8 / 32
侯爵令嬢、当て馬と踊る
しおりを挟む私はとても焦っていた。
ログレス様とロアネがダンスを踊り良い雰囲気になっていて、その様子をエリーが何事もないように見ていたからだ。
エリーはこのまま動かないつもりだろう。
じゃあ、次はジゼル様を応援する番だ。
ログレス様とのダンスの時間よりもジゼル様との時間の方が楽しかったとロアネが思えば、もうこれはジゼル様の大勝利間違いなし。
「ジゼル様!」
「レ、レア、急に大きな声を出すから驚いたよ。何だい?」
ジゼル様はエリーと何かを話していたようで、私が急に名前を呼んだために驚いたようだ。
これは私が全面的に悪い。
「ジゼル様もロアネと踊るのです!」
「一体どうしてそんな思考になるのかな?」
私の主張にジゼル様は困惑の表情を示した。
「だって、ジゼル様もロアネと踊りたい筈です。」
「いいや、僕は全くそうは思っていないよ。」
もしかして、ジゼル様はまだロアネへの思いに気づいていない??
作品を読んでいないお陰でジゼル様が一体どのタイミングで彼女に恋心を抱くのかがわからない。
だけれど、もしかしたら一緒に踊ることで芽生えるかもしれない。可能性が少しでもあるならば、行動するべきよね! そうだと思わない!?
「僕はログレスとロアネ嬢が楽しそうにしているなら、それで良いと思うんだ。わざわざ僕が盛り立てるために誘いに行く必要なんか無いだろう?」
「だけれど、ロアネは今踊り終わってどうすれば良いかわかっていない様子です。」
ロアネは、ログレス様と離れた後どのような様子でいれば良いのかわからないようで、その場をうろうろとしていた。
自身が一国の王子と楽しくダンスをしたという事実がどうもまだ飲み込めていないらしい。
「彼女は確かに今の状況に対して困惑しているようだね。でも、ログレスとの時間にもう少し浸らせてあげても良いと思うし、ここで僕がダンスを誘いに行ったら余計に目立たせてしまうと思わないかい? 勿論、良くない意味でね。」
確かに、とジゼル様の言葉に私は口を噤んだ。
一国の王子とダンスをした、まだ社交界において名も知られていない少女が、今度は公爵家の嫡男にダンスを申し込まれるというのは確かに周りから良い印象を受けないだろうと推測できた。
その為、これ以上ジゼル様を焚き付けることは不可能だと判断し私は大きくため息をついた。
「それは、何のため息?」
「別に、何でもないわ。」
ここが公の場であることを忘れて、つい普段通りの口調が出てしまい、尚更バツの悪い表情をせざるを得なくなった。
「ロアネ嬢を心配しているのかい? それなら、そうだなぁ……エライザ!」
「何ですの?」
ジゼル様はうーんと考え込んだ後、近くで貴族たちからの挨拶を軽く受け流した後に暇を持て余していたエリーに声をかけた。
それを受けて、エリーはゆっくりとこちらへ向かってくる。
「ロアネ嬢が先程からうろうろしているんだ、他の令嬢が厳しい目線を送っているのが君に見えるだろう? それで、君がフォローをしてあげてくれないかな?」
「まぁ……全く気にしていませんでしたわ。どこかの厄介な虫が目について。」
ジゼル様の言葉にエリーは初めてダンス後のロアネに目を向けたようで、一度驚いた後にジゼル様に向かってとてつもなく鋭い視線を送った。
厄介な虫とはどういう意味だろう。
むしろ、ジゼル様がロアネへ向かっていくことはエリーにとっては好意的な行動だと思える。
というより、2人は結託すべき関係だわ!
「僕にとっては時に君が厄介な虫だと感じるけれどね。」
ジゼル様もエリーに笑みを浮かべながらも威圧的なオーラを放った。
バチリと2人の間で火花が散っているように見えた、どうして!?
「さぁ、レア! 一緒にロアネの元へ行きましょう。」
「え、あ、うん。」
エリーが私にそう言って歩き出そうとするので、私は曖昧に返事をしてついて行こうとしたが、パシリと腕を取られた。
「いいや、レアは僕とダンスを踊るんだ。君1人で行ってくれないか?」
ええ? どうして私があなたと踊るの!?
内心、私は混乱しながらも何も言えなかった。
再びジゼル様とエリーが視線を交わす。
周りは話し声や音楽で騒がしいというのに、3人の間には少しの間静寂が流れていた。
「……っ! いいわ! 勝手にしなさい!」
エリーがぷいっと顔を背けて怒ったようにロアネの元に向かった。
どうしてエリーが怒っているのかわからず、私は困惑したままだった。いや、わかっている、私がジゼル様を完全に振り切ってエリーに付いて行かなかったからだ。
だけれど、エリーと行動を共にしなかったという理由でここまで怒られたことはただの一度も無い。
だからこそ、私は困惑しているのだ。
「さ、君がしきりに推すロアネ嬢の代わりに一緒に踊ってくれるかい?」
ジゼル様は少しかしこまって私の右手を取り、ニヤリと笑って見せた。
「そうしてまた私をからかうつもりですか?」
どうせいつもの軽口だと私はムッとしながらその手を払おうとするも、ジゼル様は離してはくれなかった。
「いいや、本心さ。」
そう一言呟いてから、ジゼル様は私の手を引いてダンスホールに出た。そして私の腰を引いてダンスを始める。
始まってしまったからには私も乗らないわけにはいかない。ここで無理に拒んで派手に転んでしまえば私は貴族令嬢として顔が立たない。
ただ、気づかれないように足を踏んで報復するというやり方は効果覿面だった。少し苦々しい顔をしたジゼル様を見て私は満足気にふふんと笑うと、ジゼル様も「やったな」という表情をしてダンスのスピードや難易度を上げて仕返しをしてきた。
その時間はとても楽しくて、どうにかロアネとジゼル様をくっつけようとか、自分がどうすべきかとか何もかもを忘れられた。
ただ純粋に、あぁ幸せだなと感じさせられた。
この時間が一生続いてくれれば良いのに、と内心祈ったが、その祈りも虚しく終わりが訪れた。
「あ~、楽しかった!」
「僕もだよ、ちょっとヒートアップし過ぎたかな?」
私がニコニコと笑いながら言うと、ジゼル様も笑った。2人してダンスに夢中になって終わる頃には息を切らし、じわりと汗までかいていた。
ただの夜会のダンスでこんな状態になっているのは、どう考えても私たちだけだった。
「少し休憩してもう一曲どうだい?」
ジゼル様が先ほどの誘い方とは違い気軽に手を差し伸べくる。
「えぇ!」
私はそれを了承して手を取ろうとした時に、ふと周囲の視線に気がついてしまった。
ジロリ、と睨む何人かの貴族令嬢たち。
ロアネが向けられていた視線を今、私が受けているという現実。
「あ、いや、私、やっぱりやめるわ。」
出しかけた手を引っ込めて、私はジゼル様の誘いを断り踵を返してジゼル様とは反対方向に歩き出す。
「レア?」
ジゼル様は追いかけて来ようしていたが、私が離れてチャンスだと睨んだ貴族令嬢たちにすぐさま囲まれてしまった。
夜会において、専ら常に視線の中心はログレス様とジゼル様であった。そんな2人に誘われて踊った令嬢が注目されることは当然の出来事であったが、私が感じたものはそれだけではなかった。
片方は美形の2人。
ログレス様とロアネが並んでいる様子は絵になっていて、周りが全員見惚れてしまうような状況だった。
それに反してもう片方は美形とそれに釣り合いもしないようなモブ女。好奇の視線に晒されることは明らかであった。
やはり、私がジゼル様の隣にいるなんておかしい。
少しだけ夢を見ていたんだ。
私がこうして彼の隣にいられるという夢。
私は、その気持ちを振り払って夜会の出口を目指し扉を開けた。
心の奥底で、彼に惹かれているという事実には気づかないフリをすることに決め、私はその場を立ち去った。
10
お気に入りに追加
231
あなたにおすすめの小説

【完結】記憶を失くした公爵様に溺愛されています ~冷たかった婚約者が、なぜか猛アプローチしてくるのですが!?~
21時完結
恋愛
王都の名門貴族の令嬢・エリシアは、冷徹な公爵フィリップと政略結婚の婚約を交わしていた。しかし彼は彼女に興味を示さず、婚約関係は形だけのもの。いずれ「婚約破棄」を言い渡されるのだろうと、エリシアは覚悟していた。
そんなある日、フィリップが戦地での事故により記憶を失くしてしまう。王宮に戻った彼は、なぜかエリシアを見るなり「愛しい人……!」と呟き、別人のように優しく甘やかし始めた。
「えっ、あなた、私の婚約者ですよね!? そんなに優しくなかったはずでは!?」
「そんなことはない。俺はずっと君を愛していた……はずだ」
記憶を失くしたフィリップは、エリシアを心から大切にしようとする。手を繋ぐのは当たり前、食事を共にし、愛の言葉を囁き、まるで最愛の恋人のように振る舞う彼に、エリシアは戸惑いながらも心を惹かれていく。
しかし、フィリップの記憶が戻ったとき、彼は本当にエリシアを愛し続けてくれるのか? それとも、元の冷たい公爵に戻ってしまうのか?

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。

嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

竜王の息子のお世話係なのですが、気付いたら正妻候補になっていました
七鳳
恋愛
竜王が治める王国で、落ちこぼれのエルフである主人公は、次代の竜王となる王子の乳母として仕えることになる。わがままで甘えん坊な彼に振り回されながらも、成長を見守る日々。しかし、王族の結婚制度が明かされるにつれ、彼女の立場は次第に変化していく。
「お前は俺のものだろ?」
次第に強まる独占欲、そして彼の真意に気づいたとき、主人公の運命は大きく動き出す。異種族の壁を超えたロマンスが紡ぐ、ほのぼのファンタジー!
※恋愛系、女主人公で書くのが初めてです。変な表現などがあったらコメント、感想で教えてください。
※全60話程度で完結の予定です。
※いいね&お気に入り登録励みになります!
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
☆2025年3月4日、書籍発売予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
訳ありな家庭教師と公爵の執着
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝名門ブライアン公爵家の美貌の当主ギルバートに雇われることになった一人の家庭教師(ガヴァネス)リディア。きっちりと衣装を着こなし、隙のない身形の家庭教師リディアは素顔を隠し、秘密にしたい過去をも隠す。おまけに美貌の公爵ギルバートには目もくれず、五歳になる公爵令嬢エヴリンの家庭教師としての態度を崩さない。過去に悲惨なめに遭った今の家庭教師リディアは、愛など求めない。そんなリディアに公爵ギルバートの方が興味を抱き……。
※設定などは独自の世界観でご都合主義。ハピエン🩷 さらりと読んで下さい。
※稚拙ながらも投稿初日(2025.1.26)から、HOTランキングに入れて頂き、ありがとうございます🙂 最高で26位(2025.2.4)。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる