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第一章 怖くて偉大で大きな木
35.大樹戦 水流に落ちる美
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ラザクを追い詰めようと根を駆使する天樹。
もはやこの男は虫の息だ。先ほどと比べても抗う力はあってないようなものだ。
身体もまともに動いておらず、逃げるスピードも衰えている。
今なら、たやすく殺すことができる。
ラザクの元に根を集める。雑に殺すなどしない。確実にその四肢を、その胴を八つ裂きにして絶命させる。
天樹は殺戮を確信し、根の先をラザクに向けた。
「………」
しかし、そんな切羽詰まった状況下にいるはずのラザクは、にたりと笑みを浮かべていて、
「…いいのか?化け物。俺に意識を向けていて。」
ラザクの忠告。天樹はそんなものを聞き入れるわけもない。
だが、ラザクの発言と天樹が己の身に危機が訪れていると察したのは同時だった。
山に鳴り響く音。風の音でもなく、雷の音でもない。しかし、どんどん大きくなる音は一体何の音なのだろう。
天樹はこの音の根源がわからない。しかし、盛大に己のもとに近づいてくるそれは化物としての本能を逆撫でする音であり。
天樹は直感で勘づいた。
この音源は駄目であると。己にとって不影響でしかないと。とてととても嫌な音だ。近づいて欲しくない。
危機感を過剰に募らせてしまう。このままではまずいと本能が震えている。
「…!おいおい、どうした、どうした。」
ラザクは天樹のいきなりの行為にただ静かに驚愕する。
なぜなら、いきなり天樹が根全体を動かし、大移動を試みようとしたからだ。
ここに迫りくるものから遠ざかろうと、聞こえる音の方向から根を反対へと蠢かす。
「はっ。滅茶苦茶だな。」
ラザクはその様子を見て、思わず呟く。
巨大すぎる大樹がまともに移動できるわけもない。
根を片方に動かしたところで本体の位置は変わらない。
根の大移動のせいで周りの森林の木々やらは容赦なく薙ぎ倒され、打ち倒されている。
根を全て片方に持っていく。大木として、なんとも奇妙な光景だ。
ただ、天樹がとてつもなく必死なことだけはよく分かった。
そして、あれだけの雄大に聳え立つ大樹が死にものぐるいで己にくる危機から逃げようとする姿は、
……あまりにも、滑稽であった。
「情けねぇ。………だがな。」
ラザクは目の前の巨大な化け物に呆れ果てて溜め息。
そして、森林内を見据え、
「そら、来たぞ。お前の大好きな天然水だ。」
と、意地の悪い笑みを浮かべながら、そう呟いた。
音の根源がこの場に到達する。
一体何の音だったのか、それは誰しもが一目でわかる。
泥と石と岩と木々と。その他もろもろが加わった凄絶な勢いの濁流だ。
山の頂上付近から流れ始めたこの濁流。
ラザクの言い放った天然水などとは程遠い。まるで、土砂崩れが起こったかとも思われるシチュエーション。
広大な幅を保ちながら激しく流れ落ちる泥水は天樹の円状に蔓延っている根を容赦なく巻き込んでいく。
天樹のなけなしのあらがいなど知ったこっちゃないかとでも言わんばかりに。濁流はあたり一体を覆い尽くした。
「…おおっ。とんでもねぇ。」
一人木の上で傍観する男。
ラザクは濁流が来たと気づいたとなると、すぐさまそこから跳躍し、水流の影響を受けない安全な場の木の上へと避難していた。
「…さあ、これでどうなるかな。」
一言、呟き、目を凝らし天樹の様子を観察。
といっても、根を巻き込んだ濁流が濁っているため、根がどうなっているのか正直あまりわからない。
まあ、実際、水も氷術も効果あったしな。こんだけやりゃ、天樹とやらもたまったもんじゃないだろ。
しかし、未だに水やら氷やらが天樹に効力を発揮するってのがわからねえ。
あのガキ、ちゃんとあの水辺にいるんだろうな。
濁流の状況を俯瞰しながらラザクはある子供について考え込む。
この化け物を打破する助言を告げた人物。
謎に包まれた赤毛の子供だ。あの子供に聞きたいことは山ほどある。
「…お?」
そんなラザクが木の上で思い馳せていたところ、天樹に変化が生じはじめる。と、いうのも天樹の樹冠の部分に生茂るように生えていた葉。それらが変色し始めているのだ。
青々しかった色が、だんだん赤く染まっていき、次第には枯れ木のように淡い茶色へと変色する。
中には息を引き取ったかのように地に落ち始めている葉もあるみたいだ。
「ほおぉ。すげぇな。」
ラザクは瞳に映った情景に少し感嘆する。
なぜなら、こんな戦場だというのに奥ゆかしいものが見れたから。
茶色い大きな枯れ葉が一つ落ちたかと思うとそれに続くかのようにほぼ全ての枯れ葉が一斉に落ち始める。それは、一種の花吹雪のようにも思え、化け物に似つかわしくない、美しい光景に見てとれた。
「…ラザク。」
情景に惹きつけられていたところ唐突に空から声がかけられる。上を向くと一人の女性が空に止まっていた。
自分の役割をこなし、化け物の行く末を見届けに来たカウラだ。
「…よお。うまくやったんだな。見ろよ。」
「ええ。皮肉にも目を奪われました。」
「俺もだ。たくっ。化け物に魅了されるとはな。」
空での会話。戦況を見据え、二人は揃って、闘士を上げる。
濁流はもう少ししたら流れ尽きてしまいそうだ。
水位が少しずつ下がっているのが見てとれる。
「さあ、いくぜ化け物。最後の一太刀だ。」
ラザクは刀を携えそう告げる。
天樹が水から顔を出した時。
それは、つまりその瞬間が、この戦いの終幕だ。
もはやこの男は虫の息だ。先ほどと比べても抗う力はあってないようなものだ。
身体もまともに動いておらず、逃げるスピードも衰えている。
今なら、たやすく殺すことができる。
ラザクの元に根を集める。雑に殺すなどしない。確実にその四肢を、その胴を八つ裂きにして絶命させる。
天樹は殺戮を確信し、根の先をラザクに向けた。
「………」
しかし、そんな切羽詰まった状況下にいるはずのラザクは、にたりと笑みを浮かべていて、
「…いいのか?化け物。俺に意識を向けていて。」
ラザクの忠告。天樹はそんなものを聞き入れるわけもない。
だが、ラザクの発言と天樹が己の身に危機が訪れていると察したのは同時だった。
山に鳴り響く音。風の音でもなく、雷の音でもない。しかし、どんどん大きくなる音は一体何の音なのだろう。
天樹はこの音の根源がわからない。しかし、盛大に己のもとに近づいてくるそれは化物としての本能を逆撫でする音であり。
天樹は直感で勘づいた。
この音源は駄目であると。己にとって不影響でしかないと。とてととても嫌な音だ。近づいて欲しくない。
危機感を過剰に募らせてしまう。このままではまずいと本能が震えている。
「…!おいおい、どうした、どうした。」
ラザクは天樹のいきなりの行為にただ静かに驚愕する。
なぜなら、いきなり天樹が根全体を動かし、大移動を試みようとしたからだ。
ここに迫りくるものから遠ざかろうと、聞こえる音の方向から根を反対へと蠢かす。
「はっ。滅茶苦茶だな。」
ラザクはその様子を見て、思わず呟く。
巨大すぎる大樹がまともに移動できるわけもない。
根を片方に動かしたところで本体の位置は変わらない。
根の大移動のせいで周りの森林の木々やらは容赦なく薙ぎ倒され、打ち倒されている。
根を全て片方に持っていく。大木として、なんとも奇妙な光景だ。
ただ、天樹がとてつもなく必死なことだけはよく分かった。
そして、あれだけの雄大に聳え立つ大樹が死にものぐるいで己にくる危機から逃げようとする姿は、
……あまりにも、滑稽であった。
「情けねぇ。………だがな。」
ラザクは目の前の巨大な化け物に呆れ果てて溜め息。
そして、森林内を見据え、
「そら、来たぞ。お前の大好きな天然水だ。」
と、意地の悪い笑みを浮かべながら、そう呟いた。
音の根源がこの場に到達する。
一体何の音だったのか、それは誰しもが一目でわかる。
泥と石と岩と木々と。その他もろもろが加わった凄絶な勢いの濁流だ。
山の頂上付近から流れ始めたこの濁流。
ラザクの言い放った天然水などとは程遠い。まるで、土砂崩れが起こったかとも思われるシチュエーション。
広大な幅を保ちながら激しく流れ落ちる泥水は天樹の円状に蔓延っている根を容赦なく巻き込んでいく。
天樹のなけなしのあらがいなど知ったこっちゃないかとでも言わんばかりに。濁流はあたり一体を覆い尽くした。
「…おおっ。とんでもねぇ。」
一人木の上で傍観する男。
ラザクは濁流が来たと気づいたとなると、すぐさまそこから跳躍し、水流の影響を受けない安全な場の木の上へと避難していた。
「…さあ、これでどうなるかな。」
一言、呟き、目を凝らし天樹の様子を観察。
といっても、根を巻き込んだ濁流が濁っているため、根がどうなっているのか正直あまりわからない。
まあ、実際、水も氷術も効果あったしな。こんだけやりゃ、天樹とやらもたまったもんじゃないだろ。
しかし、未だに水やら氷やらが天樹に効力を発揮するってのがわからねえ。
あのガキ、ちゃんとあの水辺にいるんだろうな。
濁流の状況を俯瞰しながらラザクはある子供について考え込む。
この化け物を打破する助言を告げた人物。
謎に包まれた赤毛の子供だ。あの子供に聞きたいことは山ほどある。
「…お?」
そんなラザクが木の上で思い馳せていたところ、天樹に変化が生じはじめる。と、いうのも天樹の樹冠の部分に生茂るように生えていた葉。それらが変色し始めているのだ。
青々しかった色が、だんだん赤く染まっていき、次第には枯れ木のように淡い茶色へと変色する。
中には息を引き取ったかのように地に落ち始めている葉もあるみたいだ。
「ほおぉ。すげぇな。」
ラザクは瞳に映った情景に少し感嘆する。
なぜなら、こんな戦場だというのに奥ゆかしいものが見れたから。
茶色い大きな枯れ葉が一つ落ちたかと思うとそれに続くかのようにほぼ全ての枯れ葉が一斉に落ち始める。それは、一種の花吹雪のようにも思え、化け物に似つかわしくない、美しい光景に見てとれた。
「…ラザク。」
情景に惹きつけられていたところ唐突に空から声がかけられる。上を向くと一人の女性が空に止まっていた。
自分の役割をこなし、化け物の行く末を見届けに来たカウラだ。
「…よお。うまくやったんだな。見ろよ。」
「ええ。皮肉にも目を奪われました。」
「俺もだ。たくっ。化け物に魅了されるとはな。」
空での会話。戦況を見据え、二人は揃って、闘士を上げる。
濁流はもう少ししたら流れ尽きてしまいそうだ。
水位が少しずつ下がっているのが見てとれる。
「さあ、いくぜ化け物。最後の一太刀だ。」
ラザクは刀を携えそう告げる。
天樹が水から顔を出した時。
それは、つまりその瞬間が、この戦いの終幕だ。
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