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その程度の噂で私たちの関係を壊せると思ったの?
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貴族の子女たちが集う学園。
マーガレットは美貌と優秀な成績で他の生徒たちの視線を一身に集めていた。
彼女の成績は常にトップで、その美しい容姿と相まって、周囲からの羨望を集めていた。
マーガレットのもとへ友人のケイトが走り寄ってきた。
ケイトは息を切らし、顔を赤らめながら言った。
「マーガレット、聞いて! あなたについての噂が広まっているの!」
「噂? どういったものなの?」
「あなたが成績を良くするために不正を働いているって噂なの。試験の答案を盗んだり、教授に賄賂を渡しているんじゃないかって……」
マーガレットは一瞬、言葉を失った。
成績を保つために、彼女はこっそりと努力をしていた。
努力していないように見えたことが逆効果になっていた。
「そんなこと、全くの誤解よ。私はただ、努力しているだけなのに……」
ケイトは心配そうに彼女を見つめた。
「噂の出どころはシンシアみたい。まだ確証はないけど、たぶん間違いないと思うわ」
「そう……」
シンシアはマーガレットに張り合ってきた。
しかし成績が常にトップだったマーガレットに負け続けてきた。
その腹いせだと考えれば納得もできる。
「あなたの名誉が傷つく前に、何か対策を考えないと……」
ケイトは真剣な眼差しを向けた。
マーガレットは婚約者のガードナーの顔を思い浮かべた。
彼はいつも彼女を支えてくれた。
もし彼がこの噂を聞いたら、どう思うだろうか。
彼女は再び自分の立場を考え、冷静さを取り戻そうとした。
「私は、真実を明らかにしなければならないわ。シンシアが何を言おうとも無駄よ。私は不正なんて働いていないわ。真実を明らかにしてシンシアに反省してもらうわ」
マーガレットは決意を込めて言った。
「そうよ、そうすべきよ」
ケイトも賛同した。
もしシンシアが噂を広めたのであればマーガレットへの侮辱でしかない。
放置すればマーガレットのみならず貴族家としての名誉の問題にもなり兼ねない。
マーガレットはガードナーに相談することを決意した。
彼は彼女の婚約者であり、何よりも信頼できる存在だった。
「マーガレット、どうした?」
彼の声には、いつもの優しさが滲んでいた。
彼女は深呼吸をし、ケイトから聞いた噂のことを伝えた。
ガードナーは眉をひそめ、考え込むように腕を組んだ。
「それは重大な問題だ。君の名誉が傷つくのは許せない。それに僕たちの婚約に影響が出たら困る。どうにかしないとな」
ガードナーは考え込み、マーガレットは彼の考えがまとまるのを静かに待った。
「まず、誰がその噂を広めているのか、徹底的に調べる必要がある。本当にシンシアが噂を広めているのか確認しないと」
「ケイトはシンシアが怪しいと言っていたけど、改めて調べるの?」
「ああ。いくらシンシアでもそこまで愚かな行為はしないだろう。せめて自分ではない誰かを利用するはずだ」
「そうかもしれないわね」
マーガレットはガードナーの考えが正しいように思えた。
ケイトの発言を疑っているわけではないが、万が一犯人がシンシアでなければ問題になってしまう。
慎重に進めるためには、まず調べることが必要だという考えには同意できた。
「シンシアは私を狙っているに違いないわ。噂だけでなく彼女が何をするか不安だわ……」
マーガレットは不安を隠せなかった。
「心配しないで、僕がいるから」
ガードナーは彼女の手を優しく握り締めた。
「シンシアの行動を調べて事実を明らかにしよう。噂を広めた者たちの言動を、必要ならば公にすることも考えよう。大切なことは僕たちの未来だ」
マーガレットは彼の言葉に勇気づけられた。
「頼りにしているわ、ガードナー」
「僕はマーガレットを守りたい。僕たちの未来のためにも。だから、共に立ち向かおう」
ガードナーの目は真剣そのものだった。
彼女は一瞬、彼の強い意志に触れ、心が温かくなるのを感じた。
「ええ、もちろんよ」
数日後、ガードナーはマーガレットと共に、噂の出どころを突き止めるために奔走した。
彼は彼女の名誉を守るため、慎重に調査を進めていた。
そして、ついに一つの名前が浮かび上がった。
「マーガレット、噂を広めているのはニコラスだ」
「ニコラス……? 彼は私とそんなに関わりがないはずだけど、どうして?」
マーガレットは首をかしげた。
彼女はニコラスとは別に悪い関係だとは思っていなかった。
ましてや恨みを買った覚えもない。
彼が自分の名誉を傷つける理由が理解できなかった。
「彼は最近、シンシアと親しい関係にあると聞いている。もしかしたら、彼女に煽られているのかもしれない」
ガードナーの説明にマーガレットも納得できた。
「でも、彼がどうして君を狙ったのか、もっと深い理由があるかもしれない。まだ彼の動機までは把握できていない」
マーガレットはその言葉に考え込んだ。
「ニコラスが私を狙う理由……。何か事情があるのかしら?」
「彼の背景を調べる必要がある。何か秘密があるかもしれない。彼の家庭や、学校での立ち位置についても調べてみよう」
ガードナーは提案した。
マーガレットは頷いたが、心の中で不安が広がるのを感じた。
「もし彼が何か特別な理由で私を攻撃しているのなら、それを明らかにしないと……」
「そうだ、原因を突き止めよう。君の無実を証明するためには、彼の意図を理解することが必要だ」
ガードナーは力強く言った。
二人はすぐに行動を開始した。
数日後、マーガレットとガードナーは再び集まり、ニコラスに関する情報を持ち寄った。
ガードナーは彼の友人たちから得た情報を整理し、マーガレットに伝えた。
「マーガレット、ニコラスがシンシアに惚れていることが分かった。彼女に協力することで彼は自分の存在を印象付けたいのだろう。彼女に頼りにされたいと思っての行動だろうな」
「そんなことをしてもシンシアに都合良く扱われるだけじゃない。愚かな行為にしか思えないけど……」
「それが惚れた悲しみだな。だがニコラスに同情はできない。マーガレットへの敵対的な行為は事情があっても許せるものではない」
「そんな理由なのね……。彼は私を貶めることでシンシアの気を引こうとしているの? そんなことのために私を利用するなんて……」
マーガレットは驚きつつも納得した。
「それが現実だ。シンシアは彼の気持ちを利用して、彼を都合良く扱っているだけだ。ニコラスは彼女の言いなりになっている。二人とも悲しい生き様だよ」
マーガレットは心の中で複雑な感情が渦巻いた。
「彼の行動が、ただの恋愛感情から来ているなんて……。でも、それが私の名誉を傷つける理由にはならないわ。ニコラスには同情できないわ」
「確かに。しかし、彼の心の奥にある感情を理解することで、彼との対話の糸口になるかもしれない。彼にシンシアの本性を気づかせることができれば、噂も収まるかもしれない。そしてシンシアが犯人だと証言してくれるかもしれない」
ガードナーは提案した。
その提案にはマーガレットも乗り気だった。
「それなら、彼と話をするべきね。彼の気持ちを知り、シンシアの真実を伝えることで、彼を目覚めさせることができるかもしれない」
二人はニコラスを呼び出すことにした。
まずは手紙で、シンシアに気付かれないようにニコラスへ意思を伝えた。
しかし、ニコラスからの返事は対話を拒否するものだった。
「困ったな、ニコラスがここまで愚かだとは思わなかったよ」
「それだけシンシアのことが好きなのね……」
対話を拒否されるとは思っておらず、二人は揃って落胆した。
「でもこれでニコラスに配慮する必要もなくなった。このままシンシアと運命を共にしてもらう」
「仕方ないわね。それがニコラスの選んだことなのだから」
彼への同情的な気持ちを捨て、マーガレットは次なる行動に移した。
ニコラスはマーガレットとガードナーからの提案を拒否したことで、心の中に複雑な感情が渦巻いていた。
彼はシンシアのことを考えた。
彼女の美しさや魅力に惹かれ、彼女の気を引くために行動してきたが、その代償としてマーガレットとガードナーを敵に回してしまったことを理解していた。
「彼らの考えは正しいかもしれない……」
ニコラスは自分に言い聞かせた。
しかし、心の奥ではシンシアとの関係が続くことへの期待が消えなかった。
彼女の笑顔や、彼女が自分に向ける視線を思い出すたびに、胸が高鳴った。
ニコラスはシンシアを優先することが自分の気持ちに素直なのだと考えた。
「でも、どうすればいいのか……。このままだとまずいことになるかもしれない……」
彼は悩んだ。
シンシアとの関係が続くことで自分が得られるものと、マーガレットとガードナーを敵にするリスクの間で揺れ動いていた。
彼は自分の気持ちを整理しようとしたが、シンシアの存在が常に彼の心を占めていた。
数日後、ニコラスはシンシアに会う機会を作った。
彼女は華やかなドレスを身にまとい、周囲の視線を集めていた。
彼女の笑顔を見た瞬間、ニコラスの心は再び高鳴った。
「ニコラス、どうしたの? 最近、元気がないみたい」
シンシアが優しく声をかけた。
「いや、そんなことはないよ。君と話すと、いつも元気が出るんだ」
ニコラスは微笑みながら答えた。
シンシアは彼の言葉に満足げに笑った。
彼女のその反応に、ニコラスは少し安堵したが、同時に心の奥にある葛藤が再び浮かび上がった。
マーガレットとガードナーと関係を犠牲にしてまで、シンシアの気を引くために行動することが本当に正しいのか、という疑念が消えなかった。
「最近、マーガレットとガードナーが君のことを調べているようだ。噂のことを相当気にしているようだ」
シンシアはその言葉に眉をひそめた。
「彼女たちは私のことをどう思っているの? 犯人扱いするのかしら?」
「どうとも言えないな。随分慎重に調べているようだし……」
ニコラスは自信がなさそうに言った。
シンシアは彼の言葉に納得したように振る舞うべく微笑んだ。
「どうなるか分からないのね。でも私にはあなたがいるでしょう? ニコラスのような人がそばにいると心強いわ。私たちの関係を大切にしていきましょう」
ニコラスはその言葉を聞いて心が温かくなったが、一方で心の奥にある後悔が彼を締め付けた。
果たして、彼はこのままシンシアとの関係を深めていくことができるのだろうか。
彼は自分の選択が正しかったのか、いつも迷っていた。
「そうだね。君との関係を大切にしたい」
ニコラスは答えたが、その言葉にはどこか空虚さが残っていた。
シンシアはニコラスが自分に対して抱く気持ちを理解しているつもりだった。
彼は自分に夢中になっているが、それは彼自身の欲求を満たすためのものだ。
彼女はそのことを知っていた。
だから利用することに躊躇いはなかった。
シンシアはニコラスの態度を思い出し、心の中でほくそ笑んだ。
彼は自分の魅力に完全に酔いしれている。
彼の気持ちを利用すれば、マーガレットの名誉を貶めることができる。
彼を必要なときだけ利用し、都合の良い存在として扱うことができれば、彼女にとっては理想的だ。
シンシアは完全にニコラスを侮っていた。
彼の気持ちが揺れ動いていることに気付いていなかった。
学園では社交パーティーの練習のために、生徒を対象としたパーティーが開催される。
原則として全生徒が参加することになっている。
この日はパーティーが開催される日だった。
大広間には生徒たちが集まり、期待と緊張が入り混じった雰囲気が漂っていた。
マーガレットとガードナーは、この場を利用し噂の真相を明らかにすることにしたのだ。
ガードナーは、ニコラスが噂を広めた実行犯であることを公表する決意を固めていた。
生徒たちがざわめく中、ガードナーは毅然とした態度で前に立った。
彼の目は真剣そのもので、周囲の視線を一身に集めた。
「皆さん、今日は重要なことをお話します。パーティーの前ですが、少しお時間をいただきます。最近、マーガレットに関する悪評が広まっていますが、その噂の出所を突き止めました」
生徒たちの間に緊張が走る。
生徒の視線はガードナーに向かった。
「その噂を広めたのは、ニコラスです」
ガードナーは声を張り上げた。
驚きの声が上がり、生徒たちはざわつき始めた。
ニコラスは言葉を失い、目を見開いてガードナーを見つめた。
「彼は、マーガレットを貶めるために虚偽の情報を流しました」
「な、何を言っているんだ……!?」
「だが、ニコラス一人の責任ではありません。彼をそそのかした黒幕がいる。シンシア、あなたのことです」
会場は静まり返った。
シンシアは驚愕の表情を浮かべ、周囲の視線が自分に向けられるのを感じた。
彼女は心の中で動揺しながらも、冷静さを保とうとした。
彼女にはニコラスが勝手にやったと言い逃れる準備ができていた。
「あなたがニコラスにマーガレットを攻撃するように仕向けたことは明らかだ。彼はあなたの気を引くために協力しただけだ」
「そんなこと、私は一切していないわ! ニコラスが勝手に噂を広めたのよ!」
「それは違う、シンシア。あなたがニコラスを利用して、マーガレットを貶める意図は明白だ。あなたの言動でニコラスを都合良く扱っていたのは明らかだ」
ガードナーは冷静に返した。
生徒たちの中には、噂の真相を知り驚き、シンシアに対する視線が変わり始めた。
彼女は焦りを感じた。
「ニコラスが勝手にやったことなのよ! 私が何もしていないわ!」
シンシアは身の潔白を叫んだ。
「シンシアの言い分が事実なのか、ニコラスに訊けば明らかになる。どうなのかな? ニコラス」
ガードナーは冷たく言った。
彼にとってはシンシアもニコラスも敵でしかなかった。
ニコラスは、シンシアへの気持ちに迷いを見せながらも、彼女の言葉が本心からのものなのか考えた。
「シンシア、本当に俺を利用していたのか……?」
「利用なんてしていないわ! 私を信じて! ニコラス!」
言い訳するシンシアの姿に、ニコラスの目には失望が浮かんだ。
やはり自分は切り捨てられたのかと思うと、ますます失望する。
「俺はシンシアを信じていた……。だが嘘だった。何もかも嘘だった!」
その瞬間、マーガレットが前に出て、ニコラスに向かって言った。
「ニコラス、あなたが真実を話すことをみんなが望んでいます。あなたが何をしたのか、シンシアが何をしたのか、彼女があなたに何をさせたのかを教えてくれませんか? こうなった以上、あなただけが犠牲になる必要はないのです」
ニコラスは彼女の言葉に心を動かされ、少しずつ冷静さを取り戻した。
「シンシア、君の本当の気持ちを教えてほしい。俺は君を信じたいけれど、君の行動が俺を迷わせる」
シンシアは焦りながらも、何とか言葉を繕おうとしたが、その表情は次第に不安に満ちていった。
周囲の生徒たちの視線が彼女に集中し、彼女の心は次第に追い詰められていった。
「ニコラス、私はあなたを……」
彼女は言葉を選びながらも、真実を隠そうとした。
しかし、彼の目には疑念が浮かんでいた。
生徒たちには、シンシアに対する疑念が広がり、彼女の立場は次第に危うくなっていった。
「もういいんだ、シンシア。俺は君のことが好きだった。好きだから協力したんだ。マーガレットの悪評を広めることだってシンシアが望んだから俺が実際に噂を広めた。全てはシンシアが望んだからだ」
ニコラスは苦しそうに告白した。
「違うの! 私はそんなこと望んでいない!」
シンシアは叫んだが、それはニコラスにとって怒りを呼び起こすものでしかなかった。
「往生際が悪いな、シンシア。俺たちは共犯者だ。いや、違う。俺はシンシアの協力者だ。マーガレットへの悪評はシンシアが望んだものだ」
こうなってしまえばシンシアがどう言い訳しようがみんなの考えは同じだった。
黒幕はシンシア。
それが共通認識だった。
パーティーの雰囲気は一変し、華やかな音楽と笑い声は消え去り、重い沈黙が大広間を支配していた。
ガードナーの告発が響いた後、シンシアは他の生徒たちの視線を一身に浴び、冷たい視線から逃れることができなかった。
彼女は心臓が高鳴るのを感じながら、周囲の生徒たちの反応を見つめた。
彼らはささやき合い、彼女に対して好奇の目を向けていた。
かつては彼女の周りには人々が集まり、称賛の声が絶えなかったが、今や彼女は孤立し、遠巻きにされる存在となっていた。
「シンシアがニコラスを操っていたなんて、信じられない……」
囁く声が聞こえた。
彼女はその言葉に胸が締め付けられる思いだった。
それ日を境に生徒たちはシンシアに対する態度を変えた。
彼女の存在を無視するようになった。
シンシアはその状況に耐えきれず、少しずつ心が折れそうになっていくのを感じた。
彼女はかつての自分の地位を失い、まるで牢獄に閉じ込められたような感覚に襲われていた。
気が付けばシンシアは退学しており、学園から姿を消していた。
それはニコラスも同様だった。
彼女も彼も罪を犯したのだから責任を取らなくてはならない。
悪評を広めたことで責任を取らされ学園を中退するという不名誉な経歴は、これからもずっと二人を苦しめることだろう。
退学が決まったことで、シンシアは親から失望されていた。
不祥事は既に親の知るところになり、何度も責められていた。
そして今日もまた責められていた。
「シンシア、あなたが何をしたのか、分かっているの?」
母親は声を荒げた。
「お母さま……」
「あなたの行動は、学園や友人たちにどれほどの影響を与えたと思っているの? あなたのせいで私たちの家族の名誉が傷ついたのよ。反省している?」
シンシアは母親の冷たい視線と言葉に胸が痛んだ。
彼女は自分の過ちを理解しているつもりだったが、母親の厳しい言葉は心に刺さった。
「私はマーガレットに負けたくなかった。いつもいい気になっているから少し痛い目にあわせたかったの。婚約者もいて羨ましかったのよ!」
「それは言い訳にならないわ。あなたは自分で選んだ道を歩んできたの。自分の行動に責任を持ちなさい」
母親は同情せずに言い放った。
シンシアは涙が浮かびそうになったが、何とか堪えた。
「私は本当に反省している。もう二度とこんなことはしないから……」
シンシアにとっては何度目の謝罪になるか分からなかった。
今までなら説教が続くところだったが、今回は母親が違う反応を見せた。
「反省しても復学はないわ。こうなった以上、良い相手との婚約も望めないでしょうね」
「そんな……」
シンシアは未来が暗いものにしかならないことを想像してしまった。
「でもね、そんなシンシアだからできる婚約もあるの。これは断ることのできない婚約だと思いなさい。もし断ったり婚約関係を解消されたら一生結婚できないと覚悟しなさい」
「……はい」
母親の気迫に気圧されながらシンシアは応えた。
諦めかけていた婚約が現実のものになりそうなことで彼女は希望を抱いた。
「これからの道は簡単ではないことを忘れないで。婚約者と上手くいくことを願っているわ」
シンシアはその言葉を胸に刻み、再び自分の人生を立て直すための一歩を踏み出す覚悟を決めた。
「ありがとうございます、お母さま」
彼女は自分の選択がもたらした結果を受け入れ、新たな道を歩むために努力することを誓った。
シンシアは婚約者がニコラスだと聞いて驚いた。
まさか彼と婚約することになるとは夢にも思わなかった。
ニコラスも問題を起こして学園を退学したため、良い相手との婚約が望めなくなっていた。
そこに丁度よく同じような境遇の相手がいたとなれば、お互いが婚約することで両家にとって都合が良いものになると考えるのは当然だった。
婚約者ができずに結婚できないまま一生過ごすよりも良いという親の考えもあってのことだ。
事情はともかく、婚約が決まったことでシンシアの心の中で期待と不安が交錯した。
以前の事件が二人の関係に影を落としていることは明白だったが、彼女はニコラスとの未来に希望を抱いていた。
彼が今もまだ自分への好意を抱いているのであれば悪くない関係になるのではないかと考えていた。
二人の婚約が決まってから初めて二人で会った。
「久しぶりね、ニコラス」
「ああ、そうだな。まさかシンシアと婚約することになるとは思わなかった」
ニコラスの反応が予想よりも冷たいもので、シンシアは嫌な予感がした。
不安を振り切るようにシンシアは笑顔を浮かべる。
「私も意外だったわ。でも婚約したのだから、これも何かの縁よ。よろしくね、ニコラス」
「そうだな……」
しかし、ニコラスは彼女の期待とは裏腹に、冷たい態度を崩さなかった。
彼はシンシアが自分を利用し、そして捨てたことを決して忘れていなかった。
彼女への信頼は崩れ去り、彼女を許すことはできなかった。
ニコラスに後がないように、シンシアにも後がない。
そのことをニコラスも理解しており、この機会に冷たい態度をとることでシンシアに立場を理解させようとした。
それからもニコラスは冷たい態度を取り続けた。
ある日、シンシアはニコラスと会うために指定された場所に向かった。
彼女は彼と再び良好な関係を築こうとしたが失敗に終わっていた。
ニコラスの態度は冷たいままで、二人の感情には明らかな距離があった。
「ニコラス、私たちの未来について話したいの」
シンシアは微笑みを浮かべながら言ったが、その声はどこか不安げだった。
「未来? 君が言うその未来が、俺にとってどれだけの意味を持つのか、分かっているのか?」
ニコラスは冷たく返した。
シンシアは一瞬言葉を失い、彼の言葉の重みを感じた。
「過去のことはもう終わったことで、これからは一緒に歩んでいけると思っていたのに……」
「終わったこと? 君の行動がどれほど俺を傷つけたか、君は本当に理解しているのか?」
ニコラスは目を細め、彼女をじっと見つめた。
その視線には、かつての愛情は消え去り、冷たい怒りだけが残っていた。
「私は反省している。あなたに対して心から謝りたいの」
シンシアは懸命に言ったが、彼の心を動かすことはできなかった。
「謝っても無駄だ。君の言葉はもう信じられない。俺を利用して、そして捨てたのは君じゃないか」
ニコラスは冷たく言い放った。
シンシアはその言葉に傷つき、心が締め付けられる感覚を味わった。
「私は変わったの。過去の私とは違う。あなたと新しい関係を築き共に未来に向かって歩みたいと思っているの……」
「未来? もう俺たちに未来なんてないだろう? こんな訳ありの問題人物同士、婚約しようが結婚しようが評価は変わらない。俺たちはもう終わったんだ」
シンシアは涙が溢れそうになり、必死に感情を抑えた。
「お願い、ニコラス。私をもう一度信じてほしい。私たちはお互いに助け合える関係になれるはずなのに……」
「信じることはできない。俺は君に利用され、捨てられた過去を忘れない。君のために尽くすつもりはもうない。君の思い通りにはならない」
シンシアはニコラスの決意が固いと理解した。
それは未来への希望がなくなったことを意味している。
シンシアは自分の行動を後悔し涙を流した。
ニコラスはシンシアの姿を冷たい目で見ているだけだった。
学園の庭園は静まり返り、あたたかな陽射しが心地よく差し込んでいた。
マーガレットとガードナーは、まるで新たな始まりを祝うかのように、並んでベンチに座っていた。
最近の出来事がようやく落ち着きを見せ、学校の雰囲気も再び穏やかになっていた。
「シンシアとニコラスが退学して、本当に良かったと思う」
マーガレットが言った。
彼女の声には、ほっとした安堵が混じっていた。
「これで、私たちの名誉は守られたし、噂もすっかり消えたわ」
ガードナーは彼女の言葉に同意し、頷いた。
「彼らの行動は間違っていたけれど、あの騒動があったからこそ、僕たちはお互いの大切さを再確認できたんじゃないかな」
マーガレットは微笑みながら、彼の言葉を噛みしめた。
「そうね。私たちは問題を乗り越えられたわ。ガードナーのことは信用していたけど、ますます信用できるようになったわ」
「そう言ってくれると嬉しいよ。僕だってマーガレットのことは信用しているさ。あの程度の問題、僕たちなら問題なく乗り越えられる」
「あの時、ガードナーがいてくれたから私は勇気を持てたの。私はガードナーがいるから強くなれる」
「僕もだよ、マーガレット。君のために戦うことができて、本当に良かった。本来の力以上を発揮できたかもしれない。それもマーガレットを守るためだからだろう」
ガードナーはマーガレットの手を優しく握りしめた。
「これからは、噂や誤解に惑わされることなく、平和な学園生活を送れるといいね」
マーガレットは空を見上げ、青い空に浮かぶ白い雲を眺めた。
「そう願うわ。私たちがこの学園で過ごす日々が、再び明るく、楽しいものであることを期待するわ」
彼女の言葉に、ガードナーは微笑みを返した。
「いつも一緒にいよう。お互いを支え合って、どんな困難も乗り越えていこう」
「約束よ」
マーガレットは彼の言葉に心から頷き、未来への希望が胸に広がっていくのを感じた。
マーガレットは美貌と優秀な成績で他の生徒たちの視線を一身に集めていた。
彼女の成績は常にトップで、その美しい容姿と相まって、周囲からの羨望を集めていた。
マーガレットのもとへ友人のケイトが走り寄ってきた。
ケイトは息を切らし、顔を赤らめながら言った。
「マーガレット、聞いて! あなたについての噂が広まっているの!」
「噂? どういったものなの?」
「あなたが成績を良くするために不正を働いているって噂なの。試験の答案を盗んだり、教授に賄賂を渡しているんじゃないかって……」
マーガレットは一瞬、言葉を失った。
成績を保つために、彼女はこっそりと努力をしていた。
努力していないように見えたことが逆効果になっていた。
「そんなこと、全くの誤解よ。私はただ、努力しているだけなのに……」
ケイトは心配そうに彼女を見つめた。
「噂の出どころはシンシアみたい。まだ確証はないけど、たぶん間違いないと思うわ」
「そう……」
シンシアはマーガレットに張り合ってきた。
しかし成績が常にトップだったマーガレットに負け続けてきた。
その腹いせだと考えれば納得もできる。
「あなたの名誉が傷つく前に、何か対策を考えないと……」
ケイトは真剣な眼差しを向けた。
マーガレットは婚約者のガードナーの顔を思い浮かべた。
彼はいつも彼女を支えてくれた。
もし彼がこの噂を聞いたら、どう思うだろうか。
彼女は再び自分の立場を考え、冷静さを取り戻そうとした。
「私は、真実を明らかにしなければならないわ。シンシアが何を言おうとも無駄よ。私は不正なんて働いていないわ。真実を明らかにしてシンシアに反省してもらうわ」
マーガレットは決意を込めて言った。
「そうよ、そうすべきよ」
ケイトも賛同した。
もしシンシアが噂を広めたのであればマーガレットへの侮辱でしかない。
放置すればマーガレットのみならず貴族家としての名誉の問題にもなり兼ねない。
マーガレットはガードナーに相談することを決意した。
彼は彼女の婚約者であり、何よりも信頼できる存在だった。
「マーガレット、どうした?」
彼の声には、いつもの優しさが滲んでいた。
彼女は深呼吸をし、ケイトから聞いた噂のことを伝えた。
ガードナーは眉をひそめ、考え込むように腕を組んだ。
「それは重大な問題だ。君の名誉が傷つくのは許せない。それに僕たちの婚約に影響が出たら困る。どうにかしないとな」
ガードナーは考え込み、マーガレットは彼の考えがまとまるのを静かに待った。
「まず、誰がその噂を広めているのか、徹底的に調べる必要がある。本当にシンシアが噂を広めているのか確認しないと」
「ケイトはシンシアが怪しいと言っていたけど、改めて調べるの?」
「ああ。いくらシンシアでもそこまで愚かな行為はしないだろう。せめて自分ではない誰かを利用するはずだ」
「そうかもしれないわね」
マーガレットはガードナーの考えが正しいように思えた。
ケイトの発言を疑っているわけではないが、万が一犯人がシンシアでなければ問題になってしまう。
慎重に進めるためには、まず調べることが必要だという考えには同意できた。
「シンシアは私を狙っているに違いないわ。噂だけでなく彼女が何をするか不安だわ……」
マーガレットは不安を隠せなかった。
「心配しないで、僕がいるから」
ガードナーは彼女の手を優しく握り締めた。
「シンシアの行動を調べて事実を明らかにしよう。噂を広めた者たちの言動を、必要ならば公にすることも考えよう。大切なことは僕たちの未来だ」
マーガレットは彼の言葉に勇気づけられた。
「頼りにしているわ、ガードナー」
「僕はマーガレットを守りたい。僕たちの未来のためにも。だから、共に立ち向かおう」
ガードナーの目は真剣そのものだった。
彼女は一瞬、彼の強い意志に触れ、心が温かくなるのを感じた。
「ええ、もちろんよ」
数日後、ガードナーはマーガレットと共に、噂の出どころを突き止めるために奔走した。
彼は彼女の名誉を守るため、慎重に調査を進めていた。
そして、ついに一つの名前が浮かび上がった。
「マーガレット、噂を広めているのはニコラスだ」
「ニコラス……? 彼は私とそんなに関わりがないはずだけど、どうして?」
マーガレットは首をかしげた。
彼女はニコラスとは別に悪い関係だとは思っていなかった。
ましてや恨みを買った覚えもない。
彼が自分の名誉を傷つける理由が理解できなかった。
「彼は最近、シンシアと親しい関係にあると聞いている。もしかしたら、彼女に煽られているのかもしれない」
ガードナーの説明にマーガレットも納得できた。
「でも、彼がどうして君を狙ったのか、もっと深い理由があるかもしれない。まだ彼の動機までは把握できていない」
マーガレットはその言葉に考え込んだ。
「ニコラスが私を狙う理由……。何か事情があるのかしら?」
「彼の背景を調べる必要がある。何か秘密があるかもしれない。彼の家庭や、学校での立ち位置についても調べてみよう」
ガードナーは提案した。
マーガレットは頷いたが、心の中で不安が広がるのを感じた。
「もし彼が何か特別な理由で私を攻撃しているのなら、それを明らかにしないと……」
「そうだ、原因を突き止めよう。君の無実を証明するためには、彼の意図を理解することが必要だ」
ガードナーは力強く言った。
二人はすぐに行動を開始した。
数日後、マーガレットとガードナーは再び集まり、ニコラスに関する情報を持ち寄った。
ガードナーは彼の友人たちから得た情報を整理し、マーガレットに伝えた。
「マーガレット、ニコラスがシンシアに惚れていることが分かった。彼女に協力することで彼は自分の存在を印象付けたいのだろう。彼女に頼りにされたいと思っての行動だろうな」
「そんなことをしてもシンシアに都合良く扱われるだけじゃない。愚かな行為にしか思えないけど……」
「それが惚れた悲しみだな。だがニコラスに同情はできない。マーガレットへの敵対的な行為は事情があっても許せるものではない」
「そんな理由なのね……。彼は私を貶めることでシンシアの気を引こうとしているの? そんなことのために私を利用するなんて……」
マーガレットは驚きつつも納得した。
「それが現実だ。シンシアは彼の気持ちを利用して、彼を都合良く扱っているだけだ。ニコラスは彼女の言いなりになっている。二人とも悲しい生き様だよ」
マーガレットは心の中で複雑な感情が渦巻いた。
「彼の行動が、ただの恋愛感情から来ているなんて……。でも、それが私の名誉を傷つける理由にはならないわ。ニコラスには同情できないわ」
「確かに。しかし、彼の心の奥にある感情を理解することで、彼との対話の糸口になるかもしれない。彼にシンシアの本性を気づかせることができれば、噂も収まるかもしれない。そしてシンシアが犯人だと証言してくれるかもしれない」
ガードナーは提案した。
その提案にはマーガレットも乗り気だった。
「それなら、彼と話をするべきね。彼の気持ちを知り、シンシアの真実を伝えることで、彼を目覚めさせることができるかもしれない」
二人はニコラスを呼び出すことにした。
まずは手紙で、シンシアに気付かれないようにニコラスへ意思を伝えた。
しかし、ニコラスからの返事は対話を拒否するものだった。
「困ったな、ニコラスがここまで愚かだとは思わなかったよ」
「それだけシンシアのことが好きなのね……」
対話を拒否されるとは思っておらず、二人は揃って落胆した。
「でもこれでニコラスに配慮する必要もなくなった。このままシンシアと運命を共にしてもらう」
「仕方ないわね。それがニコラスの選んだことなのだから」
彼への同情的な気持ちを捨て、マーガレットは次なる行動に移した。
ニコラスはマーガレットとガードナーからの提案を拒否したことで、心の中に複雑な感情が渦巻いていた。
彼はシンシアのことを考えた。
彼女の美しさや魅力に惹かれ、彼女の気を引くために行動してきたが、その代償としてマーガレットとガードナーを敵に回してしまったことを理解していた。
「彼らの考えは正しいかもしれない……」
ニコラスは自分に言い聞かせた。
しかし、心の奥ではシンシアとの関係が続くことへの期待が消えなかった。
彼女の笑顔や、彼女が自分に向ける視線を思い出すたびに、胸が高鳴った。
ニコラスはシンシアを優先することが自分の気持ちに素直なのだと考えた。
「でも、どうすればいいのか……。このままだとまずいことになるかもしれない……」
彼は悩んだ。
シンシアとの関係が続くことで自分が得られるものと、マーガレットとガードナーを敵にするリスクの間で揺れ動いていた。
彼は自分の気持ちを整理しようとしたが、シンシアの存在が常に彼の心を占めていた。
数日後、ニコラスはシンシアに会う機会を作った。
彼女は華やかなドレスを身にまとい、周囲の視線を集めていた。
彼女の笑顔を見た瞬間、ニコラスの心は再び高鳴った。
「ニコラス、どうしたの? 最近、元気がないみたい」
シンシアが優しく声をかけた。
「いや、そんなことはないよ。君と話すと、いつも元気が出るんだ」
ニコラスは微笑みながら答えた。
シンシアは彼の言葉に満足げに笑った。
彼女のその反応に、ニコラスは少し安堵したが、同時に心の奥にある葛藤が再び浮かび上がった。
マーガレットとガードナーと関係を犠牲にしてまで、シンシアの気を引くために行動することが本当に正しいのか、という疑念が消えなかった。
「最近、マーガレットとガードナーが君のことを調べているようだ。噂のことを相当気にしているようだ」
シンシアはその言葉に眉をひそめた。
「彼女たちは私のことをどう思っているの? 犯人扱いするのかしら?」
「どうとも言えないな。随分慎重に調べているようだし……」
ニコラスは自信がなさそうに言った。
シンシアは彼の言葉に納得したように振る舞うべく微笑んだ。
「どうなるか分からないのね。でも私にはあなたがいるでしょう? ニコラスのような人がそばにいると心強いわ。私たちの関係を大切にしていきましょう」
ニコラスはその言葉を聞いて心が温かくなったが、一方で心の奥にある後悔が彼を締め付けた。
果たして、彼はこのままシンシアとの関係を深めていくことができるのだろうか。
彼は自分の選択が正しかったのか、いつも迷っていた。
「そうだね。君との関係を大切にしたい」
ニコラスは答えたが、その言葉にはどこか空虚さが残っていた。
シンシアはニコラスが自分に対して抱く気持ちを理解しているつもりだった。
彼は自分に夢中になっているが、それは彼自身の欲求を満たすためのものだ。
彼女はそのことを知っていた。
だから利用することに躊躇いはなかった。
シンシアはニコラスの態度を思い出し、心の中でほくそ笑んだ。
彼は自分の魅力に完全に酔いしれている。
彼の気持ちを利用すれば、マーガレットの名誉を貶めることができる。
彼を必要なときだけ利用し、都合の良い存在として扱うことができれば、彼女にとっては理想的だ。
シンシアは完全にニコラスを侮っていた。
彼の気持ちが揺れ動いていることに気付いていなかった。
学園では社交パーティーの練習のために、生徒を対象としたパーティーが開催される。
原則として全生徒が参加することになっている。
この日はパーティーが開催される日だった。
大広間には生徒たちが集まり、期待と緊張が入り混じった雰囲気が漂っていた。
マーガレットとガードナーは、この場を利用し噂の真相を明らかにすることにしたのだ。
ガードナーは、ニコラスが噂を広めた実行犯であることを公表する決意を固めていた。
生徒たちがざわめく中、ガードナーは毅然とした態度で前に立った。
彼の目は真剣そのもので、周囲の視線を一身に集めた。
「皆さん、今日は重要なことをお話します。パーティーの前ですが、少しお時間をいただきます。最近、マーガレットに関する悪評が広まっていますが、その噂の出所を突き止めました」
生徒たちの間に緊張が走る。
生徒の視線はガードナーに向かった。
「その噂を広めたのは、ニコラスです」
ガードナーは声を張り上げた。
驚きの声が上がり、生徒たちはざわつき始めた。
ニコラスは言葉を失い、目を見開いてガードナーを見つめた。
「彼は、マーガレットを貶めるために虚偽の情報を流しました」
「な、何を言っているんだ……!?」
「だが、ニコラス一人の責任ではありません。彼をそそのかした黒幕がいる。シンシア、あなたのことです」
会場は静まり返った。
シンシアは驚愕の表情を浮かべ、周囲の視線が自分に向けられるのを感じた。
彼女は心の中で動揺しながらも、冷静さを保とうとした。
彼女にはニコラスが勝手にやったと言い逃れる準備ができていた。
「あなたがニコラスにマーガレットを攻撃するように仕向けたことは明らかだ。彼はあなたの気を引くために協力しただけだ」
「そんなこと、私は一切していないわ! ニコラスが勝手に噂を広めたのよ!」
「それは違う、シンシア。あなたがニコラスを利用して、マーガレットを貶める意図は明白だ。あなたの言動でニコラスを都合良く扱っていたのは明らかだ」
ガードナーは冷静に返した。
生徒たちの中には、噂の真相を知り驚き、シンシアに対する視線が変わり始めた。
彼女は焦りを感じた。
「ニコラスが勝手にやったことなのよ! 私が何もしていないわ!」
シンシアは身の潔白を叫んだ。
「シンシアの言い分が事実なのか、ニコラスに訊けば明らかになる。どうなのかな? ニコラス」
ガードナーは冷たく言った。
彼にとってはシンシアもニコラスも敵でしかなかった。
ニコラスは、シンシアへの気持ちに迷いを見せながらも、彼女の言葉が本心からのものなのか考えた。
「シンシア、本当に俺を利用していたのか……?」
「利用なんてしていないわ! 私を信じて! ニコラス!」
言い訳するシンシアの姿に、ニコラスの目には失望が浮かんだ。
やはり自分は切り捨てられたのかと思うと、ますます失望する。
「俺はシンシアを信じていた……。だが嘘だった。何もかも嘘だった!」
その瞬間、マーガレットが前に出て、ニコラスに向かって言った。
「ニコラス、あなたが真実を話すことをみんなが望んでいます。あなたが何をしたのか、シンシアが何をしたのか、彼女があなたに何をさせたのかを教えてくれませんか? こうなった以上、あなただけが犠牲になる必要はないのです」
ニコラスは彼女の言葉に心を動かされ、少しずつ冷静さを取り戻した。
「シンシア、君の本当の気持ちを教えてほしい。俺は君を信じたいけれど、君の行動が俺を迷わせる」
シンシアは焦りながらも、何とか言葉を繕おうとしたが、その表情は次第に不安に満ちていった。
周囲の生徒たちの視線が彼女に集中し、彼女の心は次第に追い詰められていった。
「ニコラス、私はあなたを……」
彼女は言葉を選びながらも、真実を隠そうとした。
しかし、彼の目には疑念が浮かんでいた。
生徒たちには、シンシアに対する疑念が広がり、彼女の立場は次第に危うくなっていった。
「もういいんだ、シンシア。俺は君のことが好きだった。好きだから協力したんだ。マーガレットの悪評を広めることだってシンシアが望んだから俺が実際に噂を広めた。全てはシンシアが望んだからだ」
ニコラスは苦しそうに告白した。
「違うの! 私はそんなこと望んでいない!」
シンシアは叫んだが、それはニコラスにとって怒りを呼び起こすものでしかなかった。
「往生際が悪いな、シンシア。俺たちは共犯者だ。いや、違う。俺はシンシアの協力者だ。マーガレットへの悪評はシンシアが望んだものだ」
こうなってしまえばシンシアがどう言い訳しようがみんなの考えは同じだった。
黒幕はシンシア。
それが共通認識だった。
パーティーの雰囲気は一変し、華やかな音楽と笑い声は消え去り、重い沈黙が大広間を支配していた。
ガードナーの告発が響いた後、シンシアは他の生徒たちの視線を一身に浴び、冷たい視線から逃れることができなかった。
彼女は心臓が高鳴るのを感じながら、周囲の生徒たちの反応を見つめた。
彼らはささやき合い、彼女に対して好奇の目を向けていた。
かつては彼女の周りには人々が集まり、称賛の声が絶えなかったが、今や彼女は孤立し、遠巻きにされる存在となっていた。
「シンシアがニコラスを操っていたなんて、信じられない……」
囁く声が聞こえた。
彼女はその言葉に胸が締め付けられる思いだった。
それ日を境に生徒たちはシンシアに対する態度を変えた。
彼女の存在を無視するようになった。
シンシアはその状況に耐えきれず、少しずつ心が折れそうになっていくのを感じた。
彼女はかつての自分の地位を失い、まるで牢獄に閉じ込められたような感覚に襲われていた。
気が付けばシンシアは退学しており、学園から姿を消していた。
それはニコラスも同様だった。
彼女も彼も罪を犯したのだから責任を取らなくてはならない。
悪評を広めたことで責任を取らされ学園を中退するという不名誉な経歴は、これからもずっと二人を苦しめることだろう。
退学が決まったことで、シンシアは親から失望されていた。
不祥事は既に親の知るところになり、何度も責められていた。
そして今日もまた責められていた。
「シンシア、あなたが何をしたのか、分かっているの?」
母親は声を荒げた。
「お母さま……」
「あなたの行動は、学園や友人たちにどれほどの影響を与えたと思っているの? あなたのせいで私たちの家族の名誉が傷ついたのよ。反省している?」
シンシアは母親の冷たい視線と言葉に胸が痛んだ。
彼女は自分の過ちを理解しているつもりだったが、母親の厳しい言葉は心に刺さった。
「私はマーガレットに負けたくなかった。いつもいい気になっているから少し痛い目にあわせたかったの。婚約者もいて羨ましかったのよ!」
「それは言い訳にならないわ。あなたは自分で選んだ道を歩んできたの。自分の行動に責任を持ちなさい」
母親は同情せずに言い放った。
シンシアは涙が浮かびそうになったが、何とか堪えた。
「私は本当に反省している。もう二度とこんなことはしないから……」
シンシアにとっては何度目の謝罪になるか分からなかった。
今までなら説教が続くところだったが、今回は母親が違う反応を見せた。
「反省しても復学はないわ。こうなった以上、良い相手との婚約も望めないでしょうね」
「そんな……」
シンシアは未来が暗いものにしかならないことを想像してしまった。
「でもね、そんなシンシアだからできる婚約もあるの。これは断ることのできない婚約だと思いなさい。もし断ったり婚約関係を解消されたら一生結婚できないと覚悟しなさい」
「……はい」
母親の気迫に気圧されながらシンシアは応えた。
諦めかけていた婚約が現実のものになりそうなことで彼女は希望を抱いた。
「これからの道は簡単ではないことを忘れないで。婚約者と上手くいくことを願っているわ」
シンシアはその言葉を胸に刻み、再び自分の人生を立て直すための一歩を踏み出す覚悟を決めた。
「ありがとうございます、お母さま」
彼女は自分の選択がもたらした結果を受け入れ、新たな道を歩むために努力することを誓った。
シンシアは婚約者がニコラスだと聞いて驚いた。
まさか彼と婚約することになるとは夢にも思わなかった。
ニコラスも問題を起こして学園を退学したため、良い相手との婚約が望めなくなっていた。
そこに丁度よく同じような境遇の相手がいたとなれば、お互いが婚約することで両家にとって都合が良いものになると考えるのは当然だった。
婚約者ができずに結婚できないまま一生過ごすよりも良いという親の考えもあってのことだ。
事情はともかく、婚約が決まったことでシンシアの心の中で期待と不安が交錯した。
以前の事件が二人の関係に影を落としていることは明白だったが、彼女はニコラスとの未来に希望を抱いていた。
彼が今もまだ自分への好意を抱いているのであれば悪くない関係になるのではないかと考えていた。
二人の婚約が決まってから初めて二人で会った。
「久しぶりね、ニコラス」
「ああ、そうだな。まさかシンシアと婚約することになるとは思わなかった」
ニコラスの反応が予想よりも冷たいもので、シンシアは嫌な予感がした。
不安を振り切るようにシンシアは笑顔を浮かべる。
「私も意外だったわ。でも婚約したのだから、これも何かの縁よ。よろしくね、ニコラス」
「そうだな……」
しかし、ニコラスは彼女の期待とは裏腹に、冷たい態度を崩さなかった。
彼はシンシアが自分を利用し、そして捨てたことを決して忘れていなかった。
彼女への信頼は崩れ去り、彼女を許すことはできなかった。
ニコラスに後がないように、シンシアにも後がない。
そのことをニコラスも理解しており、この機会に冷たい態度をとることでシンシアに立場を理解させようとした。
それからもニコラスは冷たい態度を取り続けた。
ある日、シンシアはニコラスと会うために指定された場所に向かった。
彼女は彼と再び良好な関係を築こうとしたが失敗に終わっていた。
ニコラスの態度は冷たいままで、二人の感情には明らかな距離があった。
「ニコラス、私たちの未来について話したいの」
シンシアは微笑みを浮かべながら言ったが、その声はどこか不安げだった。
「未来? 君が言うその未来が、俺にとってどれだけの意味を持つのか、分かっているのか?」
ニコラスは冷たく返した。
シンシアは一瞬言葉を失い、彼の言葉の重みを感じた。
「過去のことはもう終わったことで、これからは一緒に歩んでいけると思っていたのに……」
「終わったこと? 君の行動がどれほど俺を傷つけたか、君は本当に理解しているのか?」
ニコラスは目を細め、彼女をじっと見つめた。
その視線には、かつての愛情は消え去り、冷たい怒りだけが残っていた。
「私は反省している。あなたに対して心から謝りたいの」
シンシアは懸命に言ったが、彼の心を動かすことはできなかった。
「謝っても無駄だ。君の言葉はもう信じられない。俺を利用して、そして捨てたのは君じゃないか」
ニコラスは冷たく言い放った。
シンシアはその言葉に傷つき、心が締め付けられる感覚を味わった。
「私は変わったの。過去の私とは違う。あなたと新しい関係を築き共に未来に向かって歩みたいと思っているの……」
「未来? もう俺たちに未来なんてないだろう? こんな訳ありの問題人物同士、婚約しようが結婚しようが評価は変わらない。俺たちはもう終わったんだ」
シンシアは涙が溢れそうになり、必死に感情を抑えた。
「お願い、ニコラス。私をもう一度信じてほしい。私たちはお互いに助け合える関係になれるはずなのに……」
「信じることはできない。俺は君に利用され、捨てられた過去を忘れない。君のために尽くすつもりはもうない。君の思い通りにはならない」
シンシアはニコラスの決意が固いと理解した。
それは未来への希望がなくなったことを意味している。
シンシアは自分の行動を後悔し涙を流した。
ニコラスはシンシアの姿を冷たい目で見ているだけだった。
学園の庭園は静まり返り、あたたかな陽射しが心地よく差し込んでいた。
マーガレットとガードナーは、まるで新たな始まりを祝うかのように、並んでベンチに座っていた。
最近の出来事がようやく落ち着きを見せ、学校の雰囲気も再び穏やかになっていた。
「シンシアとニコラスが退学して、本当に良かったと思う」
マーガレットが言った。
彼女の声には、ほっとした安堵が混じっていた。
「これで、私たちの名誉は守られたし、噂もすっかり消えたわ」
ガードナーは彼女の言葉に同意し、頷いた。
「彼らの行動は間違っていたけれど、あの騒動があったからこそ、僕たちはお互いの大切さを再確認できたんじゃないかな」
マーガレットは微笑みながら、彼の言葉を噛みしめた。
「そうね。私たちは問題を乗り越えられたわ。ガードナーのことは信用していたけど、ますます信用できるようになったわ」
「そう言ってくれると嬉しいよ。僕だってマーガレットのことは信用しているさ。あの程度の問題、僕たちなら問題なく乗り越えられる」
「あの時、ガードナーがいてくれたから私は勇気を持てたの。私はガードナーがいるから強くなれる」
「僕もだよ、マーガレット。君のために戦うことができて、本当に良かった。本来の力以上を発揮できたかもしれない。それもマーガレットを守るためだからだろう」
ガードナーはマーガレットの手を優しく握りしめた。
「これからは、噂や誤解に惑わされることなく、平和な学園生活を送れるといいね」
マーガレットは空を見上げ、青い空に浮かぶ白い雲を眺めた。
「そう願うわ。私たちがこの学園で過ごす日々が、再び明るく、楽しいものであることを期待するわ」
彼女の言葉に、ガードナーは微笑みを返した。
「いつも一緒にいよう。お互いを支え合って、どんな困難も乗り越えていこう」
「約束よ」
マーガレットは彼の言葉に心から頷き、未来への希望が胸に広がっていくのを感じた。
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