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第一章
うさぎの罠
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「それで、さ……蘇芳倭人とは“そういう関係”なの……?」
「……はい?」
理性を総動員して変態千秋クンを押し込めていると、琳門から何やら意味不明なことを聞かれた。
そういう関係ってどういう? ……とそこで、倭人の何とも憎たらしいドヤ顔が思い出される。
ああ……そういえばあの時、倭人がキス付きでそんな説明してたっけ。あの時はもう既に絶望に染まってたから否定する気力がなかったんだ……。
でも、こうやって誤解を解くチャンスをくれたんだから、いっちょここはカッコ良くビシッと言っとかないと!
「倭人とはぜんっぜん何もないよ! アイツが勝手にしてくるだけ! 俺はアイツのことなんかこれっぽっちも……っ」
これっぽっちも……、いやたまにぐらつくけど。あの男の無駄な色気にやられまくってるけど。
うんまだセーフだよね。交わらなけりゃオッケーオッケー。
「……ほんと?」
「ほんとほんと! むしろ俺は琳門とチューしたいし!」
「えっ」
「あれっ」
ん? 今俺なんて言った?
あまりにもつるっと自然に口から出ちゃったから、事の重大さがわからず琳門の様子を窺う。
するとまさに顔面パンチを食らった時のような衝撃的な顔をしている琳門が。
あ、俺今絶対変なこと言ったわ。
「……チュー、したいの? 僕と?」
「えっ、いや、その……それは言葉の綾というか、」
倭人との関係を否定することに全力を注ぐあまりいらんことまで言ってしまった。
ま、まあ常日頃から琳門の度を越えた可愛さに食べちゃいたいとか襲いたいとか思ってたけど……。
チューはなんか違った!! ごめん!! 取り消させて!!
「そ、そうだ! そういえばまだ、俺を避けた理由ちゃんと聞いてなかった! どうすればいいかわかんないって、どういうことだったの??」
とりあえず何事もなかったかのように会話を逸らそう。
よし、これでさっきの失態はチャラだ。
琳門の様子を見るに、俺のことを嫌いになったわけじゃなさそうだし、余裕を持って理由を聞ける。
どんな理由でも受け止められるぜ!! ばちこい!!
琳門はまだ怪訝そうな表情だったけど、俺の話に乗ってくれるそうで渋々といった感じに口を開いてくれた。ありがとうございます。
「……僕にとって、女はみんな恐怖対象だった。小さい頃から何もしてないのに追いかけ回されるし、明らか僕を見る目が異常だったし。近所の大学生に襲われそうになったこともある」
おお……マジか……そりゃあ極度の女性恐怖症になるのも頷けるな。逃げても逃げても追いかけてくるとかどこのホラーゲームだよ。
しかも小さい頃からそんな悲惨な目にあってたとか……まあ確かに、こんなご馳走が目前にあったら襲いたくなっちゃうのもわかるけど。
「でも、千秋が女だって知った時、不思議と怖くは思わなかったんだ」
「っ、琳門……!」
なにそれ、凄く嬉しい。
ああ良かった襲うの我慢してて。
いやあマジで危なかった。過去の自分を全力で褒めてあげたい。
これで俺たちはこれからも唯一無二の親友だ……!
「むしろ、なんだかドキドキした。千秋のことまともに見れなくなって……」
「うんうん……ん?」
「こんなこと初めてでどうすればいいかわからなかったし、今までどんな会話してたか思い出せなくて素っ気ない態度取っちゃうし」
「え、えと……? 琳門さん?」
「それに蘇芳にキスされた千秋を思い出す度腹の底から怒りが込み上げて、油断したら千秋に酷いことしちゃいそうだった」
「!?」
そんな自分が怖かったんだ、と自嘲気味に笑う琳門。
って、えええええ!?
じゃあ怯えたように俺のこと避けてたのはそういうこと!?
いやいや、それより待って。なんか雲行きがものすっごい怪しいんだけど。
さっきから顔を赤くしたまま照れっ照れしてる琳門。
いやそりゃあもう可愛いよ? いつでも襲う準備はできてるよ?
だけどなんか違う。今までとは明らかに何かが違う!!
「でも本当は千秋、蘇芳なんかより僕としたいんだもんね?」
「……ッ!!」
にっこり。そう確信しきった笑みを浮かべる琳門。そのまん丸としたドールアイは真っ直ぐに俺を捉えていて、何も言えなくなる。
いやいやいや!! この状況はなんかマズイ!! いつの間にか話題戻っちゃってるし!! 何か言わないとマズイ!!
「りりり琳門?? ちょっと待って?? さっきも言ったけどソレはなんていうか、ジョークのようなもので……」
「……千秋、嘘ついたの?」
「ッ!?」
「やっぱり僕とは嫌なんだッ! 千秋は僕より蘇芳なんかを選ぶの!?」
「えっ、え!? そんなことないよ!? 琳門が嫌なんてあり得ない!!」
「……じゃあ、はい」
証明して? とばかりに己の顔を差し出す琳門。
ンンン!? いやどゆこと!!? 何これ俺が琳門にチューする流れ!? えっ、嘘でしょ!?
「……千秋、」
「……ッ」
お姫様のように愛くるしい琳門の唇を前にあたふたしていると、琳門が猜疑心たっぷりの視線でじとりと見上げてきた。
くっ……ここで俺が何もしなかったら、もれなく嘘つきのレッテルを貼られる。そして今度こそ間違いなく嫌われる。
琳門の軽蔑した顔もショックを受けた顔も見たくない!
で、でも……あの、チューはさすがに……あっ、そうだ!
「り、琳門? ちょっと目閉じてもらってもいい?」
「……ん」
よしこれしかない! この隙に琳門の唇じゃなくてほっぺにチューする!
同じ『チュー』だし文句はないよね!? 有言実行素晴らしい!!
すると、素直に目を閉じてくれた琳門。
うっわーー睫毛なっがーー。何本生えてんだよ。ふっさふさじゃん。肌もきめ細かすぎだろ。唇は見事な桜色でぷっくりしてて……ああほんと食べちゃいたい……
っていやいや!! 俺がするのはほっぺだから!!
そろり、と琳門の正面からちょいななめ左に移動する。
このまま顔を近付けるだけ……覚悟を決めろ俺……よし、今だ!! いっけーーー!!!
――――チュッ
「……ん?」
「あは、嘘じゃなかったんだね。信じてあげる」
頬を染めて満足そうに笑う琳門。対して俺は暫しの間フリーズする。
……ん? あれ?
なんか今明らかほっぺよりも柔らかい部分に俺の唇当たったような……。
しかもしかも?
チューする寸前琳門が僅かに右――即ち俺がいる方へと顔を向けたような……。
あれ? あれ? まさか俺……、
「やっぱ千秋は女の子だね。女の子の唇ってそんな柔らかいんだぁ。嫌悪感も全然なかったな……あ、そうだ。僕、千秋相手だったら女性恐怖症克服できるかも」
自分の唇をふにふにと確かめるように触りながら言葉を紡ぐ琳門。
ってこれ間違いなくチューしちゃったよね!? ほっぺじゃなく本来の意味で!!
なんで!? どゆこと!?
俺の作戦は完璧だったはずなのに……!!
……と、予想外の出来事に対応しきれていなかった俺は、琳門のニヤリとした妖しい笑みには気付かなかった。
「ねえ、千秋……リハビリ、手伝ってくれない?」
「……ッ!!」
以前聞いたことのあるようなセリフに驚いて顔を上げれば、そこには不安そうにうるうると見上げてくる琳門の姿が。
な、ぎゃ、ギャン可愛いいいいい!!!
うっ……ダメだ、萌え殺された。
ただ只管身悶えていると、琳門がその凶器的な顔のまま俺の顔を覗き込んでくる。
なんかもう色々とヤバかったので、「……ダメ?」と再度懇願してくる琳門に、その『お願い』の内容をまともに理解しないままコクコクと頷いていた。
「ありがとう! じゃあ僕、温泉行ってくるね」
そうスキップをする勢いで鼻唄を歌いながら部屋を出ていった琳門。
そんな姿に俺は……どこか安心していた。
あー良かった。なんか途中よくわからんかったけどやっぱり嫌われてはいないみたいだ。
これで危惧していた『女だってバレる』→『嫌われる』という絶望的な展開は免れたことになる。
リハビリか~何するんだろうな~。手繋ぐとか? あれ、でもそれは以前もやってたような……
まあアレか、女性恐怖症は意識の問題かもしれないんだし、俺が《女》であることを意識したままやることに意味があるのかな。
何より、琳門の役に立てることが嬉しいな~。
……なんて、どこまでも呑気な俺は晴れ晴れした気持ちで着替えた後、温泉へ向かうのであった。
「……はい?」
理性を総動員して変態千秋クンを押し込めていると、琳門から何やら意味不明なことを聞かれた。
そういう関係ってどういう? ……とそこで、倭人の何とも憎たらしいドヤ顔が思い出される。
ああ……そういえばあの時、倭人がキス付きでそんな説明してたっけ。あの時はもう既に絶望に染まってたから否定する気力がなかったんだ……。
でも、こうやって誤解を解くチャンスをくれたんだから、いっちょここはカッコ良くビシッと言っとかないと!
「倭人とはぜんっぜん何もないよ! アイツが勝手にしてくるだけ! 俺はアイツのことなんかこれっぽっちも……っ」
これっぽっちも……、いやたまにぐらつくけど。あの男の無駄な色気にやられまくってるけど。
うんまだセーフだよね。交わらなけりゃオッケーオッケー。
「……ほんと?」
「ほんとほんと! むしろ俺は琳門とチューしたいし!」
「えっ」
「あれっ」
ん? 今俺なんて言った?
あまりにもつるっと自然に口から出ちゃったから、事の重大さがわからず琳門の様子を窺う。
するとまさに顔面パンチを食らった時のような衝撃的な顔をしている琳門が。
あ、俺今絶対変なこと言ったわ。
「……チュー、したいの? 僕と?」
「えっ、いや、その……それは言葉の綾というか、」
倭人との関係を否定することに全力を注ぐあまりいらんことまで言ってしまった。
ま、まあ常日頃から琳門の度を越えた可愛さに食べちゃいたいとか襲いたいとか思ってたけど……。
チューはなんか違った!! ごめん!! 取り消させて!!
「そ、そうだ! そういえばまだ、俺を避けた理由ちゃんと聞いてなかった! どうすればいいかわかんないって、どういうことだったの??」
とりあえず何事もなかったかのように会話を逸らそう。
よし、これでさっきの失態はチャラだ。
琳門の様子を見るに、俺のことを嫌いになったわけじゃなさそうだし、余裕を持って理由を聞ける。
どんな理由でも受け止められるぜ!! ばちこい!!
琳門はまだ怪訝そうな表情だったけど、俺の話に乗ってくれるそうで渋々といった感じに口を開いてくれた。ありがとうございます。
「……僕にとって、女はみんな恐怖対象だった。小さい頃から何もしてないのに追いかけ回されるし、明らか僕を見る目が異常だったし。近所の大学生に襲われそうになったこともある」
おお……マジか……そりゃあ極度の女性恐怖症になるのも頷けるな。逃げても逃げても追いかけてくるとかどこのホラーゲームだよ。
しかも小さい頃からそんな悲惨な目にあってたとか……まあ確かに、こんなご馳走が目前にあったら襲いたくなっちゃうのもわかるけど。
「でも、千秋が女だって知った時、不思議と怖くは思わなかったんだ」
「っ、琳門……!」
なにそれ、凄く嬉しい。
ああ良かった襲うの我慢してて。
いやあマジで危なかった。過去の自分を全力で褒めてあげたい。
これで俺たちはこれからも唯一無二の親友だ……!
「むしろ、なんだかドキドキした。千秋のことまともに見れなくなって……」
「うんうん……ん?」
「こんなこと初めてでどうすればいいかわからなかったし、今までどんな会話してたか思い出せなくて素っ気ない態度取っちゃうし」
「え、えと……? 琳門さん?」
「それに蘇芳にキスされた千秋を思い出す度腹の底から怒りが込み上げて、油断したら千秋に酷いことしちゃいそうだった」
「!?」
そんな自分が怖かったんだ、と自嘲気味に笑う琳門。
って、えええええ!?
じゃあ怯えたように俺のこと避けてたのはそういうこと!?
いやいや、それより待って。なんか雲行きがものすっごい怪しいんだけど。
さっきから顔を赤くしたまま照れっ照れしてる琳門。
いやそりゃあもう可愛いよ? いつでも襲う準備はできてるよ?
だけどなんか違う。今までとは明らかに何かが違う!!
「でも本当は千秋、蘇芳なんかより僕としたいんだもんね?」
「……ッ!!」
にっこり。そう確信しきった笑みを浮かべる琳門。そのまん丸としたドールアイは真っ直ぐに俺を捉えていて、何も言えなくなる。
いやいやいや!! この状況はなんかマズイ!! いつの間にか話題戻っちゃってるし!! 何か言わないとマズイ!!
「りりり琳門?? ちょっと待って?? さっきも言ったけどソレはなんていうか、ジョークのようなもので……」
「……千秋、嘘ついたの?」
「ッ!?」
「やっぱり僕とは嫌なんだッ! 千秋は僕より蘇芳なんかを選ぶの!?」
「えっ、え!? そんなことないよ!? 琳門が嫌なんてあり得ない!!」
「……じゃあ、はい」
証明して? とばかりに己の顔を差し出す琳門。
ンンン!? いやどゆこと!!? 何これ俺が琳門にチューする流れ!? えっ、嘘でしょ!?
「……千秋、」
「……ッ」
お姫様のように愛くるしい琳門の唇を前にあたふたしていると、琳門が猜疑心たっぷりの視線でじとりと見上げてきた。
くっ……ここで俺が何もしなかったら、もれなく嘘つきのレッテルを貼られる。そして今度こそ間違いなく嫌われる。
琳門の軽蔑した顔もショックを受けた顔も見たくない!
で、でも……あの、チューはさすがに……あっ、そうだ!
「り、琳門? ちょっと目閉じてもらってもいい?」
「……ん」
よしこれしかない! この隙に琳門の唇じゃなくてほっぺにチューする!
同じ『チュー』だし文句はないよね!? 有言実行素晴らしい!!
すると、素直に目を閉じてくれた琳門。
うっわーー睫毛なっがーー。何本生えてんだよ。ふっさふさじゃん。肌もきめ細かすぎだろ。唇は見事な桜色でぷっくりしてて……ああほんと食べちゃいたい……
っていやいや!! 俺がするのはほっぺだから!!
そろり、と琳門の正面からちょいななめ左に移動する。
このまま顔を近付けるだけ……覚悟を決めろ俺……よし、今だ!! いっけーーー!!!
――――チュッ
「……ん?」
「あは、嘘じゃなかったんだね。信じてあげる」
頬を染めて満足そうに笑う琳門。対して俺は暫しの間フリーズする。
……ん? あれ?
なんか今明らかほっぺよりも柔らかい部分に俺の唇当たったような……。
しかもしかも?
チューする寸前琳門が僅かに右――即ち俺がいる方へと顔を向けたような……。
あれ? あれ? まさか俺……、
「やっぱ千秋は女の子だね。女の子の唇ってそんな柔らかいんだぁ。嫌悪感も全然なかったな……あ、そうだ。僕、千秋相手だったら女性恐怖症克服できるかも」
自分の唇をふにふにと確かめるように触りながら言葉を紡ぐ琳門。
ってこれ間違いなくチューしちゃったよね!? ほっぺじゃなく本来の意味で!!
なんで!? どゆこと!?
俺の作戦は完璧だったはずなのに……!!
……と、予想外の出来事に対応しきれていなかった俺は、琳門のニヤリとした妖しい笑みには気付かなかった。
「ねえ、千秋……リハビリ、手伝ってくれない?」
「……ッ!!」
以前聞いたことのあるようなセリフに驚いて顔を上げれば、そこには不安そうにうるうると見上げてくる琳門の姿が。
な、ぎゃ、ギャン可愛いいいいい!!!
うっ……ダメだ、萌え殺された。
ただ只管身悶えていると、琳門がその凶器的な顔のまま俺の顔を覗き込んでくる。
なんかもう色々とヤバかったので、「……ダメ?」と再度懇願してくる琳門に、その『お願い』の内容をまともに理解しないままコクコクと頷いていた。
「ありがとう! じゃあ僕、温泉行ってくるね」
そうスキップをする勢いで鼻唄を歌いながら部屋を出ていった琳門。
そんな姿に俺は……どこか安心していた。
あー良かった。なんか途中よくわからんかったけどやっぱり嫌われてはいないみたいだ。
これで危惧していた『女だってバレる』→『嫌われる』という絶望的な展開は免れたことになる。
リハビリか~何するんだろうな~。手繋ぐとか? あれ、でもそれは以前もやってたような……
まあアレか、女性恐怖症は意識の問題かもしれないんだし、俺が《女》であることを意識したままやることに意味があるのかな。
何より、琳門の役に立てることが嬉しいな~。
……なんて、どこまでも呑気な俺は晴れ晴れした気持ちで着替えた後、温泉へ向かうのであった。
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