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前編
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王宮は華やかだが、その地下には罪人を捕える牢獄がある。
公爵令嬢パトリシアは薄暗い牢獄の中にいた。
「私はやっていないのに……」
パトリシアは力なくつぶやいた。
パトリシアはアレックス王子の婚約者であり、未来が約束されていたはずだった。
しかし、反乱を企てているという罪で捕らえられ、こうして投獄されている。
彼女には諦めない理由があった。
婚約者のアレックスが絶対に助けてくれるという確信があった。
彼の存在を思い浮かべるだけで心が強くなれるように思えた。
その願いが通じたのか、牢獄に足音が響いた。
その足音はパトリシアの牢に近づき、足音の正体が判明した。
「エミリー……」
パトリシアの義妹のエミリーだった。
アレックスが助けに来てくれると信じていたパトリシアは落胆した。
よりにもよってエミリーだった。
エミリーは公爵家で引き取り義理の娘として育てられることになったため、パトリシアと血の繋がりはない。
両親はエミリーであっても分け隔てなく育てたが、エミリーは持ち合わせていた歪んだ性格が矯正されることなく育ってしまった。
彼女は恵まれた生まれであるパトリシアを恨んでいた。
そのエミリーが顔を見せたのだからパトリシアは良くないことが起きると予感した。
エミリーは冷たい笑みを浮かべパトリシアを見下した。
その視線は冷たいもので、義姉を心配するものではない。
パトリシアはエミリーの反応から、こうなった理由にエミリーが関わっているのではないかと考えた。
「お義姉さま、よくお似合いね。こんなところに入る趣味でもあったの?」
「そんな冗談言われても笑えないわ。私は無実なの。どうして投獄されているか分からないわ」
「噂では反乱を企てたとか? さすがですね、お義姉さま。国でも乗っ取ろうとしたのですか?」
「だから冗談はやめてって。本当に困っているのよ」
パトリシアはエミリーの態度に苛立っていた。
まるで事態を理解していないか、あるいは理解していて、あえて振る舞っているのか。
エミリーの性格を考えれば意図的と考えたほうが自然だ。
「でも残念ね。国王陛下はあなたを罪人だと判断したから投獄することに決めたのよね? それってもう終わりってことじゃないの?」
「冤罪だと証明できればいいのよ。調べれば私が無実って分かるはずよ」
パトリシアの必死の訴えをエミリーは笑って流していた。
どう考えても彼女はこの状況を楽しんでいるようにしかパトリシアは思えなかった。
「国王陛下は役に立たないと思うわ。だから投獄したんじゃない」
パトリシアの運命を握っているのは間違いなく国王だ。
この国の最高権力者であるから彼が有罪と言えば有罪になってしまう。
本来であれば無罪だと判断すべき人物が頼りにならない。
その事実がパトリシアを絶望させようとする。
でもまだ負ける訳にはいかなかった。
諦めたら全てが終わってしまう。
自分の人生も、アレックスと夢見た幸せな日々も。
「エミリー、国王陛下が事実を調べてくれれば私の無実は明らかになるわ。あなたからも国王陛下に頼んでくれない?」
しかしエミリーは冷たい目でパトリシアを見ているだけだった。
パトリシアはこうなることを予想していた。
最初から助ける意思はなく、このような状況に陥っている自分をわざわざ見に来たのだと。
「無実が明らかになるって、何か証拠でもあるの?」
「……無いけど。でも反乱を企てた証拠も無いわ」
「ふーん、でも証拠がないなら無実を証明できないわよね? だから投獄されているのよ。大人しく諦めたら?」
「私は諦めないわ。それにアレックスだって私を救おうとしてくれるはずよ。私はアレックスを信じている」
その言葉はエミリーにとって不愉快極まりないものだった。
「せいぜい無駄に希望を抱くことね。どうせ助からないだろうし。諦めてしまえば楽になるわよ」
エミリーはそう言って背を向けた。
エミリーが去り、牢獄は再び静寂に包まれた。
パトリシアは暗い牢獄の中、再び一人になった。
「もしこのままならどうなってしまうの?」
反乱を企てただけでも重罪だ。
その先に待っているのは処刑かもしれない。
「冤罪で処刑なんて絶対に嫌よ……」
しかし事態は彼女にとって不利なものだ。
しかも自力では事態を打開することができない。
自分の無力さを痛感し、彼女の心は締め付けられた。
未来への希望が失われようとした。
パトリシアはアレックスとの愛を思い出すことで力を得ようとした。
彼の優しい笑顔、一緒に過ごした時間、それらが彼女の心の支えとなった。
幸せだった日々と現状のギャップが彼女を苦しめる。
「どうしてこうなってしまったの……」
彼女は再び考え事に没頭した。
そうすれば少しでも現状の悲しみから気を逸らせる。
しかし考えれば考えるほど疑問も生じる。
エミリーの態度は役に立たないどころか敵対的だった。
明確にそのような言葉は発していなかったが、非協力的であったことに加え、彼女の性格や今までしていたことを考えれば敵だとしか思えなかった。
まさか冤罪の首謀者だとは考えたくなかったが、彼女ならばそれもあり得るとパトリシアは考えた。
いずれにせよエミリーを頼るべきでなければ期待すべきでもない。
「アレックス……私を助けて……」
最愛の婚約者に希望を託した。
アレックスはパトリシアの投獄を知ったとき、耳を疑った。
彼女は公爵令嬢であり、余程のことがなければ投獄されるはずがない。
あるいは国王であれば公爵令嬢であれ投獄を命じることはできる。
アレックスは国王が何かしたのだと考えた。
アレックスは国王に面会した。
父親であってもこの場は国王としての扱いだ。
「陛下、パトリシアに反乱の疑いがあると聞きました。その証拠はあるのでしょうか?」
アレックスはパトリシアを救おうという確固たる意志があった。
国王が相手であろうと事実を追求するつもりだ。
「証言があったのだ。ならば早めに身柄を抑えなければ反乱が実行されてしまうかもしれん。これは安全を優先させたものだ」
「ですが無実の罪での投獄は問題です。それに証言が本当だという証拠はあるのでしょうか?」
国王は面倒臭そうな表情になった。
「アレックスよ、お前の気持ちも理解できる。だがこれは国家の安全が関わる問題なのだ。手遅れになってからでは遅いのだ」
「陛下! そのような事実無根でパトリシアを陥れるような証言をしたのは誰なのです?」
「……エミリーだ。姉妹だから知り得たこともあるだろう。ならば反乱を企てたという確証があってのことだろうな」
犯人が明らかになったとはいえ、国王はエミリーを信じている。
このままではパトリシアの無実を明らかにできないとアレックスは考えた。
しかし、無理だろうと思っても無理だと確定した訳ではない。
「パトリシアはそのようなことをする人ではありません。彼女は純粋で、いつも国のことを思っている女性です。彼女の無実を信じてください」
「私も彼女のことを知っている。しかし、エミリーの言葉には重みがある。反乱が起きてからでは遅いのだ」
アレックスは心の中で怒りが渦巻いた。
反乱を恐れるために無実の人を投獄するようなことが許されるはずがない。
それに反乱というのであればエミリーの行為こそ問題ではないか。
アレックスは自分の考えが間違っているとは思えなかった。
国内の安定のためにはエミリーを放ってはおけないと確信した。
ならば強硬手段に出るのも仕方ない。
そう覚悟を決めたアレックスは無駄だと理解しつつ国王に最後の確認をする。
「陛下、どうかもう一度考えてください。私がパトリシアを助けるために何ができるかをお教えください。彼女は無実です!」
国王は無表情のままアレックスを見つめ返した。
「無実だという証拠があればいい。確固たる証拠があれば余も信じよう」
アレックスは絶望感に襲われながらも諦めるわけにはいかなかった。
「ならば私が証拠を見つけます。私が証拠を見つけたらパトリシアを解放してください。そして犯人に厳罰を処すと約束してください」
国王はしばらく沈黙した。
「いいだろう。全力を尽くせ。その結果がどうあれ納得しろ。もし犯人がいるなら厳罰を約束しよう」
「ありがとうございます、陛下」
アレックスは頭を下げた。
どうにかチャンスを得てパトリシアの冤罪を晴らす道筋が見えてきたのだ。
アレックスの目には決意の光が宿っていた。
そして犯人を絶対に許さないという怒りも。
アレックスは国王との面会の後、心に重いものを抱えながら王宮の廊下を歩いていた。
愛するパトリシアのことを思うと彼の胸は苦しくなるばかりだった。
どうにかして彼女を救わなければと焦りを感じていたその時、突然エミリーが彼の前に現れた。
「アレックス、困っていない?」
エミリーは微笑みを浮かべていたが、アレックスには何か企んでいるようにしか思えなかった。
義理とはいえ姉が投獄されたというのに余裕を感じさせる振る舞いが許せなかった。
「困った事態にはなっている。だがまだ諦めてはいない」
「そうなの。それなら丁度よかったわ。パトリシアを助けたいんでしょ?」
その通りだった。
アレックスはエミリーが何らかの案があって接触してきたのだと思った。
「あなたがパトリシアを助けたいのなら私の提案を聞いてほしい。彼女との婚約を破棄して私と婚約するの。そうすれば助けられるわよ」
彼女の言葉は到底許せるものではなかった。
アレックスはパトリシアを救い出し幸せな未来を共にする覚悟があった。
婚約破棄はそれを自らの手で叶わなくする行為だ。
それにどうしてエミリーと婚約すればパトリシアが助かるのか理解できなかった。
「意味が分からないな。パトリシアと私の絆はそんなことで揺らぐものではない。彼女を助けるためと言うが、そんなことは絶対にできない」
エミリーは怒るアレックスに冷笑を浮かべた。
「でも、アレックス、よく考えて。今のあなたには彼女を救うための力を持っていない。国王は彼女を信じていない。私を選べば国王に考え直すよう取り計らえるかもしれないわよ?」
アレックスはどうしてエミリーがそこまで国王に影響力を持っているのか理解できなかった。
しかし彼女の自信は嘘ではないように思えた。
「パトリシアを助けるために私を利用するのが最善の方法よ。どうすればいいのか分かるでしょ?」
「それでも私は彼女を裏切ることはできない」
アレックスはエミリーの提案を拒絶する強い意志を示した。
エミリーを信用できないことはもっともだが、パトリシアへの愛が揺るぎないことが最大の理由だ。
エミリーは不機嫌そうに眉をひそめた。
「あなたは本当に愚かね。パトリシアを助けたければ私を選ぶしかないの。そうでなければ彼女はこのまま投獄され続けるわ。最悪処刑されてしまうかもしれないわね」
アレックスは彼女の言葉に心が揺らぐことはなかった。
「エミリー、君の提案は受け入れられない。私はパトリシアを信じているし、彼女を守るために戦うつもりだ。どんな手段を使っても、彼女の無実を証明する」
アレックスの決意に、エミリーは冷たく笑った。
「それならあなたの選択がどれだけ無意味なものか、思い知ることになるでしょう。私の力を利用しなければパトリシアを救うことなんてできないわ」
アレックスはエミリーの挑発に動じることなく、毅然とした態度を崩さなかった。
「パトリシアを愛する気持ちは変わらない。彼女を救うために必ず道を見つけ出す」
そう言い残し、彼はエミリーから背を向け廊下を歩き始めた。
心の中には愛するパトリシアを救うための決意が燃え上がっていた。
公爵令嬢パトリシアは薄暗い牢獄の中にいた。
「私はやっていないのに……」
パトリシアは力なくつぶやいた。
パトリシアはアレックス王子の婚約者であり、未来が約束されていたはずだった。
しかし、反乱を企てているという罪で捕らえられ、こうして投獄されている。
彼女には諦めない理由があった。
婚約者のアレックスが絶対に助けてくれるという確信があった。
彼の存在を思い浮かべるだけで心が強くなれるように思えた。
その願いが通じたのか、牢獄に足音が響いた。
その足音はパトリシアの牢に近づき、足音の正体が判明した。
「エミリー……」
パトリシアの義妹のエミリーだった。
アレックスが助けに来てくれると信じていたパトリシアは落胆した。
よりにもよってエミリーだった。
エミリーは公爵家で引き取り義理の娘として育てられることになったため、パトリシアと血の繋がりはない。
両親はエミリーであっても分け隔てなく育てたが、エミリーは持ち合わせていた歪んだ性格が矯正されることなく育ってしまった。
彼女は恵まれた生まれであるパトリシアを恨んでいた。
そのエミリーが顔を見せたのだからパトリシアは良くないことが起きると予感した。
エミリーは冷たい笑みを浮かべパトリシアを見下した。
その視線は冷たいもので、義姉を心配するものではない。
パトリシアはエミリーの反応から、こうなった理由にエミリーが関わっているのではないかと考えた。
「お義姉さま、よくお似合いね。こんなところに入る趣味でもあったの?」
「そんな冗談言われても笑えないわ。私は無実なの。どうして投獄されているか分からないわ」
「噂では反乱を企てたとか? さすがですね、お義姉さま。国でも乗っ取ろうとしたのですか?」
「だから冗談はやめてって。本当に困っているのよ」
パトリシアはエミリーの態度に苛立っていた。
まるで事態を理解していないか、あるいは理解していて、あえて振る舞っているのか。
エミリーの性格を考えれば意図的と考えたほうが自然だ。
「でも残念ね。国王陛下はあなたを罪人だと判断したから投獄することに決めたのよね? それってもう終わりってことじゃないの?」
「冤罪だと証明できればいいのよ。調べれば私が無実って分かるはずよ」
パトリシアの必死の訴えをエミリーは笑って流していた。
どう考えても彼女はこの状況を楽しんでいるようにしかパトリシアは思えなかった。
「国王陛下は役に立たないと思うわ。だから投獄したんじゃない」
パトリシアの運命を握っているのは間違いなく国王だ。
この国の最高権力者であるから彼が有罪と言えば有罪になってしまう。
本来であれば無罪だと判断すべき人物が頼りにならない。
その事実がパトリシアを絶望させようとする。
でもまだ負ける訳にはいかなかった。
諦めたら全てが終わってしまう。
自分の人生も、アレックスと夢見た幸せな日々も。
「エミリー、国王陛下が事実を調べてくれれば私の無実は明らかになるわ。あなたからも国王陛下に頼んでくれない?」
しかしエミリーは冷たい目でパトリシアを見ているだけだった。
パトリシアはこうなることを予想していた。
最初から助ける意思はなく、このような状況に陥っている自分をわざわざ見に来たのだと。
「無実が明らかになるって、何か証拠でもあるの?」
「……無いけど。でも反乱を企てた証拠も無いわ」
「ふーん、でも証拠がないなら無実を証明できないわよね? だから投獄されているのよ。大人しく諦めたら?」
「私は諦めないわ。それにアレックスだって私を救おうとしてくれるはずよ。私はアレックスを信じている」
その言葉はエミリーにとって不愉快極まりないものだった。
「せいぜい無駄に希望を抱くことね。どうせ助からないだろうし。諦めてしまえば楽になるわよ」
エミリーはそう言って背を向けた。
エミリーが去り、牢獄は再び静寂に包まれた。
パトリシアは暗い牢獄の中、再び一人になった。
「もしこのままならどうなってしまうの?」
反乱を企てただけでも重罪だ。
その先に待っているのは処刑かもしれない。
「冤罪で処刑なんて絶対に嫌よ……」
しかし事態は彼女にとって不利なものだ。
しかも自力では事態を打開することができない。
自分の無力さを痛感し、彼女の心は締め付けられた。
未来への希望が失われようとした。
パトリシアはアレックスとの愛を思い出すことで力を得ようとした。
彼の優しい笑顔、一緒に過ごした時間、それらが彼女の心の支えとなった。
幸せだった日々と現状のギャップが彼女を苦しめる。
「どうしてこうなってしまったの……」
彼女は再び考え事に没頭した。
そうすれば少しでも現状の悲しみから気を逸らせる。
しかし考えれば考えるほど疑問も生じる。
エミリーの態度は役に立たないどころか敵対的だった。
明確にそのような言葉は発していなかったが、非協力的であったことに加え、彼女の性格や今までしていたことを考えれば敵だとしか思えなかった。
まさか冤罪の首謀者だとは考えたくなかったが、彼女ならばそれもあり得るとパトリシアは考えた。
いずれにせよエミリーを頼るべきでなければ期待すべきでもない。
「アレックス……私を助けて……」
最愛の婚約者に希望を託した。
アレックスはパトリシアの投獄を知ったとき、耳を疑った。
彼女は公爵令嬢であり、余程のことがなければ投獄されるはずがない。
あるいは国王であれば公爵令嬢であれ投獄を命じることはできる。
アレックスは国王が何かしたのだと考えた。
アレックスは国王に面会した。
父親であってもこの場は国王としての扱いだ。
「陛下、パトリシアに反乱の疑いがあると聞きました。その証拠はあるのでしょうか?」
アレックスはパトリシアを救おうという確固たる意志があった。
国王が相手であろうと事実を追求するつもりだ。
「証言があったのだ。ならば早めに身柄を抑えなければ反乱が実行されてしまうかもしれん。これは安全を優先させたものだ」
「ですが無実の罪での投獄は問題です。それに証言が本当だという証拠はあるのでしょうか?」
国王は面倒臭そうな表情になった。
「アレックスよ、お前の気持ちも理解できる。だがこれは国家の安全が関わる問題なのだ。手遅れになってからでは遅いのだ」
「陛下! そのような事実無根でパトリシアを陥れるような証言をしたのは誰なのです?」
「……エミリーだ。姉妹だから知り得たこともあるだろう。ならば反乱を企てたという確証があってのことだろうな」
犯人が明らかになったとはいえ、国王はエミリーを信じている。
このままではパトリシアの無実を明らかにできないとアレックスは考えた。
しかし、無理だろうと思っても無理だと確定した訳ではない。
「パトリシアはそのようなことをする人ではありません。彼女は純粋で、いつも国のことを思っている女性です。彼女の無実を信じてください」
「私も彼女のことを知っている。しかし、エミリーの言葉には重みがある。反乱が起きてからでは遅いのだ」
アレックスは心の中で怒りが渦巻いた。
反乱を恐れるために無実の人を投獄するようなことが許されるはずがない。
それに反乱というのであればエミリーの行為こそ問題ではないか。
アレックスは自分の考えが間違っているとは思えなかった。
国内の安定のためにはエミリーを放ってはおけないと確信した。
ならば強硬手段に出るのも仕方ない。
そう覚悟を決めたアレックスは無駄だと理解しつつ国王に最後の確認をする。
「陛下、どうかもう一度考えてください。私がパトリシアを助けるために何ができるかをお教えください。彼女は無実です!」
国王は無表情のままアレックスを見つめ返した。
「無実だという証拠があればいい。確固たる証拠があれば余も信じよう」
アレックスは絶望感に襲われながらも諦めるわけにはいかなかった。
「ならば私が証拠を見つけます。私が証拠を見つけたらパトリシアを解放してください。そして犯人に厳罰を処すと約束してください」
国王はしばらく沈黙した。
「いいだろう。全力を尽くせ。その結果がどうあれ納得しろ。もし犯人がいるなら厳罰を約束しよう」
「ありがとうございます、陛下」
アレックスは頭を下げた。
どうにかチャンスを得てパトリシアの冤罪を晴らす道筋が見えてきたのだ。
アレックスの目には決意の光が宿っていた。
そして犯人を絶対に許さないという怒りも。
アレックスは国王との面会の後、心に重いものを抱えながら王宮の廊下を歩いていた。
愛するパトリシアのことを思うと彼の胸は苦しくなるばかりだった。
どうにかして彼女を救わなければと焦りを感じていたその時、突然エミリーが彼の前に現れた。
「アレックス、困っていない?」
エミリーは微笑みを浮かべていたが、アレックスには何か企んでいるようにしか思えなかった。
義理とはいえ姉が投獄されたというのに余裕を感じさせる振る舞いが許せなかった。
「困った事態にはなっている。だがまだ諦めてはいない」
「そうなの。それなら丁度よかったわ。パトリシアを助けたいんでしょ?」
その通りだった。
アレックスはエミリーが何らかの案があって接触してきたのだと思った。
「あなたがパトリシアを助けたいのなら私の提案を聞いてほしい。彼女との婚約を破棄して私と婚約するの。そうすれば助けられるわよ」
彼女の言葉は到底許せるものではなかった。
アレックスはパトリシアを救い出し幸せな未来を共にする覚悟があった。
婚約破棄はそれを自らの手で叶わなくする行為だ。
それにどうしてエミリーと婚約すればパトリシアが助かるのか理解できなかった。
「意味が分からないな。パトリシアと私の絆はそんなことで揺らぐものではない。彼女を助けるためと言うが、そんなことは絶対にできない」
エミリーは怒るアレックスに冷笑を浮かべた。
「でも、アレックス、よく考えて。今のあなたには彼女を救うための力を持っていない。国王は彼女を信じていない。私を選べば国王に考え直すよう取り計らえるかもしれないわよ?」
アレックスはどうしてエミリーがそこまで国王に影響力を持っているのか理解できなかった。
しかし彼女の自信は嘘ではないように思えた。
「パトリシアを助けるために私を利用するのが最善の方法よ。どうすればいいのか分かるでしょ?」
「それでも私は彼女を裏切ることはできない」
アレックスはエミリーの提案を拒絶する強い意志を示した。
エミリーを信用できないことはもっともだが、パトリシアへの愛が揺るぎないことが最大の理由だ。
エミリーは不機嫌そうに眉をひそめた。
「あなたは本当に愚かね。パトリシアを助けたければ私を選ぶしかないの。そうでなければ彼女はこのまま投獄され続けるわ。最悪処刑されてしまうかもしれないわね」
アレックスは彼女の言葉に心が揺らぐことはなかった。
「エミリー、君の提案は受け入れられない。私はパトリシアを信じているし、彼女を守るために戦うつもりだ。どんな手段を使っても、彼女の無実を証明する」
アレックスの決意に、エミリーは冷たく笑った。
「それならあなたの選択がどれだけ無意味なものか、思い知ることになるでしょう。私の力を利用しなければパトリシアを救うことなんてできないわ」
アレックスはエミリーの挑発に動じることなく、毅然とした態度を崩さなかった。
「パトリシアを愛する気持ちは変わらない。彼女を救うために必ず道を見つけ出す」
そう言い残し、彼はエミリーから背を向け廊下を歩き始めた。
心の中には愛するパトリシアを救うための決意が燃え上がっていた。
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