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第一章
わんこ系①
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「ちーあきっ」
「っ、」
考え事をしていたら、体に衝撃が走って動きを止めた。この遠慮のない行動、甘えた口調……さては!
「佐伯先輩!」
「おう! お前難しい顔してたぞ? どうした?」
どうしたって……それは……。
先日の蘇芳倭人のことについて考えていた。
あの時――――全く男であることを意識していなかった。表情から仕草、声まで女のソレだったと思う。勘の鋭いあいつのことだからバレていそうで気が気じゃない。
あれから何の接触もないことが唯一の救いなんだろうけど……。このじわりじわりと蝕まれていく感じ、生きた心地がしない。死刑宣告を待つかのようだ。
「って、ちょっと! どこ触ってるんですか!」
「えー? だって千秋の身体柔らかくて触り心地いいんだもん。女みてぇ」
「!」
その前に、この人! この人をなんとかしないと!
このやたら馴れ馴れしい人は、佐伯礎先輩。一個上で、三年生。フットボールのサークルに勧誘されたのが出会いだ。
……結局俺は断ったのに、何故か会う度話しかけられる。
なんていうか、不思議な人。
「なぁ~、いい加減サークルに入らない?」
「入りません。汗掻きたくないので。ていうか離してください」
脂肪のない腕を抓りながら引き剥がすと、不満そうな声を上げる。こんな抓りにくい腕は初めてだ。どんだけ筋トレすればこんなカッチコチになるんだか。
「つれないねぇ。お前は汗掻いても可愛いと思うぞ?」
「そういう問題じゃありません。それと可愛いって言うのやめてください。俺は男ですよ」
「可愛いものに可愛いって言って何が悪い」
……時たま、この人は俺の正体に気付いてるんじゃないかと思う。気付いてる上で、こうして揶揄ってきてるのではないかと。
この人畜無害そうな笑みの下では何を思っているのか……。まぁ、俺に害がないならどうでもいいけどね。核心をつくようなことは言われないし。
ようやく離れてくれた先輩の顔を下から見上げる。
でかい図体のせいで怖い印象を持たれがちだけど、それを遥かに上回る人懐っこい態度とワンコみたいな目が特徴。明るい髪色も相俟ってゴールデンレトリバーのようだ。
スポーツもできて、みんなの人気者。爽やかって言葉はこの人のためにあると言っても過言ではない。
「礎せんぱぁい! 今日の練習なくなったらしいですよ~」
「えっマジか!」
女の子数人が集まってきた。きっとフットボールサークルの人達だろう。
少し下がったところからちらりと盗み見れば何人かは頬を染めていて、先輩のモテ具合が確認できる。
「なんだ~折角テスト明けのなまった身体動かせると思ったのにな」
「あの、だからこの後あたし達と遊びに行きませんか!?」
「他の先輩たちもいるんで!」
「テストお疲れ会みたいな!」
わーお、みんな必死だな~。そんな頑張らなくても先輩のことだから快く承諾して――――。
「んー、ごめん! 今日はこいつと約束あるから!」
「は!?」
急に引っ張ってこられて思わず声をあげてしまった。何言ってんのこの人!?
「……え?」
「きゃーー! 千秋くんじゃん!」
「わ! いつからそこに!? っていうか二人って仲良かったの!?」
あーあ。見つかっちゃった。絶対こうなるだろうと思ってそっぽ向いてたのに。
「じゃ、じゃあっ、千秋くんも一緒においでよ!」
「千秋くんならみんな大歓迎だよ!」
えー俺完全部外者だよね? 人様のテリトリーに踏み込むほど神経図太くないです。
「だーめー! 俺は千秋と二人で遊びたいの! 誰にも邪魔されたくありません!」
んな!?
「えーっ先輩だけずるーい!」
「私達も千秋くんと仲良くなりたいのに~」
「あっ……先輩もしかして、」
「え? なになに?」
「――――ああ! なるほど~」
「えーやだー」
ちょ、ちょ、ちょ。
何ですかお嬢さん方その意味深な眼差しは。そんなニヤニヤされるとさすがに居心地悪いんだけど?
「そういうことなら、仕方ないですね」
「礎先輩、千秋くんとのデート楽しんでくださーい」
「またサークルで会いましょうね~」
「千秋くんバイバーイ」
嵐のように去っていった女子大生すなわちJD達。現代っ子ならではのくるくる展開する会話劇に呆然とするしかなかった。……女の子、恐るべし。
彼女達を見届けた先輩は、くるりとこちらに振り返って輝かしい笑みを向ける。……くっ、この笑顔……目に悪い!
「いや~それにしてもすごい人気だったなぁ。千秋を視界に入れた途端あいつらの声ワントーン上がってたぞ」
「先輩も人のこと言えないでしょうが……ていうか! 先輩が変な言い方するから誤解されたじゃないですか!」
「え? 誤解? なにを?」
……っ、だからこの人は嫌なんだ……。
「そもそも! 俺約束なんてした覚えありませんし!」
「ああ。そうだったな。だから俺と遊んでくれ」
「っ!」
ああもうっ、どうしてこう、この人は……。
佐伯先輩と一緒にいるとペース乱されっぱなしだ。こんなの俺が楽しめないから嫌なんだけど!
「残念ですが、生憎今日は予定があります」
「え? バイトは月木金だろ? それに人と深く関わろうとしないお前が何の予定入れたんだよ」
「……っ、あんたは俺のストーカーか!」
バイトの曜日なんて教えた記憶ないんだけど!?
てか何気に今貶したよね! ……とんでもないぞ、この先輩。
確かに予定はないけども……。もっと他の用事があるとか考えないのかね。
でもまあどう誤魔化そうとも通用しない気がする。こういう人にははっきり言うのが一番だ。
「予定はないですけど、先輩と遊ぶのは嫌です」
「なんで?」
なんでって……聞くか普通!? なんなのこの人、バカなの!?
「なんでもです。先輩と遊びたくない事実は変わりません」
「千秋、俺のこと嫌いなの?」
さすが先輩、そう来たか。俺が嫌いと言わないとタカをくくっているな?
確かに嫌いではないけど……思うツボになってたまるか!
「っき、嫌いです」
「え……、」
ッ、ちょ! 自分で聞いといて勝手に凹まないでよ! ほんとなんなの!
その垂れ下がった耳と尻尾をどうにかしてよ! そんな子犬のような愛くるしい瞳で見つめても、ダメ、なん……だ、から……。
「ああもう! 嫌いじゃないです! どこに行きたいんですか!?」
「わぁーい。千秋やっさしー」
もうやだ、この人。
「っ、」
考え事をしていたら、体に衝撃が走って動きを止めた。この遠慮のない行動、甘えた口調……さては!
「佐伯先輩!」
「おう! お前難しい顔してたぞ? どうした?」
どうしたって……それは……。
先日の蘇芳倭人のことについて考えていた。
あの時――――全く男であることを意識していなかった。表情から仕草、声まで女のソレだったと思う。勘の鋭いあいつのことだからバレていそうで気が気じゃない。
あれから何の接触もないことが唯一の救いなんだろうけど……。このじわりじわりと蝕まれていく感じ、生きた心地がしない。死刑宣告を待つかのようだ。
「って、ちょっと! どこ触ってるんですか!」
「えー? だって千秋の身体柔らかくて触り心地いいんだもん。女みてぇ」
「!」
その前に、この人! この人をなんとかしないと!
このやたら馴れ馴れしい人は、佐伯礎先輩。一個上で、三年生。フットボールのサークルに勧誘されたのが出会いだ。
……結局俺は断ったのに、何故か会う度話しかけられる。
なんていうか、不思議な人。
「なぁ~、いい加減サークルに入らない?」
「入りません。汗掻きたくないので。ていうか離してください」
脂肪のない腕を抓りながら引き剥がすと、不満そうな声を上げる。こんな抓りにくい腕は初めてだ。どんだけ筋トレすればこんなカッチコチになるんだか。
「つれないねぇ。お前は汗掻いても可愛いと思うぞ?」
「そういう問題じゃありません。それと可愛いって言うのやめてください。俺は男ですよ」
「可愛いものに可愛いって言って何が悪い」
……時たま、この人は俺の正体に気付いてるんじゃないかと思う。気付いてる上で、こうして揶揄ってきてるのではないかと。
この人畜無害そうな笑みの下では何を思っているのか……。まぁ、俺に害がないならどうでもいいけどね。核心をつくようなことは言われないし。
ようやく離れてくれた先輩の顔を下から見上げる。
でかい図体のせいで怖い印象を持たれがちだけど、それを遥かに上回る人懐っこい態度とワンコみたいな目が特徴。明るい髪色も相俟ってゴールデンレトリバーのようだ。
スポーツもできて、みんなの人気者。爽やかって言葉はこの人のためにあると言っても過言ではない。
「礎せんぱぁい! 今日の練習なくなったらしいですよ~」
「えっマジか!」
女の子数人が集まってきた。きっとフットボールサークルの人達だろう。
少し下がったところからちらりと盗み見れば何人かは頬を染めていて、先輩のモテ具合が確認できる。
「なんだ~折角テスト明けのなまった身体動かせると思ったのにな」
「あの、だからこの後あたし達と遊びに行きませんか!?」
「他の先輩たちもいるんで!」
「テストお疲れ会みたいな!」
わーお、みんな必死だな~。そんな頑張らなくても先輩のことだから快く承諾して――――。
「んー、ごめん! 今日はこいつと約束あるから!」
「は!?」
急に引っ張ってこられて思わず声をあげてしまった。何言ってんのこの人!?
「……え?」
「きゃーー! 千秋くんじゃん!」
「わ! いつからそこに!? っていうか二人って仲良かったの!?」
あーあ。見つかっちゃった。絶対こうなるだろうと思ってそっぽ向いてたのに。
「じゃ、じゃあっ、千秋くんも一緒においでよ!」
「千秋くんならみんな大歓迎だよ!」
えー俺完全部外者だよね? 人様のテリトリーに踏み込むほど神経図太くないです。
「だーめー! 俺は千秋と二人で遊びたいの! 誰にも邪魔されたくありません!」
んな!?
「えーっ先輩だけずるーい!」
「私達も千秋くんと仲良くなりたいのに~」
「あっ……先輩もしかして、」
「え? なになに?」
「――――ああ! なるほど~」
「えーやだー」
ちょ、ちょ、ちょ。
何ですかお嬢さん方その意味深な眼差しは。そんなニヤニヤされるとさすがに居心地悪いんだけど?
「そういうことなら、仕方ないですね」
「礎先輩、千秋くんとのデート楽しんでくださーい」
「またサークルで会いましょうね~」
「千秋くんバイバーイ」
嵐のように去っていった女子大生すなわちJD達。現代っ子ならではのくるくる展開する会話劇に呆然とするしかなかった。……女の子、恐るべし。
彼女達を見届けた先輩は、くるりとこちらに振り返って輝かしい笑みを向ける。……くっ、この笑顔……目に悪い!
「いや~それにしてもすごい人気だったなぁ。千秋を視界に入れた途端あいつらの声ワントーン上がってたぞ」
「先輩も人のこと言えないでしょうが……ていうか! 先輩が変な言い方するから誤解されたじゃないですか!」
「え? 誤解? なにを?」
……っ、だからこの人は嫌なんだ……。
「そもそも! 俺約束なんてした覚えありませんし!」
「ああ。そうだったな。だから俺と遊んでくれ」
「っ!」
ああもうっ、どうしてこう、この人は……。
佐伯先輩と一緒にいるとペース乱されっぱなしだ。こんなの俺が楽しめないから嫌なんだけど!
「残念ですが、生憎今日は予定があります」
「え? バイトは月木金だろ? それに人と深く関わろうとしないお前が何の予定入れたんだよ」
「……っ、あんたは俺のストーカーか!」
バイトの曜日なんて教えた記憶ないんだけど!?
てか何気に今貶したよね! ……とんでもないぞ、この先輩。
確かに予定はないけども……。もっと他の用事があるとか考えないのかね。
でもまあどう誤魔化そうとも通用しない気がする。こういう人にははっきり言うのが一番だ。
「予定はないですけど、先輩と遊ぶのは嫌です」
「なんで?」
なんでって……聞くか普通!? なんなのこの人、バカなの!?
「なんでもです。先輩と遊びたくない事実は変わりません」
「千秋、俺のこと嫌いなの?」
さすが先輩、そう来たか。俺が嫌いと言わないとタカをくくっているな?
確かに嫌いではないけど……思うツボになってたまるか!
「っき、嫌いです」
「え……、」
ッ、ちょ! 自分で聞いといて勝手に凹まないでよ! ほんとなんなの!
その垂れ下がった耳と尻尾をどうにかしてよ! そんな子犬のような愛くるしい瞳で見つめても、ダメ、なん……だ、から……。
「ああもう! 嫌いじゃないです! どこに行きたいんですか!?」
「わぁーい。千秋やっさしー」
もうやだ、この人。
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