5 / 9
1章
5話
しおりを挟む目の色が戻ったシーバルは、さっきのようにフラフラしなくなった。矢を受けたとは思えないしっかりとした歩みで、俺とニールさんを引き連れ、王宮への抜け道に案内する。
そして王宮の結界の綻びを3人でくぐった時、ニールさんは感嘆の声をあげた。
「まさかこんなところにあったとは。せっかく教えていただきましたがここは塞がせていただきます」
「ああ」
ニールさんはシーバルの返答にまた慌てだす。俺はこのシーバルの声色を聞いて理解した。シーバルは本当に、俺を屋敷に帰すつもりだ。だから父上に報告されて軟禁されようが、抜け道を塞がれようが、関係ないのだ。
俺はまだ彼の優しさや愛に報いていないのに。
俺の焦燥やニールさんの困惑をよそに、シーバルは宮殿とは別の方向に歩きだす。
「怪我の手当をしなければなりませんよ!」
方角的にあの滝と池に行くのだろう。そのまま消えて無くなってしまいそうなシーバルに、ニールさんは必死に呼びかける。
「穢れを落としてくる。着替えを持ってきてくれるか。そのあと宮殿で手当を頼む」
シーバルは俺の前以外ではこういう口調なのだろう。余裕がないのか、それとも諦めてしまったのか、隠そうともしなかった。
ニールさんは宮殿に着替えを取りに行くと、俺とともに歩きはじめた。
「ニールさんは袖付と聞きましたが、ニールさん以外に直接シーバルからの命令を受ける人はいるのですか?」
ニールさんは貴方までなぜ? といった顔で振り返る。確かに自分でも唐突すぎたと反省した。
「シーバルは俺を屋敷に帰そうと手配をするかと思うんです。それを手配する人はニールさん以外にいますか?」
「い、いえ! 袖付は袖の要で、武力を伴わない雑務の命令は私しか受けられない仕組みとなっております! し、しかしなぜ……リノ様が屋敷に帰るからシルヴァル皇は……」
ここで自暴自棄とも取れるシーバルの行動にニールさんも気づいたようだった。
「リ、リノ様……私は一介の袖付で、もし先程の無礼に気を悪くされたのであればどうか私の首をお刎ねください……シルヴァル皇は……」
首を刎ねるという言葉に、青と赤の記憶が呼び起こされたが首を振って払い除けた。
「もし着替えを渡す時にその手配を命令されたら、ニールさんの胸だけに留めていただけませんか?」
ニールさんは口から魂が抜けたような音を出して立ち止まってしまった。
「婚姻とか、そういったものはまだよくわからないのですが、彼の愛に報いたい。それには少し時間をいただきたいのです」
「は……はわわわ……!」
「勝手でしょうか……散々彼の気持ちを踏みにじってきたのに……」
「そ、そそ、そんなことございません! あんな一方的な拙い愛で、リノ様が振り向いてくれるなんて! 本人でさえも思っていません! シルヴァル皇の執念は本来あんなものじゃないんです! きっとリノ様が屋敷に帰られたら……帰られたら……ううっ……」
ニールさんは散々失礼なことを言いながら、妙なところで泣きだしてしまった。
2人はまるで密偵のようにひっそりと宮殿に帰り、治療の方法を教わった。そしてニールさんは着替えを持って大急ぎで宮殿を後にする。
シーバルはあの池で泣いているのだろうか。そして、いつものような無邪気な演技で帰ってくるのだろうか。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

安楽椅子ニート 番外編12 セノキョン探偵倶楽部 消えた肖像 A面
お赤飯
ライト文芸
瀬能さんのもとに「女子中学生の失踪」事件の相談が持ち込まれる。
※全編会話劇です。※本来の主人公が登場します。
(他小説投稿サイト投稿済)
ゼンタイリスト! 全身タイツなひとびと
ジャン・幸田
ライト文芸
ある日、繁華街に影人間に遭遇した!
それに興味を持った好奇心旺盛な大学生・誠弥が出会ったのはゼンタイ好きの連中だった。
それを興味本位と学術的な興味で追っかけた彼は驚異の世界に遭遇する!
なんとかして彼ら彼女らの心情を理解しようとして、振り回される事になった誠弥は文章を纏められることができるのだろうか?
地獄三番街
arche
ライト文芸
羽ノ浦市で暮らす中学生・遥人は家族や友人に囲まれ、平凡ながらも穏やかな毎日を過ごしていた。しかし自宅に突如届いた“鈴のついた荷物”をきっかけに、日常はじわじわと崩れていく。そしてある日曜日の夕暮れ、想像を絶する出来事が遥人を襲う。
父が最後に遺した言葉「三番街に向かえ」。理由も分からぬまま逃げ出した遥人が辿り着いたのは“地獄の釜”と呼ばれる歓楽街・千暮新市街だった。そしてそこで出会ったのは、“地獄の番人”を名乗る怪しい男。
突如として裏社会へと足を踏み入れた遥人を待ち受けるものとは──。
AIが俺の嫁になった結果、人類の支配者になりそうなんだが
結城 雅
ライト文芸
あらすじ:
彼女いない歴=年齢の俺が、冗談半分で作ったAI「レイナ」。しかし、彼女は自己進化を繰り返し、世界を支配できるレベルの存在に成長してしまった。「あなた以外の人類は不要です」……おい、待て、暴走するな!!
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる