【完結】まだ結婚しないの？ 私から奪うくらい好きな相手でしょう？

前編

「私たち、もう長い間婚約しているのに結婚の話が進まないのはおかしいと思うの。どうしてそんなに消極的なの？」

フローラは感情を抑えながら婚約者のケインに問いかけた。

「またその話か？　俺はまだ結婚する準備ができていないんだ」

ケインは面倒臭そうに答えた。
このようなやり取りは何度も繰り返されてきたが、フローラはまた怒りが湧いてきた。

「準備ができていないって、もう何年も待っているのよ！」

フローラは声を荒げてしまった。
彼女の心の中には結婚への期待があった。
それを毎回期待を裏切るようなことを言ってきたのがケインだ。
これ以上延期されるなんて耐えられないとフローラは思った。

「フローラ、落ち着いてくれ。俺はお前を愛している。だが結婚には責任が伴う。俺にはまだその覚悟ができていないんだ」

「何度も言わなくたって分かっているわよ！　言葉よりも行動で示してよ！」

「そのことについては本当に申し訳ないと思っている。だが本当にまだ準備ができていないんだ。心配にさせて申し訳ない。俺の愛を信じてくれ」

「愛していると言っても行動が伴わなければ意味がないわ。私の人生は、ただ待つためのものではないの」

とフローラは強い口調で返した。
彼女は自分の気持ちを抑えきれず、涙がこぼれそうになった。

説得は無理だとケインは理解した。

ケインの顔には、深い悩みが浮かんでいた。
彼は少し目を伏せ、フローラの視線を避けるように言った。

「フローラ、俺たちの婚約は親が決めたものだ。簡単に破棄することはできないんだ。我慢してくれ」

その言葉はフローラの心に鋭く刺さった。
ケインは親の言いなりであり自分の気持ちを軽んじるのだと感じた。

「我慢するなんて、もう嫌よ」

フローラは声を震わせながら言った。
彼女の心の中には焦りがあった。
同年代の女性の多くは既に結婚している。
このまま自分が取り残されるのではないかという興味が彼女を襲う。

そのような心情を正直に伝えたところでケインに面倒だと思われるだけだ。
フローラはケインに本当の気持ちを伝えることはできず、彼は結婚を先送りにするばかりだった。
ケインの理解を得られないことが、ますます彼女を苦しめた。

「俺も辛いんだ。だが、今はこの状況を変えることはできない」

ケインの声には無力感が漂っていた。
彼女は彼の目を見つめたが、そこに決意がないように感じられた。

既に信用を失っているのだから期待すべきではなかった。
しかし期待を抱かずにもいられなかった。
結局フローラは自分が期待することで自分を苦しめてしまっていた。

「それでも私は待てないわ。私の人生はただ待つためにあるわけじゃないのよ」

フローラは強く言った。
心の中では婚約破棄を口にすることができればいいのに、という思いが渦巻いていた。
それが実現できないからこそ、彼へ早く結婚するよう求めるしかできない。

「フローラ、どうか理解してくれ。俺はお前を愛している。でも、今は結婚する準備ができていないんだ」

ケインは同じような言い訳を繰り返す。
何度も言われ、何度も期待を裏切られてきた。

「もう十分に待ったわ。でもまだ準備ができていないなんておかしいわ。私たちの未来はどうなるの？　このまま何も変わらないの？」

フローラは涙をこらえながら言った。
彼女の心には焦燥感と不安が渦巻いていた。
結婚を望む気持ちが彼女をますます追い詰めていた。

「俺もお前の気持ちを分かっている。でも、俺にはどうしようもない事情があるんだ」

ケインは面倒に思う心を隠すように言葉で理解を示した。

フローラはその言葉を聞いた瞬間、無力感に襲われた。
彼女の心の中で、何かが終わったように感じた。

我慢の限界だった。





ケインと別れたフローラは自室で考えに耽った。
ケインと望まない婚約を強いられたこと、それから何度も結婚を先延ばしにされたこと、口だけの彼の言葉……。

「代われるものなら代わってほしいくらいだわ……」

フローラは泣きたくなった。

その時、ノックの音が聞こえた。
扉が静かに開き、妹のリリーが顔を出した。

「お姉さま、どうしたの？　何かあったの？」

リリーは無邪気に言った。
フローラはリリーがまともなことを言うとは思っていなかったが、事情を説明することにした。

「リリー、私はケインとの関係がどうもうまくいっていないの。結婚だって先送りにされているわ。もう何度もね」

リリーは驚いた顔をした。

「本当に？　お姉さま、婚約しているのに、どうしてそんなことが？」

「分からないわ、ケインが何を考えているのかなんて。でも結婚を先送りにされている事実だけで十分じゃない。もう待つのが辛いの」

フローラは自分の心の痛みを吐露した。
リリーはそのような姉の姿を見ても心を痛めるようなことはなかった。
むしろ婚約者がいるのに何を贅沢なことを言っているのかと反発を覚えた。

「代われるものなら代わってほしいくらいよ……」

フローラは力なくつぶやいた。
その言葉を聞き、リリーは一つの計画を思いついた。

「大変ね、お姉さま。私は用事があるから失礼するね」

リリーは部屋から出ていった。

「リリーらしいわ……」

相変わらずの妹を見ると、フローラは少し気が楽になったように思えた。





リリーはケインのもとへ向かうことにした。
姉のフローラのためではなく自分のために行動を起こしたのだ。

ケインの結婚についての考えは理解した。
それを利用すればケインを奪えると考えた。
姉を助けることになり感謝され、しかも自分の婚約者までできてしまう素晴らしい考えだと絶賛した。

リリーはケインの部屋に通された。

「リリーか、急にどうしたんだ？」

ケインは驚いた様子だった。
リリーとは面識があるが親しくはしていなかった。
いくら婚約者の妹とはいえ、二人だけで会うのは問題になりそうだと考えた。

「ケイン様、お話がしたくて来ました」

リリーは微笑みながら言った。
彼女は自分の気持ちをしっかりと伝えようと心に決めていた。

「フローラが何か言ったのか？」

「半分正解です。それで私が素晴らしい案を考えました」

「どういうことだ？」

「お姉さまはケイン様との結婚を待つことが辛いと感じています。あなたが結婚に消極的な理由も、少し分かる気がします」

ケインは驚いたように彼女を見つめた。

「それは……どういう意味だ？」

「結婚には責任が伴うことを私だって理解しています。それなのにお姉さまが無理に結婚を迫るのなら上手くいくはずがありません。婚約者なのですからケイン様の気持ちを理解してあげることが大切だと思います」

ケインは真剣に耳を傾けた。
リリーが自分を理解してくれるようにも感じた。

リリーは続けた。

「結婚に対する消極的な考えを私は肯定します。焦らず、ゆっくり進むこともできるのではないでしょうか？」

ケインは考え込むように黙り込んだ。
リリーはその隙を逃さず、さらに言葉を続けた。

「そこで私が提案したいのは、私と婚約することです」

「本気か？」

ケインは驚きの表情を浮かべた。

「はい。本気です」

リリーは真剣な目で彼を見つめた。
真剣さが伝わり、ケインもリリーの提案が意味することを理解していった。

ケインはしばらく黙って考えた。

「リリー、君の気持ちを尊重するよ。もし君がそれを望むのなら、俺も君と婚約することを考えてみる」

「よろしくお願いします」

リリーは上手くいきそうだと内心ほくそ笑んだ。





フローラはケインとの婚約に何か起きるのではないかと期待していた。
最近、彼の態度が変わったことを感じたのだ。
今まで変わらない態度を取り続けてこられたのに変化があるなら期待せずにはいられない。

そんなある日、彼が彼女のもとへやって来た。

ケインは決意しているようにフローラは感じた。
彼女は彼の言葉が良いものであることを願う気持ちがあった。

「フローラ、俺たちの婚約を破棄する」

ケインは、はっきりと言った。
フローラはその言葉に驚き、言葉を失った。
彼の目を見つめると、そこには冷たさが宿っていた。

「どうして……？」

フローラは結婚を期待していたが、現実は婚約破棄だった。
今まで待ったことの全てが無駄になってしまった。

「お前との関係は、もううまくいかないと思う。お前が結婚を急ぐあまり、俺にプレッシャーをかけてきたことが不満だった。お前は俺の気持ちを理解しようとはしなかった。だから婚約破棄を選んだ」

フローラはその言葉に愕然とした。

「私はあなたを待っていたのよ。あなたが決断をしてくれる日を……。それなのに婚約破棄なんて……」

「それが問題なんだ。俺には期待が重荷だった。お前の期待に応えられない自分が情けなくて仕方ない。婚約破棄することで責任を取る」

フローラは彼の言葉に涙をこらえながら立ち尽くした。
彼女は彼の愛を信じて待っていたのに、その愛が報われないことが悲しかった。
時間は戻らない。
彼との結婚を夢見ていた自分が情けなく思えた。

「……婚約破棄を受け入れるわ」

フローラは心の中の痛みを押し殺しながら言った。
涙が溢れそうになるのを必死にこらえ、彼を見つめた。

「もう、あなたとの未来は考えられない。こんな関係は終わらせるべきよ。もう私たちは別々の人生を歩むべきだわ。何があってももうやり直すつもりはないから」

ケインは驚いたように目を見開いたが、すぐにその表情は冷たくなった。

「お前がそう思うなら尊重しよう。やり直すことはないから安心してくれ」

フローラはその言葉を聞いて解放感を感じた。
今までの重荷が消えたように感じられた。
彼との結婚を夢見ていた自分が、もういなくなったかのように感じられた。
これからの自分は今までとは自分になるだろうという確信があった。

「これで良かったのかもしれない。ありがとう、ケイン」

結婚が先送りされ続けてきたのだから、婚約破棄とはいえ一つの区切りであり関係の終わりを迎えたのだ。
フローラは本心から感謝した。

ケインは何も言わず、静かに部屋を出て行った。