羅天絞喰

D・D

文字の大きさ
上 下
3 / 36
第一章 怖くて偉大で大きな木

2.生贄

しおりを挟む
星が輝いている。空には綺麗な星々が点々とバラ撒かれており、それぞれが必死こいて発光しているのがわかる。何とも美しい空だろうか。

なぜこんな日に限ってこんなにも綺麗な夜空が蔓延しているのか。

ザサはふと上を見上げて思う。
皮肉なものだ。私たちのことなど天は気にも留めないのだろうな。

今、私たちはある意味で窮地である。誰を死なせるかの話し合いをしているようなものだ。

「うぐっ…えぅ」

静寂に包まれたこの場では泣いている少年の嗚咽する音しか聞こえない。村の者たちは言葉を発せない。
少年を一人死へと向かわせる、そんな残酷なことをしなければならないこの状況。
ザサも何を言えば良いのか、言葉に詰まる。

どうすれば良いか。いや、どうしたとしても希望の未来はこない。必ず、ことの終わりには村人たちの心に絶望感がまとわりつく。

「……」
「なっ……⁈」

静かであるこの広場で一人の少年が手を挙げた。それは恐れを持たない、しっかりとした強い表情を持つ男の子であり、

「フウ?」

村の長ザサの息子であった。

「僕が行くよ。」

決定的な一言。
自分が死ぬことをいとわない意思を持った言葉。皆を守る意思を持った男の子。

ザサの耳にはしっかりと息子であるフウの言った言葉が入っていた。ひるまず、村を守るために自分がいく、そういった目を向けられたザサは言葉が出てこない。

村の長の息子として村を守るために死地へ行く。その心意気は他の人にはできない。

ザサは自分の息子として誇りに思い、自慢の息子だと声高に言うことができるだろう。

だが、ザサは家族として、父親として、息子を見放したくはなかった。私情を挟んでいることはわかっている。

それでも、息子には…「行く」と言ってほしくはなかった。

自分によく似た子だと自負している。同年代からの信頼も厚く、責任感を持ち、リーダー質のある少年だと我が息子ながら思う。

しかし、そうだとはいえここでその責任感をここで発揮してほしくはなかったことはザサの心の本音であった。すると、

「ダメだよ…」

一つの言葉が飛んだ。それは、フウに向けられた言葉であり、フウとよく一緒におり、遊んだりもしていた一人の少年の声だった。

その少年の声音は涙ごもっており震えていながらも勇気を振り絞って発したことがわかった。 

「…キト」

フウは最も仲のいい友達、キトに眼差しを向ける。その瞳には固い意志と勇気、そして少しの諦念が含まれており、目があったキトは思わず萎縮してしまう。だが、

「ダメだよ。フウは行くべき…人じゃない…よ。」

キトは告げる。フウの決意は眼差しで伝えられた。フウの強く固い決められた意志は、否が応でも心に伝わってきた。

キトは涙を流した。しかし、目はフウから背けなかった。

でも、それでも、やはり…友達がいなくなるのは嫌だから。 

「フウ、言ってた…じゃないか。ザサさんの後を継ぐのが…夢だって。それは、どうする…の?」

「……」

フウは沈黙する。

キトの言ったことは事実だ。夢をキトに語ってきて、将来の自分像も日頃、思い描いてきたものだ。自分の夢を見捨てることは確かに惜しい。しかし、

「…状況が状況だ。しかたがない…だろ?」

フウは言う。自分の身を案じてくれている友に向かって。

「でも、なんで…フウが行かなきゃ………⁉︎」

キトは心根の感情をフウに告げる。フウが行ってほしくないというのはまぎれもないキトの本音だ。

しかし、今のキトの発言はあまりにも無粋であった。

フウの眼差しが少し鋭くなる。キトも思わず息を飲んだ。

フウは静かに視線を緩め柔らかな口調でキトに対して告げた。

「じゃあ、どうする。誰かが行くのか?」

そう言われたキトは何も言い返せない。

この場で言うべき台詞、それは「代わりに僕が行く」なのだろう。

しかし、その言い分は胸の奥底から出てこず、キトは沈黙しか生み出せなかった。

決してキトの心が弱くて脆いわけではない。誰だってここでは黙ってしまうものなのだ。死ぬのは誰しも怖いことであるのだから。

「誰かがやんなきゃいけない。やらなきゃ、死人が増えるだけだ。それはお前も知ってるだろ?」

「……」
キトは黙ってしまう。最も仲が良く自分にはもったいないくらいの友達。フウが言うことは決して間違ってはいない。

言い返せない。でも、行ってほしくはない。

この日が永遠の別れだなんて、思いたくなんてないのに。

「フウは…死ぬのは…怖くないの?」

ふと、思わずそういった言葉を言ってしまった。自分の心の内に渦巻いているこの感情をフウにはないのだろうか。

またもや、無粋の質問をしてしまったのかもしれないが、キトはフウに対してこれを聞いておきたいと思っている自分がいた。

「…怖ぇよ。怖いし、寂しい。」

フウは正直にキトに対してそう告げる。
自分の今の心境を包み隠さず、友に伝えた。

死のことに対して考えると、手が震え、足が震え、体が恐怖に支配される。 

が、寂しさというのはそれ以上にフウを苦しめた。
友と一緒に過ごした時間、家族と村のみんなと共に過ごした時間がこの日で終わるのだ。

もう、友と、家族と、村のみんなと過ごせないのだから。思い巡らすと目に涙が浮かぶ。めったに泣かないフウがその夜、大粒の涙を流した。

「俺が…行く」

フウは一言友に告げた。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

斑鳩いかるのシンリョウジョ

ちきりやばじーな
ファンタジー
特殊能力の発現・取り扱いにお悩みの方へ 特殊症状の診断を受けてみませんか? 斑鳩シンリョウジョでは症状の改善・サポートを行っています! まずはお気軽にご相談ください!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

俺だけ2つスキルを持っていたので異端認定されました

七鳳
ファンタジー
いいね&お気に入り登録&感想頂けると励みになります。 世界には生まれた瞬間に 「1人1つのオリジナルスキル」 が与えられる。 それが、この世界の 絶対のルール だった。 そんな中で主人公だけがスキルを2つ持ってしまっていた。 異端認定された主人公は様々な苦難を乗り越えながら、世界に復讐を決意する。 ※1話毎の文字数少なめで、不定期で更新の予定です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...