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第一章 怖くて偉大で大きな木
8.言合
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天樹によるもたらされた災厄、今残っている村人達の心に刻み込まれた恐怖心、そして、今まで与え続けてきた生贄についてザサは二人に話した。
胸にしまい込んでいた悲しみの過去を思い出してしまい涙が頰を伝う。できれば思い出したいことではなかった、そんな記憶をよみがえらしてしまい、途中から涙声になっていたが、それでもザサは二人に話した。
カウラとラザクも声をかけるようなことはせず、ザサの口弁をしっかりと聞き入るように落ち着いて眼差しを向けていた。
「…私が天樹様について語れることは語りました。」
ザサは話し終えると目に手を当てながらややくぐもった声を出す。顔は下に向けていた。咽び泣くのを止められるまま、二人の出方を待つ。
カウラはそんなうなだれているザサに対して頭を下げた。
「ありがとうございます。ザサさん。情報を得させてもらい感謝します。」
まず、カウラは礼をした。
おそらく、ザサにとっては話すことも恐れ難く、脳裏によぎらせたくもない過去を自分達は話させてしまった。その無礼を詫びる行為、そして、私たちのために語ってくれたザサに対しての賛辞を表する行為を示した。
だが、
「…………」
そんなカウラの横で大柄な体躯の男は姿勢を変えない。
胡座をかき、膝に肘を置き、頰を拳で支え、目を閉じ、考え込んでいる様子だ。
そんな男の佇まいを見たザサは少しの不安感を募らせる。
この男はなぜこんなに眉間にしわを寄せ表情を曇らせているのだろうか。
ザサの説明が終わってからというもの言葉を発しないラザク。そんな様子を見かねたカウラが正座のまま話しかける。
「ラザク、どうしたのですか。黙りこくって。」
「いやぁよ、その、天樹ってのがどんなやつなのかってのはわかった。たしかに聞いたところじゃ、普通のやつじゃ手も足もでねえだろうな。」
「ええ、それは私も理解しました。」
「ちげぇよ。そこじゃねえんだ。納得できねぇとこは別にある。」
ラザクはそれまで閉じていた瞼を開けた。
その瞳はまっすぐとザサに向けられる。その視線には穏やかさなどはなく、針のように鋭くつけつけられた。
「おい、おっさん。」
ラザクは低く、声を上げた。
ザサと目を外させないようギン、と睨みつけながら自らの唇を動かす。
ザサの天樹について語られた内容、その中にはラザクが理解し難い事柄が存在したが為に。
ラザクはザサに問いかける。
「生贄ってのはどういうことだ?」
「……」
投げかけられた言葉。
それはザサにとって漬けこんで欲しくない類の部分だ。天樹に関することの中でも心が傷つき、憂い、嘆いたことである。
ザサは心ならずも下を向いてしまう。
だが、目を向けていたのを外されたラザクはそれに強く言い放つ。
「俺の目から背くなよ。おっさん。質問に答えろ。」
「生贄…。それが私たちの心にどれほど深い傷を残したか。どれほどの虚無を生み出したのか。その苦しみの味わいを思い出しながら私に語れと、そういうのですか?」
ラザクの豪気な声に対し、ザサは話すことを渋る。そこへカウラのなだめるような声音が加えられた。
「ラザク。彼らの思いも考えなければ…。」
「ああ、わかってるよ。」
ラザクはそんなカウラに対し、腕を小さく上げた。
ラザクは落ち着いた目つきでカウラを見、無言で自分は冷静だと主張する。
「………」
そんな瞳を見てカウラは判断した。ラザクは平静さを失ってはいない、と。
我を忘れず、状況を俯瞰して行動する。これはカウラもラザクも昔、修行時に教わった教訓だ。
ラザクには何か考えがあるとカウラは察し、それ以上、口を出さない。
「じゃあ、おっさん。ちょっと質問を変えるぞ。……なぜ、生贄を差し出した。」
「え?」
ザサは思いがけないことを聞かれ、驚嘆する。
なぜ、生贄を差し出したか?そんなの、
「そんなの、差し出して、天樹に襲われないようにするためでしょう!生贄を与えなかった昔、村がほぼ壊滅させられたのを聞いていなかったのですか?」
「ああ、それはちゃんと聞いたよ。」
「だったら…!」
「聞いて、理解した上で聞いたんだ。なぜ、生贄を差し出した、と。」
ラザクは淡々と、同じ問いを投げかけた。
そんな状況にザサは訳がわからないといった様子。
しかし、それもそうだろう。
痛苦な思いで成した行為、だが、村が生き残るためだ。
そんなザサを見てラザクは容赦のない言葉を与えた。
「人一つの命より、村の安否か。そりゃ、被害がどっちが大きいかを考えると、当たり前の選択だろうな。」
ラザクの言葉にザサは下を向きながら目を見開く。
ーなんだ?今この男は何と言った?
「天樹に村の誰かを与え続けてきたんだろ?自分じゃなかった時はさぞ安堵したんだろうな。」
ラザクは言葉を並べる。
その言葉を耳に入れたザサの心根にはわからない感情が湧き上がってきていた。わからないが、何かどす黒い感情。
「決められた奴は絶望して、ほかの奴は安心して、生贄になった奴の命をぞんざいに扱って捨ててきた。」
「黙れ!!」
淡々と話していたラザク。
彼に対しザサは睨みつけながら言葉を中止させた。
「捨ててきただと?ふざけるな。俺たちがどんな気持ちで数々のあの夜を迎えたのか。」
「…」
ラザクは憤慨したザサを無感情で見つめる。そして言葉を続けた。
「なんか俺は間違ったことを言ったか?」
ザサは睨みつけたはずのラザクが全く動揺しておらず、自分の言動に筋があると発することに驚嘆する。
だが、自分の今生まれた感情をさらけ出さなければ釈然としない、腹の虫がおさまらない。
ラザクに対して激情を放つ。
胸ぐらを掴み唾を吐き出す。
「間違ってる!間違ってしかいないし、あんたはなにもわかってない!俺たちがそんな気持ち…で…」
「でも、お前らがしてきたことだ。」
ザサが怒気を吐き出す反面、ラザクは大きな体躯を使い、立ち上がり、冷酷なまでに目の前の村の長を見下ろした。
「したくてしたことだと思っているのか⁈」
胸ぐらを掴みながらザサは感情を激発させる。たとえ目の前の男が自身の身体より大きかろうと決して怯むことなどしない。
ラザクは見下ろした。顔を皺くちゃにし、怒りに怒ったザサの面を。
だが、ザサの瞳に垣間見える自身の不甲斐なさの根幹を。
ラザクは静かな声音で怒声を放ち、
「お前らは根っこから違えんだ。」
「え?」
すると、ザサはラザクの言葉に一瞬理解できなかったと思うと、体が宙を待っていた。途端、背中に盛大に衝撃がはしる。
一本背負い。鋭く、それでいて誰もが見ても文句なしにキレのある一本背負いだった。ラザクは呆然とした顔をしたザサの上にまたがる。
「オメーラは、天樹ってのを怖がってるだけだろぉがぁ!!」
ラザクは倒れたザサの胸ぐらを掴み獣の怒号のごとく、声を激発させた。
胸にしまい込んでいた悲しみの過去を思い出してしまい涙が頰を伝う。できれば思い出したいことではなかった、そんな記憶をよみがえらしてしまい、途中から涙声になっていたが、それでもザサは二人に話した。
カウラとラザクも声をかけるようなことはせず、ザサの口弁をしっかりと聞き入るように落ち着いて眼差しを向けていた。
「…私が天樹様について語れることは語りました。」
ザサは話し終えると目に手を当てながらややくぐもった声を出す。顔は下に向けていた。咽び泣くのを止められるまま、二人の出方を待つ。
カウラはそんなうなだれているザサに対して頭を下げた。
「ありがとうございます。ザサさん。情報を得させてもらい感謝します。」
まず、カウラは礼をした。
おそらく、ザサにとっては話すことも恐れ難く、脳裏によぎらせたくもない過去を自分達は話させてしまった。その無礼を詫びる行為、そして、私たちのために語ってくれたザサに対しての賛辞を表する行為を示した。
だが、
「…………」
そんなカウラの横で大柄な体躯の男は姿勢を変えない。
胡座をかき、膝に肘を置き、頰を拳で支え、目を閉じ、考え込んでいる様子だ。
そんな男の佇まいを見たザサは少しの不安感を募らせる。
この男はなぜこんなに眉間にしわを寄せ表情を曇らせているのだろうか。
ザサの説明が終わってからというもの言葉を発しないラザク。そんな様子を見かねたカウラが正座のまま話しかける。
「ラザク、どうしたのですか。黙りこくって。」
「いやぁよ、その、天樹ってのがどんなやつなのかってのはわかった。たしかに聞いたところじゃ、普通のやつじゃ手も足もでねえだろうな。」
「ええ、それは私も理解しました。」
「ちげぇよ。そこじゃねえんだ。納得できねぇとこは別にある。」
ラザクはそれまで閉じていた瞼を開けた。
その瞳はまっすぐとザサに向けられる。その視線には穏やかさなどはなく、針のように鋭くつけつけられた。
「おい、おっさん。」
ラザクは低く、声を上げた。
ザサと目を外させないようギン、と睨みつけながら自らの唇を動かす。
ザサの天樹について語られた内容、その中にはラザクが理解し難い事柄が存在したが為に。
ラザクはザサに問いかける。
「生贄ってのはどういうことだ?」
「……」
投げかけられた言葉。
それはザサにとって漬けこんで欲しくない類の部分だ。天樹に関することの中でも心が傷つき、憂い、嘆いたことである。
ザサは心ならずも下を向いてしまう。
だが、目を向けていたのを外されたラザクはそれに強く言い放つ。
「俺の目から背くなよ。おっさん。質問に答えろ。」
「生贄…。それが私たちの心にどれほど深い傷を残したか。どれほどの虚無を生み出したのか。その苦しみの味わいを思い出しながら私に語れと、そういうのですか?」
ラザクの豪気な声に対し、ザサは話すことを渋る。そこへカウラのなだめるような声音が加えられた。
「ラザク。彼らの思いも考えなければ…。」
「ああ、わかってるよ。」
ラザクはそんなカウラに対し、腕を小さく上げた。
ラザクは落ち着いた目つきでカウラを見、無言で自分は冷静だと主張する。
「………」
そんな瞳を見てカウラは判断した。ラザクは平静さを失ってはいない、と。
我を忘れず、状況を俯瞰して行動する。これはカウラもラザクも昔、修行時に教わった教訓だ。
ラザクには何か考えがあるとカウラは察し、それ以上、口を出さない。
「じゃあ、おっさん。ちょっと質問を変えるぞ。……なぜ、生贄を差し出した。」
「え?」
ザサは思いがけないことを聞かれ、驚嘆する。
なぜ、生贄を差し出したか?そんなの、
「そんなの、差し出して、天樹に襲われないようにするためでしょう!生贄を与えなかった昔、村がほぼ壊滅させられたのを聞いていなかったのですか?」
「ああ、それはちゃんと聞いたよ。」
「だったら…!」
「聞いて、理解した上で聞いたんだ。なぜ、生贄を差し出した、と。」
ラザクは淡々と、同じ問いを投げかけた。
そんな状況にザサは訳がわからないといった様子。
しかし、それもそうだろう。
痛苦な思いで成した行為、だが、村が生き残るためだ。
そんなザサを見てラザクは容赦のない言葉を与えた。
「人一つの命より、村の安否か。そりゃ、被害がどっちが大きいかを考えると、当たり前の選択だろうな。」
ラザクの言葉にザサは下を向きながら目を見開く。
ーなんだ?今この男は何と言った?
「天樹に村の誰かを与え続けてきたんだろ?自分じゃなかった時はさぞ安堵したんだろうな。」
ラザクは言葉を並べる。
その言葉を耳に入れたザサの心根にはわからない感情が湧き上がってきていた。わからないが、何かどす黒い感情。
「決められた奴は絶望して、ほかの奴は安心して、生贄になった奴の命をぞんざいに扱って捨ててきた。」
「黙れ!!」
淡々と話していたラザク。
彼に対しザサは睨みつけながら言葉を中止させた。
「捨ててきただと?ふざけるな。俺たちがどんな気持ちで数々のあの夜を迎えたのか。」
「…」
ラザクは憤慨したザサを無感情で見つめる。そして言葉を続けた。
「なんか俺は間違ったことを言ったか?」
ザサは睨みつけたはずのラザクが全く動揺しておらず、自分の言動に筋があると発することに驚嘆する。
だが、自分の今生まれた感情をさらけ出さなければ釈然としない、腹の虫がおさまらない。
ラザクに対して激情を放つ。
胸ぐらを掴み唾を吐き出す。
「間違ってる!間違ってしかいないし、あんたはなにもわかってない!俺たちがそんな気持ち…で…」
「でも、お前らがしてきたことだ。」
ザサが怒気を吐き出す反面、ラザクは大きな体躯を使い、立ち上がり、冷酷なまでに目の前の村の長を見下ろした。
「したくてしたことだと思っているのか⁈」
胸ぐらを掴みながらザサは感情を激発させる。たとえ目の前の男が自身の身体より大きかろうと決して怯むことなどしない。
ラザクは見下ろした。顔を皺くちゃにし、怒りに怒ったザサの面を。
だが、ザサの瞳に垣間見える自身の不甲斐なさの根幹を。
ラザクは静かな声音で怒声を放ち、
「お前らは根っこから違えんだ。」
「え?」
すると、ザサはラザクの言葉に一瞬理解できなかったと思うと、体が宙を待っていた。途端、背中に盛大に衝撃がはしる。
一本背負い。鋭く、それでいて誰もが見ても文句なしにキレのある一本背負いだった。ラザクは呆然とした顔をしたザサの上にまたがる。
「オメーラは、天樹ってのを怖がってるだけだろぉがぁ!!」
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