上 下
1 / 18

しおりを挟む
「ううっ、うっ……うええええんっ」
「……」

 只今、目の前で大号泣している男の子。そんな彼を私は無表情で見下ろす。
 左手には見るも無残な姿形になっているウサギのぬいぐるみ。さっきまで男の子が大事そうに抱えていたものだ。

「ひっ、ひどいよおおおっ僕の、うさちゃん……ッ」
「……」

 つまりは、男の子が大事そうに抱えていたウサギのぬいぐるみを、私が力ずくで奪って、あろうことかぐちゃぐちゃに引き裂いた。
 そりゃあ泣くわな。まだ6歳だし、そのぬいぐるみはお母さんに買ってもらった大切なモノだと言っていた。

 だけど、1つだけ言わせてもらいたい。

 私だってほんとはこんなことしたくないんだよおおおおお!!!!



 ―――何故、こうなってしまったか。

 順を追って話そう。
 私は少し前まで、純粋な《悪い子》だった。甘やかされて育った所謂我儘お嬢様。常に誰かに迷惑をかけ、毎日のように人を泣かせたという。
 私にとってそれが当たり前の光景だったし、特に何とも思わなかった。思っていたのは泣いてる暇があったら早く言う通りに動けよ、くらいだ。

 今思えば最低だと思う。僅か5歳でそんなことを考えるくらいだ、将来はさぞご立派な悪役令嬢になったであろう。

 ―――だけど、ある日を境に私の人格は一変した。

 その日は私の6歳の誕生パーティーだった。
 両親から抱えきれない量のプレゼントを貰い、満足して……いやこの3倍は欲しいなと思っていた時―――

『あなたに紹介したい方がいるの』

 お母様にそう言われ振り返った先にいたのは、もじもじしている女の子のような男の子だった。

『ローランド公爵家のご長男、エドウィン・ローランド様。今日からあなたの婚約者になるのよ』

 婚約者、と聞き慣れない言葉を噛み砕いた。
 いきなりでびっくりしたけど、一応侯爵家の令嬢として生まれたのだ。いつかはこういう日が来ると思っていた。

 婚約者として紹介された男の子を見てみる。銀色のさらさらな髪に、うるうると不安そうに見上げるルビーのような瞳。公爵様らしき人の服の袖をギュッと掴んでいるその手はとても小さい。

 どう見ても庇護欲をそそられるような外見。だけど私の場合は嗜虐心をそそられた。
 こんな子、少しつついただけですぐに泣いてしまいそうだ。それはさぞ楽しかろう。

 婚約者という名の新しい玩具を手に入れたのだ。
 と、心の中でほくそ笑んだ時だった。

 ―――あれ?でもこの見た目、どっかで見た覚えがあるような……。

 そう思った瞬間、滝のように流れてきた数々の映像。

 プラチナブロンドの髪にアイスブルーの瞳。まるで私をそのまま成長させたような風貌の女が銀色の髪の青年に踏みつけられ、剣を突き立てられている。
 その近くには黒髪黒目の儚げな美少女が不安そうに眺めていた。

 かの有名な断罪シーンだ。

『キャンディス・バーナー、これ以上君の悪行を見過ごすわけにはいかない。その命を持って償え』

 綺麗な容姿からはとても想像できない冷徹な声。
 そしてそのまま剣は振り下ろされ、女は断末魔と共に息絶え―――

その映像は確かに見たことがあった。―――前世で。
 信じられないことに、高校生の時やっていた乙女ゲームだ。

 とにかくライバル令嬢のキャンディスが極悪非道で、ヒロインを虐めに虐め抜いていた。
 それはもう目も当てられぬほど酷くて、ヒロインは毎日のように泣いていた。

 しかし、侯爵家という地位のおかげで制裁を受けることもなく―――なんてことはなく、ヒロインに惚れていた婚約者の公爵子息によって呆気なく殺された。

 うん、あん時は爽快だったな~。一部では殺し方がむごいとかなんとか言われてたけど、それ相応のことをやってたんだし自業自得―――って私じゃん!! それ間違いなく私だよ!!

 はあ!? 私殺されんの!!?


 ライバル令嬢の名前は?
 ―――キャンディス・バーナー。はい一致。

 婚約者の名前は?
 ―――エドウィン・ローランド。これも一致。

 そして―――

『キャンディスとは6歳の時無理矢理婚約させられたんだ。その頃から誰かを虐めるのを生き甲斐としてて、僕もよく泣かされた。……でも安心して、君のことは僕が守る。あの女に生まれてきたことを後悔させてやるんだ』

そう黒い笑みでヒロインに向けて言ったエドウィン。はい、これも一致ですね。
 お互い6歳で婚約してるし、さっきまでこの子泣かせる気満々だったし。

 ……うん、このままじゃヤバいね。間違いなく死ぬね。

 てか、は? ここってほんとに乙女ゲームの世界ってこと?
 じゃあ何? 私転生したの? 前世で死んだ覚えないんですけど。

 いきなりこんな世界に投げ出された挙句、結末はデッドエンド!?

 ふざけんじゃねええええ!!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

軽いノリでチョコレートを渡したら、溺愛されまして

夕立悠理
恋愛
──俺だってずっと、君をみてた。 高倉理沙(たかくらりさ)には好きな人がいる。一つ年上で会長をしている東藤隆(とうどうりゅう)だ。軽い気持ちで、東藤にバレンタインの友チョコレートをあげたら、なぜか東藤に好意がばれて、溺愛され──!? さらには、ここが、少女漫画の世界で、理沙は悪役だということを思い出して──。 ヤンデレ腹黒先輩×顔がきつめの後輩

猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない

高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。 王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。 最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。 あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……! 積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ! ※王太子の愛が重いです。

恋心を埋めた

下菊みこと
恋愛
双方ともにヤンデレ。 ヒーローは紛うことなきヤンデレにつきご注意下さい。ヒロインは少しだけ病んじゃってる程度のヤンデレです。 巻き込まれた人が一番可哀想。 ヤンデレお好きな方はちらっと読んでいってくださると嬉しいです。 小説家になろう様でも投稿しています。

予言の令嬢

下菊みこと
恋愛
微ざまぁ有りです。本当に微々たるものですが。 小説家になろう様でも投稿しています。

可愛い幼馴染はヤンデレでした

下菊みこと
恋愛
幼馴染モノのかなりがっつりなヤンデレ。 いつもの御都合主義のSS。 ヤンデレ君とそのお兄さんが無駄にハイスペックなせいで気付かないうちに逃げ道を潰される主人公ちゃんが可哀想かもしれません。 一応両思いなのが救いでしょうか。 小説家になろう様でも投稿しています。

渋々ですが逆ハーエンドを目指します

杜本
恋愛
『逆ハーエンドを妾に見せて欲しいのじゃ!』  星野 愛《ほしの あい》、三十二歳。  女神(のじゃロリ)に告げられた言葉に、呆れが隠せなかった……。  女神の願いによって乙女ゲーム世界に転生?!  まともな情報を与えられないままゲームの主人公『シェリー(十六歳)』になった主人公は、勢いとノリだけで逆ハーエンドを目指すことに。  乙女ゲーあるあると言う名のテンプレを元に、攻略キャラを探しだして攻略を開始するも……。 「リアルでこれは……キッツいわぁ……」  目の前で繰り広げられるクサいセリフ、中二病発言、そして壁ドン。  アラサーの心を持つシェリーには……キツかった。  しかしそれでも、「逆ハーエンドに辿り着いた暁には、お主の望みを一つ叶えてやろう」という女神の言葉を支えに、五股街道を突っ走る! *** ジャンルはラブコメですが、ラブ要素薄めです。(ラブ2:コメ8程度) 更新は主に朝に行いますが、遅れることもあります。 <他サイトでも掲載中>

今夜中に婚約破棄してもらわナイト

待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。 不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった! けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。 前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。 ……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?!

気づいたら異世界で、第二の人生始まりそうです

おいも
恋愛
私、橋本凛花は、昼は大学生。夜はキャバ嬢をし、母親の借金の返済をすべく、仕事一筋、恋愛もしないで、一生懸命働いていた。 帰り道、事故に遭い、目を覚ますと、まるで中世の屋敷のような場所にいて、漫画で見たような異世界へと飛ばされてしまったようだ。 加えて、突然現れた見知らぬイケメンは私の父親だという。 父親はある有名な公爵貴族であり、私はずっと前にいなくなった娘に瓜二つのようで、人違いだと言っても全く信じてもらえない、、、! そこからは、なんだかんだ丸め込まれ公爵令嬢リリーとして過ごすこととなった。 不思議なことに、私は10歳の時に一度行方不明になったことがあり、加えて、公爵令嬢であったリリーも10歳の誕生日を迎えた朝、屋敷から忽然といなくなったという。 しかも異世界に来てから、度々何かの記憶が頭の中に流れる。それは、まるでリリーの記憶のようで、私とリリーにはどのようなの関係があるのか。 そして、信じられないことに父によると私には婚約者がいるそうで、大混乱。仕事として男性と喋ることはあっても、恋愛をしたことのない私に突然婚約者だなんて絶対無理! でも、父は婚約者に合わせる気がなく、理由も、「あいつはリリーに会ったら絶対に暴走する。危険だから絶対に会わせない。」と言っていて、意味はわからないが、会わないならそれはそれでラッキー! しかも、この世界は一妻多夫制であり、リリーはその容貌から多くの人に求婚されていたそう!というか、一妻多夫なんて、前の世界でも聞いたことないですが?! そこから多くのハプニングに巻き込まれ、その都度魅力的なイケメン達に出会い、この世界で第二の人生を送ることとなる。 私の第二の人生、どうなるの????

処理中です...