらも何も言えなかった。
 再びジゼル様とエリーが視線を交わす。

 周りは話し声や音楽で騒がしいというのに、3人の間には少しの間静寂が流れていた。

「……っ! いいわ! 勝手にしなさい!」

 エリーがぷいっと顔を背けて怒ったようにロアネの元に向かった。

 どうしてエリーが怒っているのかわからず、私は困惑したままだった。いや、わかっている、私がジゼル様を完全に振り切ってエリーに付いて行かなかったからだ。

 だけれど、エリーと行動を共にしなかったという理由でここまで怒られたことはただの一度も無い。
 だからこそ、私は困惑しているのだ。

「さ、君がしきりに推すロアネ嬢の代わりに一緒に踊ってくれるかい?」

 ジゼル様は少しかしこまって私の右手を取り、ニヤリと笑って見せた。

「そうしてまた私をからかうつもりですか?」

 どうせいつもの軽口だと私はムッとしながらその手を払おうとするも、ジゼル様は離してはくれなかった。

「いいや、本心さ。」

 そう一言呟いてから、ジゼル様は私の手を引いてダンスホールに出た。そして私の腰を引いてダンスを始める。

 始まってしまったからには私も乗らないわけにはいかない。ここで無理に拒んで派手に転んでしまえば私は貴族令嬢として顔が立たない。

 ただ、気づかれないように足を踏んで報復するというやり方は効果覿面だった。少し苦々しい顔をしたジゼル様を見て私は満足気にふふんと笑うと、ジゼル様も「やったな」という表情をしてダンスのスピードや難易度を上げて仕返しをしてきた。

 その時間はとても楽しくて、どうにかロアネとジゼル様をくっつけようとか、自分がどうすべきかとか何もかもを忘れられた。

 ただ純粋に、あぁ幸せだなと感じさせられた。

 この時間が一生続いてくれれば良いのに、と内心祈ったが、その祈りも虚しく終わりが訪れた。

「あ~、楽しかった!」
「僕もだよ、ちょっとヒートアップし過ぎたかな?」

 私がニコニコと笑いながら言うと、ジゼル様も笑った。2人してダンスに夢中になって終わる頃には息を切らし、じわりと汗までかいていた。

 ただの夜会のダンスでこんな状態になっているのは、どう考えても私たちだけだった。

「少し休憩してもう一曲どうだい?」

 ジゼル様が先ほどの誘い方とは違い気軽に手を差し伸べくる。

「えぇ!」

 私はそれを了承して手を取ろうとした時に、ふと周囲の視線に気がついてしまった。

 ジロリ、と睨む何人かの貴族令嬢たち。
 ロアネが向けられていた視線を今、私が受けているという現実。

「あ、いや、私、やっぱりやめるわ。」

 出しかけた手を引っ込めて、私はジゼル様の誘いを断り踵を返してジゼル様とは反対方向に歩き出す。

「レア?」

 ジゼル様は追いかけて来ようしていたが、私が離れてチャンスだと睨んだ貴族令嬢たちにすぐさま囲まれてしまった。

 夜会において、専ら常に視線の中心はログレス様とジゼル様であった。そんな2人に誘われて踊った令嬢が注目されることは当然の出来事であったが、私が感じたものはそれだけではなかった。

 片方は美形の2人。
 ログレス様とロアネが並んでいる様子は絵になっていて、周りが全員見惚れてしまうような状況だった。

 それに反してもう片方は美形とそれに釣り合いもしないようなモブ女。好奇の視線に晒されることは明らかであった。

 やはり、私がジゼル様の隣にいるなんておかしい。

 少しだけ夢を見ていたんだ。
 私がこうして彼の隣にいられるという夢。

 私は、その気持ちを振り払って夜会の出口を目指し扉を開けた。

 心の奥底で、彼に惹かれているという事実には気づかないフリをすることに決め、私はその場を立ち去った。

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