羅天絞喰

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第一章 怖くて偉大で大きな木

15.大樹戦 戦の心

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二人は笑みを浮かべながら、天樹に鋭い視線を向ける。闘志を内側に留めるといったような無礼はせず、たち聳える怪物に対して戦意を否応なくさらけ出す。

「師匠が言ってたな。ギリギリの局面ってのが一番成長できるってな」

「教官らしい言葉ですね。この場だと納得せざるを得ませんよ」

ここでいうラザクの師匠とカウラの教官とは同一の人物を表す。
二人をこの場に送った張本人、プラハルナ国戦闘団第4師団団長グラハ・カルヘルだ。

ラザクは自分の師の言葉を噛み締め、刀を肩に担ぎ天を仰ぐ。時刻は夕暮れだ。日が落ち始めており、その日光が天樹を存分に照らしていた。反対側には莫大な広さの影ができている。
もうじき、夜が始まり、闇が大地を覆い尽くすだろう。そうなると本格的に天樹を倒すことは困難だ。

「もたもたしてらんねぇな」

天に向かってラザクは呟く。
その様子を黙って見ていたカウラは気を引き締め、

「彼らの思いを無駄にはしてはいけません。トボトボ退散して帰ったら何をされるかわかんないですよ。」

「安心しろよ。それはねえ。あいつらの涙も心の奥も全部伝わったし、何より」

ラザクは眼に力を込めてカウラを見る。それから村のある方角に目を向けた。天樹に背を向けながら、ラザクはヘッと少しはにかむ。

「俺がここで逃げ出すようなタマかよ。」

自分に妥協はしない。己に課された役目は全うする。それはラザクが自ら持ち合わせている教訓だった。

村の者の視線、村の長ザサとの怒って泣いてさらけ出した会話、ミトが流した涙、悲しき運命を定められたミコリの涙。
そんな悲壮感や虚無感で覆われた村の現実。
それを変えてやると嘘なく豪語したこと。

天樹を倒し、村の脅威を排除する。
そう、大見得切って言い放った。必ず倒して帰ると約束した。
様々な思いを胸のうちにしまい込んで、天樹の元まで来たのだ。逃げ出すなんて言語道断。他の誰もが許さないだろう。

だから、ここで、この場でやることはもう決まっている。 

「何が何でもぶっ倒すぞ」

ラザクの低い声音に横のカウラは目を見開いた。

横の男の瞳はまさしく獣のそれだ。獲物を狩りとる猛獣のような目つきをしている。
人を超越し、野生と化す。この獣が暴れまわったらひとたまりもないだろう。

カウラはそんな獣の鋭く敵を見つめる瞳をを見るや、自らの矮小さに自嘲気味て嘆息した。

カウラはラザクが自分が到達することのできない域に達していることを実感する。実力はたしかにラザクが上だと判断し、認めている。
だが、それ以前にカウラに足りないものをラザクは手にしているのだ。
それは、獰猛さだろうか、激情に駆られるところだろうか、激烈さ、猛威、荒々しさ。

…違う。

たんに、ラザクの表面から受け取れる印象だけをあげても私とこの男はかけ離れている。

そもそも、ラザクと私は違う。それは当たり前で、それぞれが完璧なわけではない。
表面上ではわからない、しかし、ラザクの持つ何かを私は手にしていないことは理解していた。
それが、見た目だけではない、奥底から浮き彫りになる実力差であることも。

カウラはそれを自覚しており、この男に追いつけていないという真実を自らの心の何処かに潜ませていて、

「…ゥラ」

「………」

「カウラ!」

「はいっ⁈」

突然、耳につんざくような叫び声に普段とは似つかない高い声音を出してしまうカウラ。
そんな様子を訝しみ、ラザクは眉をひそめて言及する。

「どうしたよ。あれから、意識そらすなよ。」

「はい、常に視界には入れていますよ。」

カウラは外面上で取り繕いながら返答した。今の心の迷いを悟られないように。

「お前、大丈夫か?読んだら返事しろよ」

「ええ、大丈夫ですよ。少し、策を練っていたので呼び声に気付けなかっただけです。」

「……そうかよ」

ラザクはそれ以上言葉を並べなかったが、怪訝な表情を見せてから、天樹に向き直る。

カウラもそれに続く。

目の前の化け物に意識を集中していく。
そうだ。今は余計なことを考えてはいけない。

何をしているのだ自分は。
今は生死を分ける戦闘中だろう。天樹は異質な生体を持っており、自分達の理解できない類の怪物だ。そんな敵から少しでも気をそらすようなことがあれば、

「死にますね…。」

「ん?」

カウラは口の中で囁く。
それはラザクには聞こえないようだったが、別に伝える必要はない。
一番言い聞かせなければいけないのは自分自身だ。全くこんな自分が腹立たしい。

カウラは手に雷を発生させる。手のひら全体に電撃を漂わせ、電熱を帯させる。

「…?」

ラザクは何をしているのかわからないようだが、気にはしない。
これは自らを律するための行為だ。

カウラはその手を自らの頰に向けて。

ーバチィン!

力いっぱい、これでもかというくらい盛大にぶっ叩いた。電撃の痺れが走り、ほどよく痛い刺激が身体全体に響き渡る。

「おお、…どうしたよ?」

真横でその光景を見て目を見開いたラザクがポツりと問いかける。

カウラはヒリヒリとした頰の痛みを贖罪として受け止める。
この全身に響き渡る痛みを決して忘れないと心に刻み込んだ。

「ふう、…スッキリしました」

「おお、そうかよ。俺にはよくわかんなかったよ」

「あなたのせいで戦意喪失しそうになりました」

「ああ、そうか。…ええ?俺のせい?んん?どういこと?」

ラザクは何が何だかわからないといった様子だ。そんな様子を見かねたカウラはフフッと低く笑いをこぼす。

「さあ、行きますよ。ラザク。気を引き締めて。」

「あ、ああ。わかった。あれ?それ、さっき俺が言ったセリフじゃ…?」

カウラはラザクを手玉にとったような感じがし、とても気分が良くなった。

今は、目の前の敵を倒すことしか考えていない。
それで良い。今は、それでいいのだ。

ラザクは不可解な表情を一瞬浮かべたが、まぁ、いっかと言うと、刀に熱を籠らせる。

ラザクはカウラに視線を向け、問いかける。

「策ってのは、なんだ?何か考えたのか?」

「あー、…」

いきなりの問いにカウラは微妙な反応。
先ほどの使った言葉はその場しのぎで使っただけであり、ただ嘯いただけの言葉だ。
もちろん策など考えていない。

だが、カウラは目を細め、ニッと笑いツンとした声音で告げる。

「考えたけど、相手が常識はずれですからね。熟考しても無駄だと思い、断念しました。」

「なんだそりゃ、」

「ですから、戦う中で何かを見つけるしかないですね。」

「何かってなんだよ。」

「さあ、弱点とかじゃないですか?」

二人は化け物を前にいつもの調子で話し合う。

そこに焦燥感や緊迫感などはなく、口調から分かるのは闘志のあふれる余裕さだ。

「まあ、いいや。とりあえず、戦えばいいんだろ?見ろよ、あちらさんもうずうずしてるようだぜ。」

二人は天樹に目を向けると、何十本もの太い根を浮かばせ、軋らせ、うねらせている。どうやら、二人を前に自らの根で全身全霊で叩き潰すようだ。

「おおー、凄まじい。あれが、天樹の真骨頂ですかね。」

「知らね。まだ隠し球を持ってるかもな。」

「教官ならどう対処するんでしょうね。」

「師匠は師匠のやり方でうまくやるだろうな。俺たちは俺たちのやり方でやるしかねえだろ。」

カウラはその言葉を耳にし、ニッと笑みを浮かべて、清算されたような声音で囁く。

「そうですね。」

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