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第一夜:怪奇譚の始まり
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この話には後日談がある。ただそうは言っても、たいしたものではない。
廃墟にいた幽霊の謎が解けた訳でもなければ、〝少女″とやらの正体が分かった訳でもない。文字通り、単なるその後の話だ。
それが持つ意味は、思いのほか大きいのだけれど。
真夏の小さな冒険が終わって、それからさらに時が流れた。どれだけ長い月日といえど、過ぎ去ってみれば短く感じるもの。〝光陰矢の如し″という諺があるが、まったくその通りだと思う。
うだるような暑さが和らいできたと思ったら、すぐに木の葉が色付き始めた。読書や食欲の秋も束の間、師走の月日はその名の通り飛ぶように過ぎていく。鏡餅を割ったかと思えばいつのまにか、巷では豆をまいていた。雛人形なんて飾る間もない。
気づけば季節は春になった。それは桜の咲く季節であり、新入生が入ってくる季節である。『出会いの季節』と最初に表現したのは、果たして誰なのだろうか。
※
この時期在学生たちは皆、汚れのない初心な新入生たちを自分たちのサークルに勧誘するべく、仁義なきビラ配り合戦を繰り広げる。
先日二年生となった七瀬もまた同様に。入学式当日、キャンパス中央図書館前にて文芸部への勧誘を試みていた。目の前を行き交うのは、数え切れない程の新入生。
「人、多いなあ……」
半ばうんざりしたような顔で、誰にともなく呟く。そもそもにおいて七瀬は、人混みというのが大嫌いなのだ。
〝木曽路は全て山の中である″という一文で故郷信州の田舎っぷりを表したのは、文豪島崎藤村だが。彼にあやかって言えば、七瀬の実家は全て田んぼの中といったところ。
初夏には夜な夜なカエルが大合唱し、秋はトンボの編隊が空を埋め尽くす。人より案山子の方が多い疑惑すらある。この九鳥大学がある場所よりもさらに田舎だ。元よりのコンビニまで自転車で十五分とかかかったりする。だが、幼いうちからそんな暮らしをしていると、特に気にならなくなるものだ。住めば都、というやつである。
そんな田舎に生まれ育った身であるからなのか、どうにも人混みは好きになれなかった。
「こら七瀬、シャキっとしろシャキっと」
ため息をついていたら、いきなり背中を叩かれた。ビクリとなった七瀬の隣で、部長の南 理恵が苦笑を浮かべる。一年に一度きりと言っていいような部員大量獲得のチャンスだからか、今日の彼女は一段と気合いが入っていた。
「こういうのは最初の印象が重要だからな。良い感じの雰囲気を出していくぞ」
「ええ、了解です」
頷いた七瀬のその横で、欠伸を噛み殺している人物が一人。
「まあまあ落ち着こうよ。焦ったところでどうなる訳でもない」
穏やかな雰囲気を漂わせて呟くのは、副部長の三良坂 潤だ。法学部の四年生。前髪は、目にかからないぎりぎりの長さまで伸ばしている。右の頬にあるホクロが特徴的だ。
〝まあ落ち着こう″という口癖の通り、まさしくのんびりやさんで、いつ見てもゆったりとしている。だが、髪型や服はきちんと整えられていることからも分かるように、意外ときっちりした人だ。ただし時間にルーズな所を除く。
南部長が文芸部のアクセルなら、さしづめ彼はブレーキといった所だ。
「最悪の場合、名義を借りてくる当てはあるんだろう? 南さん」
「あることにはあるが。幽霊部員なんていても虚しいだけだろうに」
「それならまだ大丈夫さ。断崖絶壁ではあっても、絶体絶命じゃあないからね」
「いいことを教えてやろうか、三良坂。そういうのを楽観的自転車操業というんだよ」
現在彼らの所属する文芸部は、致命的かつ慢性的な人数不足に苦しんでいる。その部員数たるや僅か四人。数えるにも片手の指で事足りてしまうのだ。
南部長に三良坂副部長、そして七瀬。あと一人二年生の子がいるにはいるのだが、複数サークルを掛け持ちしているために、部室に姿を見せることはまず無い。それでも原稿自体は毎度書き上げてくれるので、貴重な部員には変わりなかったりする。
大学に部として認められる最低人数が五人であるため、今の状況は結構ピンチだったりするのだ。現実的な話をすると、部として認められなければ、大学から支給される活動費が大きく減少する。そして衰退が加速する。悪循環まったなしだ。
「南部長、今年は何人入って来ると思いますか?」
「そうだな……三人来れば御の字ってとこだ」
「ああ……」
「ああ、とはなんだ。ああ、とは。質問したことに罪悪感でも感じたか?」
「現実は非常だなと思っただけです」
「はっ、ははは……」
部長が引き攣った笑みを浮かべた。
※
〝彼女″がそこに現れたのは、七瀬が手持ちのビラの数に、心もとなさを感じ始めた時のことだった。
清流を思わせる黒髪が、目の前で風に揺れている。漂ってくる仄かに甘い春の香りが七瀬の記憶を呼び覚ました。月日という名の隔たりは、途端に何の意味も成さなくなった。
枝から離れた桜の花びらが、いくつもいくつも舞い降りてくる。その花吹雪で彩られた女性へと、視線は無意識の内に吸い寄せられて、他の人間は存在しないような錯覚さえ覚える。
「あ……」
まず初めに驚きが。そして次に、喜びが湧き上がってくる。開いた口が塞がらない。
そんな七瀬の思いを知ってか知らずか、彼女は可憐に微笑んでみせた。春先のスミレを思わせる、花が咲いたような笑顔で。
懐かしさに身体が震えた。
「お久しぶりです、先輩」
「――渚ちゃん」
その名前を口にすると彼女は嬉しそうに、はい、と答える。
様子を見ていた南部長と三良坂副部長が、後ろでそっと顔を見合わせた。
※
「ここにいるってことは、九大うちに合格したんだね?」
「はい。文学部です」
「おめでとう。そして受験勉強お疲れさま」
凡そ八か月ぶりに再会した渚は、以前の雰囲気をそのままに一回り大人びていた。
「それにしてもまさか、本当にもう一度会えるなんてね。思ってもなかったな」
「私も驚いています。同じ大学なので、その内会えるかもとは思っていたんですが、こんなに早くだなんて。夢みたいですね」
「嬉しいことに、これは夢じゃないみたいだよ。自分でもまだ、こうして話してるのが信じられないけれど」
「何か、縁みたいなもののおかげかもしれませんね。それに……」
「それに?」
「あの時教えてくれたじゃないですか。会いたいと思う人とは必ず会える、って」
そういえばそんなことも言っていた。今考えてみれば、あの台詞は少し格好つけ過ぎた気もする。だがこうして彼女に覚えてもらえているなら、口にした甲斐があるというものだ。
「本当にその通りでしたね、先輩」
――それはつまり、彼女ももう一度会いたかった、という意味なのだろうか。
そう考えた途端に、渚から目が離せなくなった。何故だろう、こうして向き合ったままの時間が、どこまでも続いて欲しい衝動に襲われる。時間を止められるストップウォッチ、あるいは一瞬を何千倍にも引き延ばせる何かしらの道具があれば、間違いなく使っていただろう。
春風にたなびく黒髪に、褐色がかった肌と。少し潤んでいる大きな瞳とが心の奥まで刻み込まれて、一直線に心臓を射抜いてきた。
恋を拾ってしまった。一拍遅れて、自覚する。トルマリンのように、黒く透き通っている彼女の瞳へ、このまま沈み込んでしまいそうだ。
「――ゴホン」
部長の咳ばらいで我に返った。
「あ――、何を呆けているんだ? 七瀬」
「え、あ……いや、何でもありません。彼女とは顔見知りなんですけど、まさか此処で会うとは思ってなかったので、驚いてしまって」
「顔見知りね……ふぅん」
面白そうに目を細めた部長の視線を、七瀬は無理矢理引き剥がして渚の方に向きなおる。
「そうだ渚ちゃん、サークルとかはもう決めてる? もしまだなら、よかったら文芸部なんてどうかな」
「よかったらも何も、最初から文芸部って決めています」
「え?」
本当? 思わずそう訊き返せば、渚は心外だというような表情で、本当です、とはっきり答えた。
「本を読むのが好き、というのは去年お話しましたよね。実は読むだけじゃなく、物語を書くことも同じくらいに好きなんです。私の通っていた高校には文芸部が無かったんですが、ここにはあると聞いていたので、絶対に入ろうと思っていました」
「“好きだから”か。なるほど、最高の理由だな」
南部長が一歩前に進み出て、渚に握手を求めた。
「私は部長の南 理恵だ。本を読むのも書くのも、飽きるくらいに出来るから安心して入部してほしい。歓迎するよ」
「上川 渚です。よろしくおねがいします」
「うん。隣のこれは副部長の三良坂だ」
「よろしく頼むね。難しいかもしれないけど、部室とかで変に気を使うことはないからさ。部室は我が家、部員は家族だとでも思ってくれれば」
ちょっと固めの笑顔を浮かべて、副部長が言った。
部が家族なら、部長は母親で副部長が父親、自分が長男あたりだろうか、と七瀬は空想してみる。何となく女性陣の尻に敷かれる男性陣の絵面が思い浮かんだ。
「そしてこっちは七瀬……だが、どうやら紹介するまでもないらしいな」
「見知った顔ですからね。これからよろしく、渚ちゃん」
「はい、こちらこそ」
改まってそんなことを言い合うと、不思議と胸のあたりがこそばゆくなる。
「文芸部へようこそ」
少し迷って差し出した右手を、彼女は躊躇いもせずに握り返してきた。
廃墟にいた幽霊の謎が解けた訳でもなければ、〝少女″とやらの正体が分かった訳でもない。文字通り、単なるその後の話だ。
それが持つ意味は、思いのほか大きいのだけれど。
真夏の小さな冒険が終わって、それからさらに時が流れた。どれだけ長い月日といえど、過ぎ去ってみれば短く感じるもの。〝光陰矢の如し″という諺があるが、まったくその通りだと思う。
うだるような暑さが和らいできたと思ったら、すぐに木の葉が色付き始めた。読書や食欲の秋も束の間、師走の月日はその名の通り飛ぶように過ぎていく。鏡餅を割ったかと思えばいつのまにか、巷では豆をまいていた。雛人形なんて飾る間もない。
気づけば季節は春になった。それは桜の咲く季節であり、新入生が入ってくる季節である。『出会いの季節』と最初に表現したのは、果たして誰なのだろうか。
※
この時期在学生たちは皆、汚れのない初心な新入生たちを自分たちのサークルに勧誘するべく、仁義なきビラ配り合戦を繰り広げる。
先日二年生となった七瀬もまた同様に。入学式当日、キャンパス中央図書館前にて文芸部への勧誘を試みていた。目の前を行き交うのは、数え切れない程の新入生。
「人、多いなあ……」
半ばうんざりしたような顔で、誰にともなく呟く。そもそもにおいて七瀬は、人混みというのが大嫌いなのだ。
〝木曽路は全て山の中である″という一文で故郷信州の田舎っぷりを表したのは、文豪島崎藤村だが。彼にあやかって言えば、七瀬の実家は全て田んぼの中といったところ。
初夏には夜な夜なカエルが大合唱し、秋はトンボの編隊が空を埋め尽くす。人より案山子の方が多い疑惑すらある。この九鳥大学がある場所よりもさらに田舎だ。元よりのコンビニまで自転車で十五分とかかかったりする。だが、幼いうちからそんな暮らしをしていると、特に気にならなくなるものだ。住めば都、というやつである。
そんな田舎に生まれ育った身であるからなのか、どうにも人混みは好きになれなかった。
「こら七瀬、シャキっとしろシャキっと」
ため息をついていたら、いきなり背中を叩かれた。ビクリとなった七瀬の隣で、部長の南 理恵が苦笑を浮かべる。一年に一度きりと言っていいような部員大量獲得のチャンスだからか、今日の彼女は一段と気合いが入っていた。
「こういうのは最初の印象が重要だからな。良い感じの雰囲気を出していくぞ」
「ええ、了解です」
頷いた七瀬のその横で、欠伸を噛み殺している人物が一人。
「まあまあ落ち着こうよ。焦ったところでどうなる訳でもない」
穏やかな雰囲気を漂わせて呟くのは、副部長の三良坂 潤だ。法学部の四年生。前髪は、目にかからないぎりぎりの長さまで伸ばしている。右の頬にあるホクロが特徴的だ。
〝まあ落ち着こう″という口癖の通り、まさしくのんびりやさんで、いつ見てもゆったりとしている。だが、髪型や服はきちんと整えられていることからも分かるように、意外ときっちりした人だ。ただし時間にルーズな所を除く。
南部長が文芸部のアクセルなら、さしづめ彼はブレーキといった所だ。
「最悪の場合、名義を借りてくる当てはあるんだろう? 南さん」
「あることにはあるが。幽霊部員なんていても虚しいだけだろうに」
「それならまだ大丈夫さ。断崖絶壁ではあっても、絶体絶命じゃあないからね」
「いいことを教えてやろうか、三良坂。そういうのを楽観的自転車操業というんだよ」
現在彼らの所属する文芸部は、致命的かつ慢性的な人数不足に苦しんでいる。その部員数たるや僅か四人。数えるにも片手の指で事足りてしまうのだ。
南部長に三良坂副部長、そして七瀬。あと一人二年生の子がいるにはいるのだが、複数サークルを掛け持ちしているために、部室に姿を見せることはまず無い。それでも原稿自体は毎度書き上げてくれるので、貴重な部員には変わりなかったりする。
大学に部として認められる最低人数が五人であるため、今の状況は結構ピンチだったりするのだ。現実的な話をすると、部として認められなければ、大学から支給される活動費が大きく減少する。そして衰退が加速する。悪循環まったなしだ。
「南部長、今年は何人入って来ると思いますか?」
「そうだな……三人来れば御の字ってとこだ」
「ああ……」
「ああ、とはなんだ。ああ、とは。質問したことに罪悪感でも感じたか?」
「現実は非常だなと思っただけです」
「はっ、ははは……」
部長が引き攣った笑みを浮かべた。
※
〝彼女″がそこに現れたのは、七瀬が手持ちのビラの数に、心もとなさを感じ始めた時のことだった。
清流を思わせる黒髪が、目の前で風に揺れている。漂ってくる仄かに甘い春の香りが七瀬の記憶を呼び覚ました。月日という名の隔たりは、途端に何の意味も成さなくなった。
枝から離れた桜の花びらが、いくつもいくつも舞い降りてくる。その花吹雪で彩られた女性へと、視線は無意識の内に吸い寄せられて、他の人間は存在しないような錯覚さえ覚える。
「あ……」
まず初めに驚きが。そして次に、喜びが湧き上がってくる。開いた口が塞がらない。
そんな七瀬の思いを知ってか知らずか、彼女は可憐に微笑んでみせた。春先のスミレを思わせる、花が咲いたような笑顔で。
懐かしさに身体が震えた。
「お久しぶりです、先輩」
「――渚ちゃん」
その名前を口にすると彼女は嬉しそうに、はい、と答える。
様子を見ていた南部長と三良坂副部長が、後ろでそっと顔を見合わせた。
※
「ここにいるってことは、九大うちに合格したんだね?」
「はい。文学部です」
「おめでとう。そして受験勉強お疲れさま」
凡そ八か月ぶりに再会した渚は、以前の雰囲気をそのままに一回り大人びていた。
「それにしてもまさか、本当にもう一度会えるなんてね。思ってもなかったな」
「私も驚いています。同じ大学なので、その内会えるかもとは思っていたんですが、こんなに早くだなんて。夢みたいですね」
「嬉しいことに、これは夢じゃないみたいだよ。自分でもまだ、こうして話してるのが信じられないけれど」
「何か、縁みたいなもののおかげかもしれませんね。それに……」
「それに?」
「あの時教えてくれたじゃないですか。会いたいと思う人とは必ず会える、って」
そういえばそんなことも言っていた。今考えてみれば、あの台詞は少し格好つけ過ぎた気もする。だがこうして彼女に覚えてもらえているなら、口にした甲斐があるというものだ。
「本当にその通りでしたね、先輩」
――それはつまり、彼女ももう一度会いたかった、という意味なのだろうか。
そう考えた途端に、渚から目が離せなくなった。何故だろう、こうして向き合ったままの時間が、どこまでも続いて欲しい衝動に襲われる。時間を止められるストップウォッチ、あるいは一瞬を何千倍にも引き延ばせる何かしらの道具があれば、間違いなく使っていただろう。
春風にたなびく黒髪に、褐色がかった肌と。少し潤んでいる大きな瞳とが心の奥まで刻み込まれて、一直線に心臓を射抜いてきた。
恋を拾ってしまった。一拍遅れて、自覚する。トルマリンのように、黒く透き通っている彼女の瞳へ、このまま沈み込んでしまいそうだ。
「――ゴホン」
部長の咳ばらいで我に返った。
「あ――、何を呆けているんだ? 七瀬」
「え、あ……いや、何でもありません。彼女とは顔見知りなんですけど、まさか此処で会うとは思ってなかったので、驚いてしまって」
「顔見知りね……ふぅん」
面白そうに目を細めた部長の視線を、七瀬は無理矢理引き剥がして渚の方に向きなおる。
「そうだ渚ちゃん、サークルとかはもう決めてる? もしまだなら、よかったら文芸部なんてどうかな」
「よかったらも何も、最初から文芸部って決めています」
「え?」
本当? 思わずそう訊き返せば、渚は心外だというような表情で、本当です、とはっきり答えた。
「本を読むのが好き、というのは去年お話しましたよね。実は読むだけじゃなく、物語を書くことも同じくらいに好きなんです。私の通っていた高校には文芸部が無かったんですが、ここにはあると聞いていたので、絶対に入ろうと思っていました」
「“好きだから”か。なるほど、最高の理由だな」
南部長が一歩前に進み出て、渚に握手を求めた。
「私は部長の南 理恵だ。本を読むのも書くのも、飽きるくらいに出来るから安心して入部してほしい。歓迎するよ」
「上川 渚です。よろしくおねがいします」
「うん。隣のこれは副部長の三良坂だ」
「よろしく頼むね。難しいかもしれないけど、部室とかで変に気を使うことはないからさ。部室は我が家、部員は家族だとでも思ってくれれば」
ちょっと固めの笑顔を浮かべて、副部長が言った。
部が家族なら、部長は母親で副部長が父親、自分が長男あたりだろうか、と七瀬は空想してみる。何となく女性陣の尻に敷かれる男性陣の絵面が思い浮かんだ。
「そしてこっちは七瀬……だが、どうやら紹介するまでもないらしいな」
「見知った顔ですからね。これからよろしく、渚ちゃん」
「はい、こちらこそ」
改まってそんなことを言い合うと、不思議と胸のあたりがこそばゆくなる。
「文芸部へようこそ」
少し迷って差し出した右手を、彼女は躊躇いもせずに握り返してきた。
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