モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー

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侯爵令嬢、モブだと実感する

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「おい、ふざけてんのか。」

 開始早々にキレられましたが、これ誰だと思います??

「ちょ、ちょっと……口調が……。」
「あぁ、ごめんなさい。何を仰ってるのかわからなかったので、ほほほ。」

 わざとらしく口調を戻す彼女は、あの天使のようだったエリーである。
 あの可愛らしかったエリーである!!

 成長した現在のエリーは、可愛いというよりも美しいという言葉がよく似合う女性だ。
 艶のある漆黒の髪と珍しいグリーンの瞳を携え、胸は大きく背はスラリと高い。

 ちなみに普段は「ほほほ」だなんて笑わないし、私といる時の口調は最初の方に近い。おそらく、私がそういった言葉を使ってしまっている影響ではあるけれど。

 それだけ親しく、そして信頼してくれているという証拠だ、そうに違いない。

 どうして、ここまでエリーと仲良くなったかはまた後日語ることとする。
 なぜなら、今日はついにヒロインとご対面できるからだ!

「もう一度聞くけれど……今日"ロアネ・エイミッシュ"とかいうご令嬢が夜会デビューをしてログレス殿下と恋に落ちるですって?」
「ええ、そうよ!」
「昔から頭がぶっ飛んでいると思っていたけれど、相変わらずぶっ飛んでるわね。」

 エリーは降参だというように頬杖をついて大きくため息をついた。

 この国の子供達は7歳から15歳まで、義務として平民も貴族も王族も混ざって平等に王立学校で教育を受ける。

 そして、卒業した翌月から貴族令嬢、令息たちは夜会デビューを果たすのだ。

 私とエリーは17歳、ログレス様とジゼル様は18歳で既に夜会デビューは済ませている。

「良いこと、エリー。」
「「ヒロインをいじめてはダメよ!」」

 私とエリーの言葉が重なった。
 私はまさか言葉が被ると思わず驚愕する。

「そのヒロインっていうのが何なのか、私にはイマイチ良くわからないけれど……昔から一々言われてたら覚えるわよ。」

 はぁ、全く以ってくだらない……とエリーは腕を組んで私を見る。

 私が逐一そう言い続ける理由は、彼女に悪役令嬢になって欲しくないからだ。
 それによって物語通りには進まないだろうが、私の大好きなエリーを酷い目には合わせたくない。

 エライザ・ノグワールが悪役になる理由はただ一つ、彼女が王太子ログレスの婚約者候補であるからだ。
 そして、彼女は物語の中で彼に恋をしていた。

 この国の王太子の婚姻制度は中々に特殊である。

 王太子は18歳の最終日に自由意志で婚約者を決めることが出来る。ただ、事前に王族の調査の下で正式に決定するため、婚約発表は王太子の誕生祭から数週間後となる。いない場合は王族側が事前に指定していた者との婚約となる、つまり政略結婚だ。そして、2年間~5年間の教育を経て婚姻を結ぶ。

 エリーは幼い頃、王族から婚約者へ指定された。だから、ロアネ嬢がログレス様と結ばれなければ彼女と結婚することになるため、物語ではとことん邪魔をする悪役令嬢であったのだろう。

 勿論、関係者以外に婚約者の話は漏れないようになっているため、エリーが王族指定の婚約者であることを知る人物は極めて少ない。

「レアは何がそんなに楽しみなの? そのヒロインとかいう存在に憧れでもあるの?」
「違うわよ! 私が力を発揮し、野望を遂げるためにはヒロインの存在が不可欠なの!」

 一体レアにどんな力があって、どんな盛大な野望を遂げるのか不思議で仕方がないエリーであった。



 今日の夜会は新しく夜会デビューする人たちへ向けた王族主催のものである。
 王城の大きな広間には、多くの人が集まっており賑わっている。夜会デビューを果たした人たちはどこか初々しく、何となくそうなのだと思わせる雰囲気を纏っていた。

 私はというと、エリーが公爵家の方々への挨拶であったり他のご令嬢たちに囲まれている中、既に挨拶を終えているので1人で飲み物を飲みながらボーッとしていた。

「レア。」

 後ろから聞き慣れた優しい声が聞こえて振り返ると、案の定ジゼル様がいた。

 端正な顔立ちに綺麗なブロンドの髪と青い瞳。
 相変わらず目を惹く外見だ。いつ見ても見惚れてしまいそうになるし、慣れなんてものは感じない。

「ごきげんよう、ジゼル様。」

 私だって一貴族だもの、夜会など公の場ではそれなりにちゃんと出来ます。

「レア、僕と踊ってくれる?」

 ジゼル様が微笑んで私に手を差し出す。

「いつも踊っているじゃない、今日くらい良いわよ。」
「でも、今日はエスコートの無い日だったから君をエスコート出来なかったでしょ?」
「ダメよ! ログレス様といて!」

 つい感情的になって少し大きな声を出してしまったし、話し方がフランクになってしまった、良くない。

 エリー繋がりで、ジゼル様やログレス様とは幼い頃から面識がある。だから、私たちだけでいる時は畏まらず話すことが多い。

 しかしながら、ジゼル様がログレス様といないと肝心のヒロインとの出会いでジゼル様が不在になってしまう。

 それでは、ジゼル様とヒロインのフラグが初めから折れてしまうじゃない! そんなのはダメよ!!

「それに、ジゼル様が夜会デビューの時から進んでエスコートしてくるから男性が誰も私に寄って来なくて困っているのです。」
「じゃあ、僕で良いんじゃないかな。」
「冗談言わないで頂けます?」

 ジゼル様は軽々しくこういうことを言うから困る。冗談だとわかっているので真に受けたりはしないが。

「はぁ、わかった。今日は諦めることとしよう。あ、ちょっと待っててね。」

 爽やかな笑みを浮かべて、颯爽と去っていくジゼル様を見て「あぁ、今日もカッコいい」と内心思う。
 しかし、恋に落ちるなどという不毛なことはない。

 私の野望は大きいのだから。

 ジゼル様がログレス様の元に着くと、同タイミングでエリーも合流していた。
 その光景は自身としては良く見るものなのだが、3人揃うと本当に絵になるし、その空間だけ何だか輝いている気がする。私だけでなく、周囲の人々もその光景に釘付けになっていた。

 談笑しながらも、ジゼル様がこちらを指さした。エリーとログレス様もこちらを向き、私を見て「あぁ、そんなところにいたのね」という顔をする。

 やめてくれ、そんな輝いたオーラを纏ってこっちへ来ないでくれ。

 3人がこちらへ歩き出す、というところでログレス様が誰かとぶつかった。

「きゃっ!」

 女性がドタっと倒れる。

「すまない、大丈夫か?」

 すかさずログレス様がその女性に手を差し伸べた。

 待て待て、これは! なんと!!
 ヒロインとログレス様の出会いのシーンなのではないか!?!?

 女性がログレス様の手を取って立ち上がり「申し訳ございません」と言いながら顔を上げた。

 その顔を見た瞬間に私は「ヒロインだ!!」と心の中で叫んだ。パッパラパッパとまず出会いイベントを無事迎えられたことで脳内では盛大にお祭り騒ぎが起こる、

 自分でも何を言ってるかわからないけれど、それだけ嬉しいということだ。
 目の前で漫画の中の出会いシーンが繰り広げられてるなんてそんな夢みたいなことあるだろうか、いやない!

「あぁ、大変! ドレスが汚れてしまったわ!」

 エリーはスッとハンカチを取り出して軽くドレスを拭く。普通は侍従などの仕事であるのに咄嗟にこのような行動をしてしまうところがエリーだ。

 公爵家の娘としては、はしたないと言われてしまうのだろうか。

「ああ! 大丈夫です、これくらい!!」

 ヒロインはエリーから後ずさってその行為を断る。

「きちんと前を向いて歩かなかった俺の責任だ、すまない。」
「い、いいい、いえ! 私がフラフラしていたのが悪いんです! 申し訳ありません!」

 ログレス様が少し頭を下げると、ヒロインはそれ以上に深々と頭を下げた。

「まずドレスを修繕し、それから詫びに新しいドレスを送ろう。名は何というのだ。」
「あ、えっと、ロアネ・エイミッシュと申します。」

 エリーが咄嗟に「ええっ!?」と叫んでしまいそうになるのを我慢してゴクリと唾を飲んだのがわかった。
 しかし、そのあとつい「マジで……」と小さく呟いているのも見受けられた。

 その口調などに対して、これはどうにかしなければならない、と私は謎の使命感を感じた。

「エイミッシュ嬢、侍従が別室にてドレスの対処をするので彼らについて行ってくれ。」

 ログレス様は、そばにいる侍従に彼女のドレスについての命令をしてから、ロアネ嬢に話しかけた。
 ロアネ嬢は、周りからの視線に恥ずかしさを感じたのか、顔を赤くして「はい」と小さく呟き侍従について行った。

 その間、ジゼル様は一言も話さずにじっとその様子を見ていた。
 まあ、今まで色んな漫画を見る限りジゼル様が彼女に恋心を抱くのはまだ先ね。

 それにしても……ロアネ嬢が3人の中に入ったことでよりその光景が絵になっていた。
 ロアネ嬢は、明らかにあの中に相応しくて……私自身がやはりモブなのだと実感させられた。

 私があの中にいると、完全に場違いでいつも好奇の目線に晒されているような気がするからだ。
 きっとなぜ私があの場にいるのか、と陰口を叩かれているに違いない。

 ロアネ嬢には何ひとつ違和感を感じなかった。
 あぁ、あれこそがヒロインかと思わずにはいられなかった。

 今まで仲良くしてくれていた3人がどこまでも遠い存在で、その距離を埋めることは私には不可能なのだと認識させられるほかなかった。
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